▲悪石島のボゼ
鹿児島県十島村
3291号(2024年8月26日)
鹿児島県十島村
総務課
十島村は、鹿児島県本土から南南西方向へと延びる南西諸島に位置しており、7つの有人島と5つの無人島を有する南北約160kmに連なる長い行政区は、トカラ列島の呼称で知られています。
面積は、101.14km²で、近年の人口は7百人弱で推移しています。
位置的にヤマト文化と琉球文化の接点とされ、平成30年にユネスコ無形文化遺産に登録された仮面神「悪石島のボゼ」や400年以上口伝で伝えられた口之島の「狂言」など、独特の催事や伝統文化が残されています。
また、悪石島と小宝島の間には「渡瀬線」という生物分布の境界もあり、鹿児島県の天然記念物に指定されている「タモトユリ」や「トカラウマ」、国の天然記念物の「アカヒゲ」など貴重な固有種の宝庫です。
十島村の島々は、それぞれ独特の特徴を持っています。美しい海はもちろん、今も噴煙を上げている活火山もあり、数々の秘湯や、周囲を海に囲まれた離島だからこそ見ることができる満天の星空もあります。
十島村へは村営船の「フェリーとしま2」で行くことができますが、フェリーは通常週2便しか運航されておらず、一度にすべての島を巡るのが難しいことから、村ではツアーやイベントを実施しています。
◆トカラ列島島めぐりマラソン大会
その1つが、7つの島を1日で駆け抜ける「トカラ列島島めぐりマラソン大会」です。トカラ列島のすべての島々を一度で巡ることができると、毎年多くのお申し込みをいただいている人気のマラソン大会ですが、フェリーの定員の関係で参加できるのは140名に制限されていることもあり、毎年抽選となっています。
金曜日の夜に出港したフェリーが最初の島に到着し、大会がスタートするのが土曜日の朝6時。島内を走ってはフェリーに乗って移動するというのを7回繰り返し、最後の宝島でゴールするのが夕方の6時頃です。合計で25kmと聞くと過酷な大会のように感じますが、1つの島のコースは3km前後で、島間を移動する1時間ほどの間は船内で横になることができます。走力に自信がない人でも参加できますが、早朝から夕方まで走り続けないといけないため、体力勝負のマラソン大会となっています。
ゴール後はフェリーが停泊する宝島の港で、島のごちそうが振る舞われる交流会も開催されます。開放的な夜空の下で、ランナー同士が自然と仲良くなれることが、トカラマラソンが人気となっている理由の1つだと思います。
◆7島めぐりツアー
マラソンのほかにもう1つ、トカラ列島の全島を一度に巡ることができると好評なのが「7島めぐりツアー」です。
1つの島での滞在は2時間前後になりますが、各島の観光スポットに一通り立ち寄ることができます。マラソンと違い自動車に乗って移動できるため、こちらも毎回抽選となるほどの人気のツアーになっています。
このほかにも、ユネスコ無形文化遺産「来訪神:仮面・仮装の神々」の1つであり、旧暦の盆に悪石島に現れる仮面神ボゼを見に行くツアーも人気で、毎回抽選となっています。
日本最後の秘境とも言われるほどのトカラ列島ですが、島内には光ファイバーによる通信網が整備されていて、本土と変わらないような通信環境が利用できることから、移住体験施設を利用したワーケーションでの滞在も可能になりました。釣りやトレッキングをしながら、島の秘湯で癒される、手つかずの大自然が残るトカラ列島ならではのワーケーションもオススメです。
有人島が点在する十島村では、村民の願いである「住み慣れた島でいつまでも暮らす」を支えていくため、豊かな自然のめぐみや風土が育んだ独自の食文化、住民のつながりを生かし、食と健康の面から住民をサポートする取組に力を入れています。
その中でも十島村食生活改善推進員連絡協議会は、住民の食と健康を支える活動を行うため、平成16年に発足し、現在19人の推進員が活動しています。
中学卒業と同時に島を離れる子どもたちの自立に向けた食育活動、高齢者の健康をサポートし見守りを兼ねる食の支援、飲食店がない島で食を通じた交流により健康を増進する食改さんの健康食堂、頻発する自然災害に備えた災害時の食事づくりなど、本村が抱える課題を解決するための重要な取組の中心を担っています。
◆中之島の食育「サネン葉お弁当づくり」(十島村食生活改善推進員1期生 中之島・若松蘭子さん手記)
十島村食生活改善推進員の活動は、食材を一から自分達で調達し食に生かすというまさに「食育」のもととなるものであります。そこでお弁当を作る際の食材集めや、島ならではのお弁当づくりを紹介したいと思います。
まず「大名竹の子」についてです。毎年5月になると七つの島を定期船が順々に回る住民検診のスタッフにお弁当を作ります。このための食材集めに皆で山に行きます。鍬で掘る一般の筍とは違い、手でポキッポキッととる「大名竹の子」を採るのです。一斉に丈夫な袋を持ち、それぞれのねらい所に入っていきます。竹の子は季節に正直で、その時期になると出てくるので、とても嬉しくなります。でも、たくさん採ろうと欲を出してはいけません。奥深く山に入ると迷子になってしまうからです。ある程度採れたら「道」と呼ばれる所にドサッとこぼします。「剥き役」と呼ばれる人が皮をどんどん剥いていきます。なぜ山の中で剥くかというと皮つきだと重く、運べる量も少なくなるからです。採るのに夢中になっていても、時々どこにいるのか声をかけ合い、皆の無事を確かめ合います。採れた竹の子は「したみ」と呼ばれる背中に背負う竹籠に入れ、車のある所まで運びます。山を下りる途中も無駄にはしません。土手に生えている目についたツワぶきやタラの芽も同時に収穫します。そしてそれらを下処理するために調理室に持ち込みます。まず採れたての「大名竹の子」を洗って茹で、熱々のものを冷ます間にようやく休憩できます。こうして島の食材「大名竹」採りの1日が終わります。
次に「タカニシ貝」についてです。旧暦3月節句の大潮の頃、海が干潮になります。竹籠を背中に背負って滑りやすい潮が引いた珊瑚礁の上を「タカニシ貝」を探して歩いていき、潮風に吹かれてベタベタになりながら石ころだらけの海岸端を登り車まで運びます。
次に「サネン葉弁当」の話にうつります。中之島では島に生えている「サネン葉」と呼ばれる葉を十文字に2枚組み合わせ、その真ん中にお弁当を置き、包んで紐でしばる弁当を作ります。そして一番上にサネン葉の花の写真を載せます。このサネン葉ですが、お弁当を作る1日前に収穫しないと鮮度が保てず、また大きな葉が使いやすいため選ぶのも必死です。大きな葉を見つけても少し破れていたり、茶色くなっていたりで葉の選別にも注意します。収穫した後も洗う時も気をつけて洗わないと裂けてしまうこともあります。こうしてバケツの中に選ばれたサネン葉が並び準備が整います。そしてあくる日の夜明け前から調理が始まり、夜が明ける頃の出来上がりを目指します。最終段階、ここでサネン葉の登場です。綺麗に拭いたサネン葉を十文字に組み合わせ、包んでいきます。多くて200食ほどを6人で作ります。お弁当を入れた箱がうまりながら、最後の1個が出来上がると「バンザーイ」と皆で喜びます。緑色の葉っぱのお弁当、現代ではプラスチックのお弁当が多い中、エコではありませんか?サネン葉お弁当、それは私たち十島村の食生活改善推進員の幼い頃よりめざしている地元の食材にふれて生活していこうという食育の思いでできたお弁当です。
現在の十島村(としまむら)は、令和4年2月に日本復帰及び村制施行70周年を迎えました。
振り返りますと、明治41年に島嶼町村制が施行され、同年4月1日に口之島・中之島・臥蛇島・平島・諏訪之瀬島・悪石島・宝島(小宝島を含む)・硫黄島・竹島・黒島を行政区域とする「十島村(じっとうそん)」が発足しました。その後、大正9年に本土並み市町村制が施行され、村長と議会議員の選挙が初めて実施されました。
終戦直後の昭和21年に連合国軍総司令部の命により、北緯30度で上三島(硫黄島・竹島・黒島)と分離され軍政下に置かれました。昭和26年まで軍政下による政治が行われておりましたが、同年本土復帰運動が起こり、十島村からも1,970人が署名しました。翌年昭和27年2月4日に本土復帰し、同年2月10日から口之島・中之島・臥蛇島・平島・諏訪之瀬島・悪石島・宝島(小宝島を含む)を行政区域とする「十島村(としまむら)」として発足しています。本土復帰後、島々の生活や経済・産業は本土との関わりが増していき、昭和31年4月に役場庁舎を鹿児島市に移転しました。現在も行政区域外である鹿児島市に本庁舎があります。
昭和45年になると高度成長による若者流出が続き、最盛期には40世帯、188人以上がいた臥蛇島も、最後まで残った4世帯16人が島を離れたことで無人島となりました。その後、村の人口は減少を続け、平成23年には約600名となりましたが、移住対策が奏功し、令和6年2月末時点で人口は666名となっています。
今後も村が存続、発展していくために各分野で取組を行っています。
福祉分野では、平成27年以降、子育て拠点施設や多世代交流施設を開所し、教育分野では平成29年に平島、令和2年に諏訪之瀬島、令和4年に悪石島山海留学生寮が整備され、毎年約50名の山海留学生を受け入れています。現在も新たな寮を建設中です。
情報通信の面では、平成30年から令和3年度にかけて海底光ケーブル、島内光ケーブルを整備し、高速かつ安定したインターネットサービスが利用できる環境になりました。
交通の面では、令和4年10月に鹿児島-諏訪之瀬島間の航空路線の運行が開始され、これまで主流だった村営定期船や高速観光船といった船以外の交通手段も選択できるようになっています。
「住み慣れた島で、いつまでも暮らすことができる村づくり」の実現をめざし、これからも人口増加、生活の質の向上に取り組んで参ります。
鹿児島県十島村 総務課