▲黒滝村風景(赤滝地区)
奈良県黒滝村
3272号(2024年3月11日)
奈良県黒滝村役場
林業建設課
● ポイント ● ・空き家が利用可能かどうかを村が見極め、持ち主や地域の区長と直接対話 ・村が15年間借り上げて改修、村営住宅として貸し出す ・仕事と住まいをセットで提示、希望者を募る ・地域おこし協力隊を中心に入居が見込まれる方から事前に要望を聞き、貸主、地区の意見も取り入れながら改修 |
奈良県のちょうど真ん中に位置する黒滝村は、500年近い伝統を誇る吉野林業の中心産地の1つでもある山村です。平均標高490m、面積の97%が森林で、その92%は人の手で植えられています。
一方でスーパーマーケットやホームセンター、総合病院などが一通りそろう町まで車で30分もかかりません。便利さゆえに人口流出も急で現在約620人、この20年で実に半減しました。
空き家も増える一方ですが、先祖の墓があるので盆・正月は帰ってくるという方、知らない人に貸すのはためらわれる、という方は少なくありません。また、貸してもいいという家に限って水回りが古すぎたり、雨漏りが始まっていて改修は無理だったりという場合が多いのです。
村では約8年前から人材の育成に力を入れ、林業関連への就業希望者を地域おこし協力隊として採用してきました。黒滝村森林組合で研修を積み、3年の任期終了後はそのまま組合に作業員として就職する流れができており、ありがたいことに協力隊への応募も途切れず続いています。
そこで立ちはだかるのが住宅の問題です。
すでにある村営住宅(33棟)は常に満室、平地が限られているため適地を確保できず新しく建てるのも困難です。
従来は、空き家バンク等に登録済みで改修不要の住宅や、単身者向け集合住宅などで対応してきましたが、次第に追いつかなくなっていました。移住から数年がたち家族が増えるなど生活の形態の変化に伴い仕方なく転出したり、移住を検討していた方が諦めたりというケースも出てきていました。
村の中心部でも明かりがつかない家が増え、地域のコミュニティー存続にも黄信号が点灯。このままでは村はますます暗くなる、と危機感は募る一方でした。
そこで取り組んだのが、森林環境譲与税を活用した林業従事者住宅です。
村が空き家の持ち主と15年契約を結び改修、村営住宅とします。林業従事者ら移住希望者に仕事とセットで提供し、移住・定住者の確保につなげようという試みでした。
最初に、対象となる空き家の条件を整理しました。
さらに、持ち主が現在苦労している点やどうして貸したくないのかを調べました。
【改修対象となる空き家の条件】
・合併浄化槽が設置されている
・建物の土台や柱、梁に問題がない
・屋根に雨漏り等の問題がない
【持ち主の苦労】
・景観を損なわないための草刈りなど、維持に手間・費用がかかる
・年齢とともに、村に帰ってくること自体が大変になってきた
【持ち主の不安】
・入居者は、一斉清掃への参加など地区との付き合いを大事にしてくれるだろうか
・騒音、ごみ問題などで近所に迷惑をかけるような人が来ないだろうか
まず村職員が実際に住宅の状態を調べ、改修可能と判断すれば持ち主のもとへ足を運びます。維持に苦労している点、貸すことへの不安などを聞き取り、同時にその解消に努めました。
納得してもらえたら、15年間の借り上げを直接契約します。村営住宅にするための改修、村営住宅としての管理はすべて村が担うという内容です。
並行して、入居希望者へのヒアリングも進めました。
住居への具体的な希望のほか、村でどんな暮らしがしたいのか、なども聞くようにしました。得た情報を地区にフィードバックし、逆に地区側の思いなどを入居希望者へ伝えるようにしました。
こうして最初の2021年度(令和3年度)は、村のメーン道路沿いで30年以上空き家になっていた築60年以上の住宅など2軒を改修。2022年度(令和4年度)には、さらに2棟が完成し、地域おこし協力隊4人とその家族、合計7人の移住を実現できました。
すでに空き家になっている家はもちろん、今後空き家になりそうな家がないか、常にアンテナを張り巡らせるようにしました。しかし、やっと物件が見つかっても一番大変なのはやはり持ち主の説得です。
他人に貸す前に仏壇や墓をどうするかはもちろん、村を出る際に置いたままにしていた荷物を片づけなければいけない点が、持ち主には大きな重荷のようでした。
そこで改修が決まった住宅は、大量の荷物の運び出しや廃棄、ジャングルのようになっていた庭の手入れも、役場職員が関わり持ち主とともに取り組みました。
役場が積極的に関与した結果、いきなり知らない人に貸すという状況ではなくなりました。また地区の責任者とも対話を重ねたことで、トラブル発生時でも集落が見ていてくれる、と思ってもらえる状況が生まれました。これも持ち主の心理的ハードルを下げるのに非常に役立ったと感じます。
どのように改修するかも工夫を重ねました。
多くの貸主が、先祖代々の家をあまり変えたくないという思いを強く持っています。村としても、吉野林業の村を形作ってきた古い木造の趣を生かしたいと考えました。
断熱のため外に面した建具は2重ガラスのアルミサッシに替えましたが、室内は古い建具をそのまま利用、台所を土間風に仕上げた物件もあります。
担当した工務店が古民家改修の経験を持っており、限られた予算の中で梁や古い井戸をうまく生かしてくれたこともプラスでした。施工業者の選定も大切です。
4軒のうち2軒は主要な道路沿いの同じA地区。2世帯3人が相次いで入居して、日々家に明かりがつくようになりました。人の気配が増し、地区内はもちろん、前を通る他地区の住民にも安心感が広がっています。
この地区には食堂もありますが、人口減少とともに元気をなくしかけていました。しかし、移住者や彼らを訪ねてくる関係者との交流が増え、彼らが企画するイベント「スギイロ市」の会場にもなるなど、次第に活気が戻ってきています。
コロナ禍で崩壊しかけていた行事など、コミュニティー機能の回復にもプラスになっています。
吉野林業で栄えてきた村なので、地区ごとに毎冬行う「山の神」は大切な行事です。森林作業員はもちろん林業との関わりが深い木工関連の移住者も、準備段階から積極的に参加。旧住民に喜ばれているのはもちろん、移住者にとっても先輩から村の歴史や山の話を聞ける貴重な機会になっているようです。
地区の草刈りや一斉清掃など高齢化で参加者が減る一方だった行事でも、移住者がパワーを発揮、欠かせない存在になっています。
思いがけないこともありました。
1軒は風呂もトイレも改修せず、薪風呂と汲み取りのままになりました。京都方面から移住してきた林業従事者の若者が入居したのですが、事前に聞いたところ改修不要との答えが返ってきたためです。
結果、山仕事から帰るとまず一番に薪で風呂を沸かす、という暮らしを満喫されています。改修自由という許可も持ち主から得ており、自分たちで薪ストーブを取り付けるなど楽しみが尽きない様子です。
また移住者のツテでベテラン木工家が来村、そこにも村の職員が関わり空き家を持ち主から直接借りました。自力で改修し「半分移住」を実行したところ、それにひかれてさらに別の木工家が移住を決めるなど、相乗効果が出てきています。
古い家が生まれ変わったのを目にして、持ち主の気持ちにも変化が起きています。
改修という選択肢が生まれ、取り壊すしかないと思っていた先祖代々の家を維持できるかもしれない、という希望が見え始めたようです。
15年たったら再び貸すのも自分たちで住むのも自由なので、持ち主には「その時には是非、黒滝村に帰ってきてください」と呼びかけています。
空き家や今後住み手がなくなりそうな物件の調査をさらに進めていきます。
同時に、この仕組みをもっと広く知ってもらう必要があります。地域の区長を通じて持ち主に説明し、改修を了解してもらう努力を続けたいと思います。
村内12地区のあちこちで住宅を改修し、林業従事者ら移住・定住者をもっと呼び込むことを目指しています。実現すれば、コミュニティー機能の復活や地区同士のネットワークの強化、林業・木工の後継者育成も加速していくでしょう。
また空き家を改修する際に、黒滝村で伐採した材を使うことも課題です。黒滝産の杉・ヒノキを活かすことができれば、唯一無二の村営住宅になると考えています。
まず空き家が利用可能かどうか調査し、改修費がどのくらいかかるのか、契約期間(黒滝村の場合は15年間)内にどれだけ補えるか、シミュレーションすることをおすすめします。
行政が持ち主と借り手の間に入ることで、信頼感が生まれ交渉が容易になります。その際、互いの望んでいる内容をよく聞き、双方に伝えることが大事です。
改修に際しても同様です。入居予定者に物件を見てもらい、要望を取り入れながら改修すれば満足度も変わってきます。同時に持ち主・地区側ともコミュニケーションを密にし、改修にも反映しました。
移住希望者に、地域の行事・作業への参加や住民とのつながりの意義・重要性をよく説明しておくことは欠かせません。行政自身が地域のつながりを重視している、と持ち主・地区に知ってもらうことにもなります。
空き家はあるのに家がない、家がないから移住できない―――悪循環を解消するため、改修村営住宅の仕組みが生まれました。幸い、移住者が地区にうまく溶け込み、人が人を呼ぶ状況が生まれつつあります。この流れを逃さず、吉野林業の伝統を受け継ぐ人材をさらに増やしていけたらと願っています。
奈良県黒滝村役場
林業建設課
「吉野杉透かし彫り」とは? 吉野杉透かし彫り工芸品は、年輪が緻密で節がなく、凛とした吉野杉ならではの作品です。吉野杉の特性である、年輪がまっすぐで柔らかい夏目と堅く締まった冬目が交互になった柾目(まさめ)板を使用し、特殊な機械と技術によって手作業で丁寧に透かし抜かれ、残された冬目が簾(すだれ)状の線美で表現された美術工芸品です。 |