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山梨県丹波山村/『縁めぐる里 丹波山村』~「ご縁」が行き交うふるさとづくりを目指して~

印刷用ページを表示する 掲載日:2022年2月21日

丹波地区風景

▲丹波地区風景


山梨県丹波山村

3190号(2022年2月21日)丹波山村長 岡部 岳志


丹波山村の概要

丹波山村は、山梨県の東北部に位置し、東は東京都奥多摩町、西は甲州市、北は埼玉県秩父市に接している県境の村です。面積は101・30㎢で,そのほとんどが山林であり、秩父多摩甲斐国立公園に属し、甲武信ユネスコパークに登録されている、人口535人の関東で一番人口の少ない村です。

村内には日本百名山の雲取山及び大菩薩嶺があり、東京都の水源である丹波川(多摩川)が村の中心部を流れており、極めて良質な水は、小河内ダム(奥多摩湖)を経て東京都民の飲料水となっています。

丹波山村の歴史は古く、丹波川南岸の高尾成畑地区から縄文時代の土器や住居跡が発見されたことから、太古の昔から遠い祖先が住み、営みを続けてきたことが確認されています。

明治32年の大火において多くの古文書が失われ、歴史的な沿革を詳しく辿ることはできませんが、古式記録としては、「甲斐国志」等に断片的な記載が見られます。戦国武将、武田氏の全盛期には、黒川金山の採掘のため金山奉行が置かれ、黒川千軒、丹波千軒と称されたと伝えられており、江戸時代には国中地方から大菩薩峠を経て、青梅に通じる甲州裏街道の宿場として重要な拠点だったといわれています。

 

新庁舎建設事業の着手~CM方式の導入~

丹波山村役場は、昭和46年竣工以来、50年にわたり村の行政拠点として村民サービスの中核を担ってきました。その間、村の大切な財産として、修繕や補修を積み重ねながら大切に維持管理してきました。

しかし、老朽化が進み、耐震診断では大地震による倒壊の危険性が指摘され、バリアフリーなどの時代の変化に伴う社会ニーズへの対応が困難になり、新庁舎建設の必要性が生じていました。一方、30人に満たない職員に建築や土木の専門職はおらず、しかも職員はさまざまな仕事を兼務しており余裕もない中で、新庁舎建設に伴う立案から発注先を決めるまでの膨大な資料の作成や設計のもとになる要求水準書の作成はとてもできない状態でした。

そのため、民が官を補完するコンストラクション・マネジメント(CM)方式を採用することとしました。これは、発注者である丹波山村の補助者・代行者となるCMR(コンストラクション・マネージャー)が丹波山村の立場に立ち、設計や発注方式の検討、工程管理、コスト管理などマネジメント業務を行う仕組みで、専門職がいない場合でもCMRの支援を受けながら事業を進めることができ、村職員の負担は大幅に軽減されることとなりました。従来なら請負業者から設計変更や工事金額の変更を申し出られれば専門知識のない職員は承認するしかなかったものが、CMRにより「こうすればできるはずだ」と反論してくれる環境が整いました。

専門知識のある職員を採用することや、請負業者からの工事費の増額要求を的確に判断し、その可否を対応してもらえることを考えるとCMRという外部の力を借りるというこの方式の重要性を痛切に感じました。

新庁舎建設事業は、CMRの支援を受けながら、デザインビルド方式(設計・施工一括方式)の公募型プロポーザルによって実施されました。

プロポーザルには9社が参加しましたが、採用となった提案は、独創性に富み、庁舎としては斬新的なデザインで未来に引き継ぐ庁舎としてふさわしい内容であり、審査員全員が同意し、契約に至りました。現在、順調に工事が進捗しており、今年11月末には竣工の予定となっています。

新庁舎外観イメージ図

▲新庁舎外観イメージ図​

 

未来会議~村の活性化のために~

丹波山村では、人口減少や高齢化対策などのほか、新庁舎建設事業をきっかけとした丹波宿再生事業、人口増につながる就業の場や新たな観光施策の創設など、役場職員の知識や発想だけでは解決できない課題が山積していました。それらに対応するためには、前述の新庁舎建設事業同様、外部の力を借りながら進めることとするため、平成30年7月に「丹波山村未来会議」を設置しました。

未来会議は、県内外の各界の識見者及び公募村民、村職員等約20人で構成され、平成30年度、令和元年度を第1期、令和2年度、令和3年度を第2期として実施しました。

第1期では、村の財産の有効活用、新たな魅力の発見・活用などについて自由な発想で意見を出していただきました。その結果、「森の資源循環」、「狩猟学校」、「鴨沢地区再生(第2源泉の活用)」の3つの施策を絞り込み、メンバーがそれぞれの班に分かれ、第2期の期間中も継続して検討を重ね、現在それぞれの施策について成果を上げつつあります。(後述)

平成2年度からの第2期は、新庁舎建設事業に伴う丹波宿再生について、第1期同様3班に分かれ検討を行っていただき、今年3月に「活動報告書・丹波宿再生への具申書」として報告を受けております。(後述)具申内容は、一部、令和4年度予算に盛り込み、事業化することとしております。

丹波山村未来会議の様子

▲丹波山村未来会議の様子​

 

森の資源循環~ワイン樽の製造・定住促進住宅の建設~

山梨県は、ワインの醸造が盛んであるもののワイン樽だけは輸入樽に頼っています。未来会議第1期の「森の資源循環班」では、森林資源を提供する側と求める側を結び付け円滑に循環させる事業の一環として、村内のミズナラを原材料としたワイン樽の製造に挑戦しています。

そのため、さまざまな機関、事業所等に協力を仰ぎつつ、令和2年12月に村内のミズナラを伐採し、富山県で製材、岐阜県で加工,宮崎県で組立を行い、令和3年4月に18ℓサイズのワイン樽17個が完成しました。その後、甲州市のワイナリーでワインを樽詰めし、熟成させ、純山梨産のワイン(720㎖)が約500本完成し、その後も同じ樽で新たなワインを熟成させています。

令和3年12月には今期のミズナラ伐採が終了しましたが、今後は、さらに大きな容量のワイン樽製造を目指しています。

また、丹波山村は、岩手県住田町と親しい連携を持っておりますが、住田町では、東日本大震災後に、陸前高田市の被災者を中心に受け入れる木造の仮設住宅を建設しました。建設から10年が経過し、役割を終えた仮設住宅が払下げされることを知り、住宅の一部を無償譲渡いただきました。その資材を活用し、令和2年度及び令和3年度に各1棟の定住促進住宅を建設し、令和4年度も1棟の建設を予定しています。

ワイン樽及び定住促進住宅も、森の資源循環の一環として位置づけた事業としておりますが、いずれも地方創生推進交付金を充てて実施しております。

村内のミズナラを原料としたワイン樽

▲村内のミズナラを原料としたワイン樽

 

 

狩猟学校~猟師体験・狩猟とサウナ事業~

丹波山村は、人口の約6・5%が猟師という狩猟が盛んな村です。

未来会議第1期の「狩猟学校班」では、丹波山村を「狩猟の村」と位置づけ、猟師体験や鹿の解体、罠猟体験などを組み込んだ「狩猟学校」の事業の立ち上げに至りました。また、この丹波山村の狩猟文化と、豊かな水と自然に恵まれた環境を活かしたアウトドアサウナとを組み合わせた「狩猟とサウナ」は山梨県をアウトドアサウナの聖地化する取組として、県内の先進的なイベント事例として取り上げられ、令和3年7月には、「やまなし自然サウナととのいプロジェクト」のキックオフイベントが丹波山村で開催されました。

その後、村内の温泉施設「のめこい湯」では敷地内にてアウトドアサウナを楽しむことができるレンタルアウトドアサウナ事業を開始し、お客様がいつでもアウトドアサウナを楽しむことができる環境を整備いたしました。これらの事業も地方創生推進交付金を充てて実施しております。

やまなし自然サウナととのいプロジェクト

▲やまなし自然サウナととのいプロジェクト

 

 

鴨沢地区再生~第2源泉の活用~

鴨沢地区は、東京都奥多摩町と隣接する、丹波山村(山梨県)への玄関口であり、日本百名山の雲取山の登山口でもあります。近年、三密を避けながら健康維持をしていくスポーツとして、ハイキング、トレッキングなどがブームとなり、雲取山がアニメ「鬼滅の刃」の主人公竈門炭治郎の生誕の地と紹介されたこともあり登山者も増えています。この地区は、昭和62年まで小中学校がありましたが、人口減のため廃校となり、その後も人口減少が続いていますが、雲取山への登山客は増加しており、年間2万人以上が入山しています。

一方、村内にある温泉の第2源泉は、活用されていない状況が続いており、維持管理費のみが消費されています。未来会議第1期の「鴨沢地区再生班」では、鴨沢地区の旧学校敷地に第2源泉を活用した立ち寄り湯を設置するとともに、同地区内にある元酒造会社内の剣道場を資料館に改修することなどを盛り込んだ基本構想を作成しました。今後は、同地区の再生を進めるためのアクションプランとロードマップを作成し、村への玄関口としての活性化を目指します。

空撮鴨沢地区

▲空撮鴨沢地区

 

 

新庁舎建設事業をきっかけとした丹波宿再生事業

新庁舎建設が進む村の中心地「宿地区」は、かつて宿場として栄えていましたが、現在は、空洞化が進み、150軒程ある家屋の半数が空き家となっています。

令和2年度及び3年度の未来会議第2期は、空洞化した丹波宿を再生させるため、「一体感のある街道と公共サービス」、「居場所と活動の場づくり」、「自然を利用した新しい活動の場」について第1期同様3班に分かれ検討を行いました。

一体感のある街道と公共サービス班では、「新庁舎建設事業と連携した国道・村道へのサイン設置」、「星空が見える外灯設置」、「郵便局を併設したコミュニティセンターの建設」、「ポケットパークの設置」など、

居場所と活動の場づくり班では、「村が改修した旧廣瀬邸を中心とした村内外の多世代が交流できる環境整備」、「空き家活用協議会の設立」など、

自然を利用した新しい活動の場班では、「狩猟の学校創設に向けた取組と関連講座の充実」、「自然体験拠点の整備」、「間伐材を使ったモノづくり体験教室の開催」、「耕作放棄地を活用した農業体験イベントの実施」などが具申されており、令和4年度以降事業実施していく予定です。

 

 

村の教育環境~地域とともにある学校を目指して~

丹波山村には、小学校1校(丹波小学校)と中学校1校(丹波中学校)があり、現在小学生12人、中学生12人が学んでいます。児童生徒の減少を抑えるために親子山村留学制度を導入し、これまで80人を超える児童生徒が東京をはじめとする他都府県から親子共々移住し、巣立っていきました。

児童生徒の減少により学校の教育計画や教育活動が滞らないように、村単教諭を採用し複式学級を解消したり、ALTによる外国語教育を推進したりしています。また、臨床心理士・スクールカウンセラー等を活用したほっとサポート事業、児童生徒一人1台iPadの貸与だけでなく電子黒板を小中学校各教室に設置しIT活用教育など、充実した教育環境づくりに取り組んでいます。さらには、令和2年度から放課後子ども教室を運営し見守り体制も強化しています。

令和3年度には、丹波山村教育大綱(第3期丹波山村教育振興基本計画)を制定しましたが、施策の一環として小規模同士の交流活動を、小さな村g7サミットのメンバーである高知県大川村の大川小中学校と実施するとともに、令和4年度から丹波川・多摩川つながりの東京都大田区小中学校との交流を隔年で小中学校の宿泊行事を行うとともに、村内在住の高校生や大学生(社会人・大学院生を含む)がオンライン授業を受ける場の提供、通信制高校での学びを支援する場の提供も実施できるよう進めています。

丹波小学校・丹波中学校は、令和4年度から丹波小中学校運営協議会(コミュニティスクール)になります。教科や道徳などに地域人材を活用したり、教育活動では丹波山村の特産品である「舞茸」を伏せ込みから収穫・販売までを地域の人と行ったり、文化財保存会が江戸時代から350年の歴史を誇る「ささら獅子舞」を指導し、その成果を小中合同運動会で発表したりする特色ある学校づくりを推進し、地域とともにある学校を目指します。

電子黒板を利用しての授業風景

▲電子黒板を利用しての授業風景

 

 

未来につなぐ村づくり

令和2年度をスタートとした丹波山村第5次総合計画は、この村を未来につなぐためのさまざまな事業を盛り込み、確実に実現させるため策定しました。

これを機に、長い間静かだった村に、未来につなぐための槌音が響き始めております。新庁舎建設事業を始めとする各種事業が着実に進捗することにより、村に新たな就業の場が生まれると同時に沢山のご縁も生まれております。このご縁により、今まで思いもつかなかった村の特徴を活かした新しいアイデアも生まれ、丹波山村のファンも増え、ひいては、移住者の増加につながり、人口減少に歯止めがかかると考えております。

今後も、これまでのご縁、これからのご縁を大切にし、ご縁が行き交うふるさとづくりを目指して計画に沿った事業を進めてまいります。