▲空撮新庄村の秋
岡山県新庄村
3181号(2021年11月29日)新庄村長 小倉 博俊
新庄村は岡山県の西北端に位置し、鳥取県と蒜山地域に接しています。中国山地の尾根部にあり、毛無山を主峰とする1、000m級の美しい連山に囲まれ、県下三大河川の一つ、旭川の源流域にあります。村の人口は880人(2021年9月末)、総面積は67・1㎢で山林が92%を占め、谷あいに沿って標高450mから600mに集落が点在している典型的な中山間地域です。
古くは江戸時代、参勤交代の際、松江藩主松平雲州候が泊まったという出雲街道の宿場として栄えた往時の面影が今も残っています。また、廃藩置県(1871年)以来、一度も合併したことがなく、村政施行150周年という大きな節目を迎えるにあたり、現在、50年にわたり村の拠点として村民に親しまれてきた役場庁舎を新たに整備しているところです。
新型コロナウイルスの感染防止に向け、小さな村の特徴を活かした集団接種を行ったことで、全国平均、県平均を大きく上回る高い接種率となりました。このような取組により、新庄村では未だ感染者が確認されていない状況が続いています。
コロナ禍の中、本年4月、3年ぶりに医師を採用することができました。このことは村民の願いでもありましたが、何よりも高齢者が安心して生活を送ることができることにつながるものと思います。今後は村の人々の健康維持や夜間の急患対応などにご尽力いただきながら、村としても健康・福祉・医療の充実に努めていきたいと思っています。
日本全体の問題となっている人口減少に対して、新庄村では平成27年に「人口減ストップ宣言」を出し、最重要施策として取り組んできました。結果として、令和元年までの5年間で社会増となり、平成29年度の合計特殊出生率は3・27で岡山県内1位。令和2年度の年少人口増加率も2・08で同じく1位となるなど確実に成果として表れています。要因として、社会増という明確な目標を達成するため移住・定住相談会をはじめ、複数の職を持つ「複業」や村と都会を行き来する「2拠点移住」といった新たな働き方・生活スタイルの提案を行ってきました。また、地域おこし協力隊制度等Iターン者の支援、移住希望者への個別対応のほかに居住整備として空き家の改修や単身者向け住宅の建築にも取り組んできました。
これからも小さな村の良さを前面に出しながら、都会の人の心をつかむ施策に積極的にチャレンジし続けていきます。
▲移住単身者向け住宅
全国7地方において人口の最も少ない村(離島は除く)が年に一度、一堂に会する「小さな村『g7』サミット」。小さいことが強みであるという強いメッセージの発信の場です。
山梨県丹波山村での第1回以降、福島県檜枝岐村、北海道音威子府村、和歌山県北山村で開催。第5回は本村で行う予定でしたが、感染症拡大防止のため苦渋の決断により2年連続で延期し、令和4年秋に新庄村で開催する予定です。
新庄村では当初から「人は『財(たから)』であり、サミットは若い人材の育成の場」と捉え、行政職員の参加にとどまらず、民間の方の参加を積極的に後押ししてきました。
第5回は、「次世代を担う人材の育成」を開催テーマとし、人口減少に悩む全ての自治体が直面する本質的な課題を取り上げ、住民のアイディアと力をふんだんに取り入れた運営を行っていきたいと考えています。
新庄村内の各種課題の解決や地方創生に関する取組等について、行政に代わってより機動的かつ柔軟に対応していくことを目的に本年4月に設立しました。宿泊施設「新庄宿 須貝邸」やレンタルスペース「木挽家」の運営のほかにもさまざまな取組を行っています。
◇地域通貨「もちん」
村内の商店等への客数を増やし、村内の経済循環を増大させることを目的に令和3年3月に地域通貨「もちん」を導入しました。
この通貨の特徴は、換金性が「ない」ことです。1もちん=1円のように現金同等の通貨としては利用できず、商店等において「現金では買えない価値のあるプレミアムサービス」を利用することにだけ使用できます。①商店等において「もちん」のみで利用可能なプレミアムサービスを提供②プレミアムサービスやアプリ上のマップの誘客効果によりお客が商店等を訪れ、通常の商品の購入も促進される―というしくみの構築が目的です。
プレミアム商品券などに代表される現金のメリットを要因とする誘客・経済対策とは異なり、「商店等が創意工夫を凝らして作り出した経済的負担が伴わない形で提供できる特別なサービスを基礎に客との関係性を深めながら客数を増やす」という新たな取組です。人と商店のつながりを強化することが小さな地域での持続的な経済循環につながると考えています。今後は商店等に限らず地域団体等の活用も推進していく予定です。
◇事業協同組合
人口減に立ち向かう小規模自治体において人材の確保は喫緊の課題です。現在、新たな人材を求めている分野は「農業分野」です。
主産業である稲作、特にヒメノモチの栽培を行い、将来にわたり農地を維持していくためには村外からの人材も積極的に求めていく必要があります。しかし、農業に従事した場合、寒冷地である本村では冬期間に十分な稼ぎを得ることが困難です。
この課題を解決するために、本村では令和3年度中に特定地域づくり事業協同組合を設立し、「春~秋は農業に従事、冬期間は別の仕事に従事するマルチワーカー」を募集・採用する予定です。現在、事業者間の調整が終わり、設立手続きを進めています。
小規模自治体の課題は、経済的なメリットが少ないため、民間主導では解決が困難なものが多いのが実情です。そのような地域課題に正面から立ち向かい、国・県の制度を積極的に利用していく姿勢がより一層求められる時代になっていると強く感じています。
◇農業施策
新庄村の農業は、全耕地面積に占める水田の割合が高く水稲栽培中心の地域となっており村の気候風土を活かした、モチ米「ヒメノモチ」の作付けを推進しています。旭川源流の清らかな水と夏場の昼夜の寒暖差により、他地域に比べてお餅へ加工した時の粘り・コシの強さ・甘み・白さが際立って高く、県内外から高い評価を得ています。
村ではこのヒメノモチを中心とした農業振興を図っており、平成14年のヒメノモチ生産組合の設立を機に、ヒメノモチ専用加工場(第一加工場、第二加工場)の建設や販売の拠点である道の駅の機能強化、各種イベントでの実演販売等を通じ、生産者と一丸となった取組を実施しています。
ヒメノモチの生産は現在、村の水稲作付面積の約70%を占めており、1俵当たりの価格についても一般モチの価格を超える14、000円台の高価格を維持しています。加工についても、現在まで村を挙げた取組が功を奏し、ブランド力も高まっており需要も高い状況です。加工及び直販の中心となる道の駅では、モチ米を活用した大福、麺類やビール、チョコレート等の6次産業化にも力を入れており加工量も近年倍増している状況です。
一方、過疎地域に顕著に見られるとおり、当地域も農家の高齢化が進み農家戸数の減少が見られ、ヒメノモチを中心とした農産物の栽培面積・出荷数量の減少が課題となっていました。そこで、村の豊かな自然を守るため農地を有効活用し、農作業の受委託、農地の利用集積を進めるべく令和2年度に「一般社団法人新庄村農業公社」の設立を行い、高齢化、担い手不足等により減少する農地の保全を行っています。初年度となる令和3年度は約6haの農地の借受けを行い、ヒメノモチを中心とした農産物の栽培や農作業の受託、農地中間管理事業を活用した農地の利用集積活動を行っており、その取組には村民はもとより県サイドからも高い期待をいただいています。
今後ともヒメノモチを村農業の中心品目として位置付けを行っていくためには加工の増大とヒメノモチ玄米での地域内一貫流通に向けた体制整備等が課題となっており、村内での生産から加工流通が一貫して行えるよう、ヒメノモチ第三加工場の整備、流通体制の刷新など今後もヒメノモチを中心とした農業政策による村づくりを行っていく計画です。
◇林業施策
新庄村では役場新庁舎建設の木質バイオマスエネルギーの導入にあたり、村産材を地産地消できるしくみの構築を進めています。
現在、一般木材として流通しない未利用材は隣の真庭市に運搬していますが、新庁舎に熱供給用の薪ボイラーを導入することにより、搬出間伐を行った際の未利用材の活用や森林所有者自ら間伐材を搬出していただくことによる所得の還元など林業振興策を進めるとともに、「儲かる林業」を目指して森林資源の現況把握と方向性を具体的に打ち出して、課題解決に取り組んでいきたいと考えています。
運用にあたっては、まずは、役場新庁舎から導入し、その後、周辺の公共施設(公民館、ふれあいセンター、保育所、小中学校)に導入する計画です。
▲ひめのもち
新庄村の観光資源は風情在る宿場町の町並みと豊かな自然です。旧出雲街道の宿場町として栄えた本村の観光スポットであるがいせん桜通りには、日露戦争の戦勝記念に植樹された132本の「ソメイヨシノ」が樹齢115年を超える今も咲き誇っています。赤瓦の並ぶがいせん桜通りの町並みの中、国の地域活性化・地域住民生活等緊急支援交付金(地方創生先行型)を活用して設置した施設「咲蔵家.」と国の地方創生推進交付金を活用して古民家を改修した宿泊施設「新庄宿 須貝邸」があります。どちらの施設も一般社団法人むらづくり新庄村が運営しており、「咲蔵家.」は、村民が集い、くつろげ、働ける新しい交流拠点として、新庄村の情報発信を行うほか、テレワークの推進も行っています。2019年7月にオープンした「新庄宿 須貝邸」は1日2組限定の宿泊施設で、四季折々の景色を見せるがいせん桜の側で、上質な時間を堪能することができます。
また、大山隠岐国立公園の一部であり、ブナ・カタクリのかおる「毛無山」一帯では、岡山県の3分の2を占めるブナ林を中心とした優れた自然環境と良好な渓流環境により、入込客数も増加傾向にあります。
また、本村には貴重な森林資源を活用した、岡山県下唯一の森林セラピー基地があります。平成20年に中国地方で3番目に認定され、毛無山の麓で「ゆりかごの小径」散策ツアーを開催しています。「森の案内人」とともに、全長2㎞のコースを新鮮な空気を胸一杯に吸いながらゆっくりと散策する森林セラピーは人気が高く、多くの観光客に利用されています。森林資源を守るため、森林セラピー協議会ではセラピーコースの道整備も行いながら、希少な動植物を守るための活動も行っており、心と体の癒しの空間を守り続けています。
新たな森林資源の活用として、本村と真庭市の大山隠岐国立公園の山岳エリアを舞台とした、西日本最長クラスのトレイルランニング大会を平成28年から開催しています。初年度は全国から約250名の参加があり、平成30年の開催では2倍以上の約540名が参加されるなど、全国規模の大会となっており、西日本でも有数の大会として成果をあげています。
また、魅力的な観光資源と歴史豊かな風土、それぞれの特性に十分配慮した自然や施設の一層の磨き上げを進めながら、地域経済環境の改善にも取り組んでいます。
中小事業者がメインの本村では、新たな事業に挑戦するための資金面や起業家の育成等の支援のために、「新庄村起業家支援資金貸付金」制度を創設しています。特産品の加工販売、6次化産業等に関する事業に対して貸付を行うことで、誰もが新しい事業にチャレンジしやすいようになっており、地域産業の活性化につながっています。
▲がいせん桜
▲咲蔵家
▲須貝邸の客室
▲森林セラピー
新庄村では、日常生活におけるあらゆる問題に対し試行錯誤しながら解決していく「デザイン思考」を取り入れた教育として、新庄っ子人材育成事業(キュリオスクール)に平成28年7月から取り組んでいます。急速に変化する社会を生き抜くうえで、学び、そして働き続けるために必要な知性、人格、情緒、社会的なスキルを身につけることを目的としています。
キュリオスクールで学ぶ「デザイン思考」は、新学習指導要領で目標とする「主体的で対話的で深い学び」の姿を特化して指導しています。また、ICTの活用の仕方、人の前で発表すること、協働すること、やり抜くこと、多様な人と交流することも学んでいます。
令和3年度からは「総合的人材育成事業」の中の一つとして位置付け新たなスタートを切りました。受講した子どもたちの成長を教育委員会も保護者も感じているところであり、今後も継続して事業を実施したいと考えています。
▲キュリオスクール