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北海道天塩町/マイカー空席のシェア 互助による新たな地域モビリティ~相乗り交通の取組~

印刷用ページを表示する 掲載日:2021年6月7日更新

天塩川河川公園からの夕日

▲天塩川河川公園からの夕日


北海道天塩町

3162号(2021年6月7日)総務課企画広報係 菅原 英人


天塩町の概要

天塩町は、最北の稚内から日本海側を南に約70㎞にある人口約3、000人の漁業と酪農の町です。町名の由来となった国内4番目の長流「天塩川」の河口部に位置し、かつて明治後期から大正にかけて流域の豊潤な森林から切り出し、流送により河口の港に集積された木材を国内外に輸出する物流拠点として栄えました。特に良質なアカエゾマツは「天塩松」と呼ばれ、欧州に渡り、高級ヴァイオリンの部材等として珍重されました。下流域には国立公園区域となっているサロベツ原野まで伸びる海水と淡水の混合する広大で豊穣な汽水域が形成され、そこに棲息するシジミは大粒で重厚な味に定評があり、古来より「蝦夷の三絶」(蝦夷地にある三つの絶品)の一つと謳われ、希少性も伴い、秋に天塩川に回帰する良質な鮭(天塩鮭)と共に固有の水産ブランドとなっています。河口に隣接する天塩川河川公園からは、日本海とそこに浮かぶ利尻富士、天塩川を背景に沈む美しい夕日を見ることができます。

天塩川河口に面した酪農と漁業の町

▲天塩川河口に面した酪農と漁業の町

 

交通課題の背景

戦後、良質な森林資源の減少と安価な輸入木材の流通拡大、かつて豊漁だったニシンの不漁から1955年をピークに60年間で人口は3分の1に減少しました。町内を通っていた鉄道(国鉄羽幌線)は1987年に廃止され、以降、移動するための町内から出発する公共交通機関は路線バスだけとなりました。道路整備の進展とモータリゼーションの普及により今日ではマイカーが住民の大多数の移動手段となっています。しかし、マイカーを単独で利用することができない高齢者など移動制約者にとって喫緊の課題となっていたのが、通院のための移動でした。町内にある町立病院は、内科と整形外科のみであり、一番近い総合病院のある70㎞離れた稚内市までは、直行する公共交通機関は無く、路線バスと鉄道を乗り継いで片道約3時間を要し、日帰りすることが不可能でした。一方、マイカーであれば、片道約1時間程度で行くことが可能ですが、取組開始前の住民アンケート調査で「自分が自動車の運転や利用ができなくなったら?」という質問に対して「非常に困る57%」、「ある程度、困る41%」と殆どの住民がマイカーによる移動に過度に依存し、それが自力で不可能になった場合の不安感を持っていることがうかがえました。また、急速に進行する高齢化により、当町では全国平均値よりも早いペースで運転可能人口が減少し、30年後には半分以下になると予測されました。全国的には、自動車運転を中止する実績平均値は76歳という統計がありますが、過疎地においてマイカーによる移動は、もはや生活の基盤であり、生活の質や満足度に直結し大きく左右します。過疎地の実測感として80歳代のドライバーも多く、団塊の世代が全て後期高齢者に移行する2025年以降、高齢ドライバーによる交通事故増加問題も深刻化します。単独でのマイカー利用に代替する移動手段を選択肢の一つとして確保することが求められました。

​​​​至近の総合病院等がある稚内市

▲至近の総合病院等がある稚内市

 

シェア/互助による課題解決

既存の公共交通機関で移動制約者のモビリティ確保が困難な場合、自治体運営でのコミュニティバスやデマンドバスを用いて補完、または、交通事業者や国に対して既設路線網の存続維持、不便性を解消するための要望、陳情といった活動に終始することが散見されます。しかしながら、前者においては複数の利用がある時間帯が少なく、乗合乗車率を向上させることは現実的に困難であり、結果的に輸送密度が低いため車両一人当たりの運行コストは上昇してしまう傾向があります。当町の場合、従来的発想ですと通院の足等を確保するため70㎞先の稚内市まで町が直行バスを運行させるということになりますが、財政的に余裕のない小規模自治体にとって巨費を投じ、運行を持続させることは困難なのです。また、採算収益性が見込めない運行に多額の費用を投じ、存続させること自体が今後の人口減少トレンドの中では現実的ではないという前提で、既に住民が生活の足として「日常的に移動しているマイカーの空席を未利用資産と位置づけ、有効活用できないか?」というシェアリングエコノミーの概念での課題解決を模索しました。シェアリングエコノミーとは未利用または利活用度の低い有形無形の資産を共有することにより課題の解決とシナジー(相乗効果)、新たなビジネス需要の喚起創出を図るものです。

​​天塩~稚内間 公共交通機関

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マイカー相乗りスキームの構築

このシェア/互助の概念によるマイカーの空席を利活用した新たな地域モビリティのスキーム構築の試行錯誤の末、既にインターネット上で国内最大のマイカー相乗りマッチングサービスを運営していた㈱nottecoと提携し、同社のプラットフォームを利活用した仕組み作りを行うことになりました。まずはマイカーを単独利用できない高齢者など移動制約者が至近の総合病院がある70㎞先の稚内市までの通院の足をいかに確保するかにフォーカスしました。①町民ボランティアドライバーが事前に稚内市までのドライブ予定を登録することで、移動予定のある車両を可視化します。②通院などで移動したい高齢者など移動制約者のニーズに合致するドライブを選択し、相乗りの申請を行います。③ドライバーの承認が得られればマッチングが成立し実際に相乗りによる移動が行われます。ここでまず、課題となったのは、デジタル・ディバイド(情報格差)でした。マイカーを保有もしくは運転できない高齢者など移動制約者のほとんどはインターネットやスマートフォンなどの通信デバイス機器を使用または保有しておらず、インターネット上に可視化された移動車両情報を自ら閲覧参照することが不可能でした。この点を解消するため、同乗を希望する町民が電話で町役場窓口に希望する移動内容を伝え、相応しいドライブ予定を参照・抽出し、担当者が代理でマッチングを行うデジタルとアナログを融合するような仕組みとしました。また、利用料金については、運送に対する対価ではなく、移動に要したガソリン代の実費額のみを同乗者で折半してドライバーに支払うこととしました。このことにより道路運送法第2条第3項の旅客自動車運送事業に該当せず、道路運送法上の許可または登録が不要の運送態様となるため、いわゆる「白タク行為」には当たりません。また、行き先(目的地)を稚内市内のみと限定し、地元タクシー会社の民業圧迫とならないようにしました。(☆天塩町から稚内市までのタクシー料金は片道約2万円かかり日常的な利用客はいません)

​​相乗りマッチングの仕組み

▲相乗りマッチングの仕組み

 

可視化された天塩町~稚内間の移動予定車両

​▲可視化された天塩町~稚内間の移動予定車両

 

相乗りの様子

​▲相乗りの様子

 

相乗り実証(運用)開始

2017年3月、天塩―稚内間相乗り交通の実証実験を開始しました。開始に際して、ボランティアの町民ドライバーを募集し、登録説明会にて当初19名がドライバーとして登録しました。ドライバー登録の条件として①70歳未満(年齢条件)②自動車任意保険に加入していること③インターネット利用が可能(スマートフォン、タブレット、パソコンの保有)-を設定し、車検証・自動車任意保険加入証明書・運転免許証の確認を行いました。一方、同乗利用者については、18歳以上の住民であれば登録を受け付け、当初13名の町民が登録を行いました。また、運用の仕組み及び提供サービスについて国の産業競争力強化法による「グレーゾーン解消制度」を活用し、予め設定した移動に要する実費の範囲内の金額を同乗者が負担し、相乗りさせる事業について照会し、国土交通省及び経済産業省から「旅客運送事業」に該当せず、道路運送法上の許可または登録を要しないとの回答を受け適法性を公式に担保しました。

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課題と対応

運用を開始し、まず同乗者側の課題として認知と理解の不足がありました。全国的にも前例の無い取組であることから、「専用のバスやタクシーのようなもの」「通院するためだけに利用できるもの」と誤解されることが散見されました。取組内容を印刷したチラシを住民回覧、配布などにより周知を図っていましたが、仕組みの認知、理解は容易ではありませんでした。老人クラブなど高齢者の集まる場に出向き直接説明を行ったり、相乗りツアーを企画実施し、通院以外の目的でも利用できることを周知しました。また同乗する側の不安要因であった「知らない人」の運転するクルマに乗車する不安については、ドライバーとの交流会を開催することで顔の見えるコミュニケーション機会をつくり軽減させました。一方、ドライバー側の課題としては、実際にドライブ予定を登録し、相乗り対応するドライバーが、登録された全ドライバーのうちの少数(3名程度)に限られています。ドライバー参加が少ない要因として、ガソリン代実費分のみの料金収受が参加インセンティブとして低いこと、片道約70㎞の中長距離の移動であるにもかかわらず、実際には計画性の低い突発的な移動傾向が高く、事前のドライブ予定登録、移動予定の可視化が困難であったこと。また、万が一事故などが発生した場合、当初、ドライバーが個人加入する保険によって対処することになっていたため、心理的な不安や忌避を抱くということもありました。保険に関しては当事業を対象とする互助による移動支援サービス専用自動車保険が2019年7月に認可販売開始となり、8月に同保険に町が加入することで、任意保険の補償内容を代替することができました。残された課題について解決に導くための方策を日々、試行錯誤していますが既存の法律や制度の壁が大きく立ちはだかります。

相乗り交流会の様子

​▲相乗り交流会の様子

 

実績と効用、展開

2017年3月からの運用(実証)開始後1年間の実績は、延べ同乗者利用が173名、運行ドライブ数は119往復でした。2021年3月まで49ヶ月間の累計では延べ同乗利用者が654名、運行ドライブ数は441往復(総走行距離約6万1千キロ)となり、同乗利用登録者は102名となりました。同乗利用者の約8割が65歳以上の高齢者、利用目的別では全体の8割超が通院でした。マイカーを単独利用できない高齢者等の移動制約者にとって最大の不便であった総合病院への日帰り通院が可能となりました。同乗利用者からは「この仕組みがあるおかげで、町に住み続けることができる」という声が聞かれ、人口流出の抑制効果にも寄与したと推測されます。取組の開始時及び維持にかかる運営側の効用として、インターネット上の相乗りマッチングプラットフォームを無償で利用し、新規に専用機器や通信デバイスの購入設置などが一切不要であったことから、初期投資と運営のための直接経費がほとんど不要でした。相乗り交通による輸送実績をベースに従来型の公共交通機関(バス)を借り上げし、費用を町が賄った場合の試算では年間約2、600万円相当の費用想定に対して相乗りによる初年度運用経費では、約120万円(広報周知、説明登録会開催等の経費)で約2、500万円の費用削減効果(仮想)がありました。

別の側面として、当事業が全国的に前例のない取組であったことに対して全国の多くの関係機関、市町村から問合せや視察、9つの大学の調査研究の対象となったことがきっかけで交流や関わりが生まれました。その中でも2018年から筑波大学(社会工学)と連携し、毎年大学生が町に来訪滞在し、調査研究活動と併せ中高生の人材育成事業に展開し現在に至っています。

今後に向けて

今回、紹介させていただいた「相乗り交通」の取組は、あくまでもマイカーを単独利用できない移動制約者の足の確保に特化したもので、地域全体の交通課題の解消や持続可能性を補償するものではありません。その点をふまえ令和3年度より地域公共交通計画策定に向けて着手し、そのプロセスにおいて生活圏域でのスクールバスなども含め既存の交通インフラやリソース、ニーズと課題について多面的な視点から調査、分析し実態を把握していく一方、住民・利用者・交通事業者・関係団体など地域内のステークホルダーとの意見集約、合意形成を経て総合的な地域交通体系の構築を目指していきます。

今後、地域においては一層の人口減少・少子高齢化により、これまで以上に限られた財源とヒト、モノによる持続可能な自治体運営と生活インフラの存続を行っていくためには、開拓時代に築かれ、かつて地域コミュニティに内在していた互助の精神や仕組みを現代にアレンジ・再考することでの可能性を見出していきたいと思います。

当取組がきっかけで始まった大学との連携事業

​▲当取組がきっかけで始まった大学との連携事業