愛媛県砥部町
3158号(2021年5月10日)砥部町長 佐川 秀紀
砥部町は、愛媛県のほぼ中央に位置し、香り高い文化と歴史が息づく人口2万人ほどの町です。
平成17年1月1日、「砥部町」と「広田村」が合併し、新「砥部町」が誕生しました。
両町村は、住民の生活圏や文化圏などにおいても一体性の強い地域で、農林業などの産業面も共通し、教育文化・スポーツなどの地域間交流も盛んに行われていました。
砥部焼の原料となる陶石は、旧広田村で採掘されていて、この砥部焼を通じて古くから交流がありました。
総面積は101・59㎢で、北部は、重信川を隔てて松山市に接しており、この重信川に注ぐ砥部川が中央部を流れ、南北に細長く、県都松山市のベッドタウンとして発展しました。また、江戸時代以降240余年の歴史を持つ国の伝統的工芸品「砥部焼」(県の無形文化財)の産地として名をなし、砥部焼をもとめて多くの方にお越しいただいています。
さらに、「とべ動物園」、「えひめこどもの城」、「愛媛県総合運動公園」の県の3施設が隣接する砥部エリアの森がTOBE MORIと名付けられ、今年3月13日、四国最大級のジップラインが開通し、新しいアドベンチャーゾーンとして注目されています。
農業では、温暖な気候とあいまって、みかんを中心とした柑橘の生産が盛んです。
南部は、南に向かうにつれ標高が高くなり、高峰に囲まれ起伏にとんで、豊かな森林資源や自然景観が美しい山間地域です。中央を走る玉谷川の流れがつくり出した仙波渓谷や、伊予の西石鎚とも呼ばれる権現山などの景勝地があり、初夏には川沿いで天然のホタルが乱舞し、幻想的な世界を楽しむことができます。
また、自然条件を活かした高冷地野菜や自然薯の栽培が盛んです。
▲砥部町全景
松山市から国道33号線を南に、重信大橋を渡り砥部町に入ると、国道の中央分離帯に沢山の砥部焼モニュメントが設置されています。訪れた人はこの光景に、焼き物の町を実感することができます。
さて、砥部焼とは、砥部町を中心につくられている陶磁器のことで、この焼き物の里・砥部には100軒ほどの窯元が点在しています。
江戸時代この地の陶工は、砥石くずを原料に器をつくり、豊富な松の木を燃料に登窯で砥部焼を焼いていました。約240年余りたった今も、その歴史と伝統は活かされています。
やや厚手の白磁に「呉須」と呼称される薄い藍色の手描きが特徴となっており、花器や食器が多く存在します。ほとんどが手作りにて成形され、窯元それぞれに個性的で、伝統を守り深めた作品もあれば、新しい表現を模索した作品もあります。その魅力としては、丸みをおびてぽってりしたフォルムとシンプルで飽きのこない文様です。何よりも磁器でありながら素朴で丈夫であることから、使い勝手が良く、普段使いの器として愛されてきました。
現在この砥部焼は、国の伝統的工芸品として、白磁、染付、青磁、天目(鉄釉)の4種類が指定されており、併せて国の伝統工芸士に窯元12人が認定されています。また、愛媛県の無形文化財に指定され、現在、3人が制作技術保持者に認定されています。
▲砥部焼
砥部焼の技と文化を継承し、新しい砥部焼の造形・デザインを創造できる人材を育成しようと、平成14年に愛媛県が実施した「えひめ陶芸塾」を本町が引き継ぎ、「砥部焼陶芸塾」として開講しています。
プロの陶芸家を目指す人、また、プロの陶芸家で、知識・技術力の向上を目指す人を対象とした講座です。
現在、13期生6人が入塾し毎日真剣に砥部焼と向き合っています。
この事業は、着実に成果を上げており、これまでの卒業生は、56人います。その中で42人が砥部焼業界で従事しており、その中で窯を開いて開業した人が17人と、砥部焼製造の技術が着実に若い世代へ引き継がれ、それぞれの窯元の個性を活かした、使う人のニーズに合った焼き物が生産されています。
「とべりて」とは、「とべやきのつくりて」から名付けられました。
平成25年、この砥部焼陶芸塾の卒業生や窯元従事者など、女性7人で砥部焼業界や地域を活性化したいとの思いで結成されました。女性の感性を活かして、砥部焼の魅力発信の広告塔となり、イベントへの参加やメディアへの出演など新しいことにもチャレンジしています。
▲伊予灘ものがたりイベント
▲「とべりて」の7人
平成29年夏、砥部町民ミュージカル 『シンパシーライジング~砥部焼物語~』の公演が行われました。
このミュージカルは、砥部焼磁器創業240年記念事業として、砥部町の新たな魅力の創出を目指して進めました。砥部町出身の映画監督大森研一の脚本、キャスト総勢51人は、満員の観客を前に、全力で演じました。
この公演への反響は大きく、大森監督の意向もあいまって、町民ミュージカル『シンパシーライジング』の映画化が進められます。早速、「とべりて」を含む砥部焼の関係者、商工会、観光協会等で映画実行委員会が立ち上がり、映画『未来へのかたち』の制作へと動き始めます。
ストーリーは、愛媛県にある焼き物の里・砥部町を舞台に、壊れてしまった家族が陶芸を通して絆を取り戻していく姿を描いた人間ドラマ。砥部町で小さな窯元を構え、新しい砥部焼のスタイルを追求する新進気鋭の陶芸家・竜青は、町をあげて実施されたオリンピック聖火台のデザインコンペを勝ち抜くが、採用されたデザインは身に覚えのないものだった。それは竜青の娘・萌が彼の名で密かに応募していたもので、実現させるには敵対している老舗窯元の父・竜見の技術が必要だった。そんな折、竜青の兄・竜哉が10年ぶりに町へ戻ってきて、「母の死」にまつわる父子の因縁が再燃する。伊藤淳史が主演を務め、妻・幸子を内山理名、亡き母・典子を大塚寧々、兄・竜哉を吉岡秀隆、父・竜見を橋爪功が演じる。監督・脚本は砥部町出身の大森研一。
さらに、主題歌「未来へのかたち」を湘南乃風のHAN-KUN、音楽をピアニストの清塚信也が担当し、一流アーティストたちが家族の再生物語を彩っています。
平成30年9月下旬から10月上旬に砥部町オールロケで撮影が行われ、令和2年2月、東京オリンピック・パラリンピックの開催前に全国公開が決定していました。
そんな最中でした、新型コロナウイルスの感染拡大です。公開は延期され、いつ封切られるか分からなくなってしまいました。関係者も不安でいっぱいでしたが、徐々に映画館も開館し始め、この夏の東京オリンピック・パラリンピック開催前の5月7日に全国一斉公開が決定しました。
映画を通して、家族の絆や伝統をつなぐ大切さが感じられ、こころ温まる映画になっています。(もう一度)5月7日全国一斉公開です。ぜひご覧ください。
▲町民ミュージカル公演
▲秋の砥部焼まつり
▲紅まどんな
▲町花「梅」
砥部町にとって砥部焼は、先人から受け継いだ伝統文化であり主要な産業となっています。そして今では重要な観光資源ともなっています。
そんな砥部町を舞台に制作された映画『未来へのかたち』は、素朴な街並みや焼き物に関わる人を含めた砥部焼の魅力を存分に感じていただけると思います。
また、映画制作の過程では、裏で繰り広げられたもう一つの『未来へのかたち』がありました。それは、気概を持って本物の砥部焼の聖火台を製作した窯元の人々、ロケ班に手作りの温かい食事をふるまってくれた各団体や飲食店の人々、献身的な地元ならではのサポートがありました。コロナ禍で人の繋がりが薄れる中ですが、映画をつくり上映するという目標に向けて多くの住民が関わり、繋がり合えたことは大きな成果でした。
今後は、この映画を通じて発見した砥部の魅力を発信し、町民のみなさんが自ら『未来へのかたち』を描き、実現できるような、住民のみなさんが主役になれる町づくりを進めてまいりたいと思います。
▲砥部焼の聖火台