▲西海岸の景観
新潟県粟島浦村
3155号(2021年4月5日)粟島浦村長 本保 建男
粟島浦村は、新潟県村上市の岩船港から北西35㎞に位置し、周囲23㎞の1島1村の小規模離島です。集落は、東側に定期船の発着する内浦、西側に釜谷の2集落からなり、約350人の島民が暮らしています。周りが好漁場で古くから水産業が基幹産業として位置づけられる他、昭和40年代の離島ブーム以来、観光業が粟島の主要産業になっています。1年を通して比較的温暖な気候のため降雪も少なく、暖流と寒流の交じり合う影響で海の幸・山の幸が豊富な島です。
粟島は「鯛の島」としても有名です。春から夏にかけて、産卵のため近海に集まる真鯛の水揚げが最盛期を迎えます。またこの頃は10㎏クラスの大物を求めて、多くの太公望も来島します。郷土料理の代表は「ワッパ煮」です。もともとは漁の合間に磯に上がり食べていた漁師の料理です。ワッパという杉の器に真っ赤に焼けた石を入れ煮立て調理する魚の味噌汁です。
明治22年村政施行した粟島は、令和元年に村制施行130周年を迎えました。記念事業の一環として、村内外から大勢の来賓の方をお招きし、盛大に記念式典を挙行しました。
粟島の歴史は古く、およそ5千年前から人が住んでいたと考えられています。中世では、西方浄土の入り口と見て、来世の幸せを願い建立した板碑も数多く残っています。また近世では、北前船の風待ちと食糧の補給地として重要な拠点になっていました。このように、古くから粟島がその時代時代の重要な役割を果たしてきました。厳しい自然環境の下で先人が積み上げてきた粟島の足跡をこれからも大切にし、次の世代に引き継ぐことが、今粟島で生きる私たちの使命と捉えています。
現在、全国で小中学生を対象に離島留学を実施している島は、30島ほどあります。粟島浦村が行っている離島留学制度もその中の一つです。令和3年度は、しおかぜ留学募集予定人員12名に対し、応募者数は、50名ほどありました。このように多くの小中学生が応募する要因の一つに他の離島留学には見られない、馬を介在した「命の教育」を行っていることがあげられます。
▲生徒数推移
平成24年、児童生徒数が年々減少することから、将来の予測を調査してみました。すると平成30年には、島の中学生が2名だけになることが示されました。このままでは、同級生もいなく、先輩や後輩もほとんどいない学校生活を子どもたちへ強いることになります。さらには卒業後も同窓会さえできない粟島浦小中学校出身者となってしまいます。また、学校の存続さえ危ぶまれ、地域の衰退に拍車がかかることは明白です。児童生徒数の極端な減少は、教員数にも影響し、教育活動の質そのものにも影響を及ぼします。学校の存続にかかわる問題です。
PTA総会や職員会議の機会に、児童生徒数の減少が一目瞭然となるように数値化しグラフで示しました。
平成24年度は、しおかぜ留学の準備をする年でした。平成25年4月から留学生を受け入れるために、地域住民、学校、教育委員会の関係者で構成される会議を何度も開催しました。またPTAの集まりなどで、保護者に対してしおかぜ留学についての説明も行いました。このように地域と共にしおかぜ留学は歩みを進めています。
事業主体を粟島浦村とし、運営管理を教育委員会が担っています。留学生は男子寮と女子寮に分かれ、集団生活を送っています。
令和2年度には里親制度が始まり、受け入れ人数も20名となりました。何れの宿舎にも管理人が常駐し、親代わりとして留学生の世話をしています。
学校生活以外の留学生の活動の拠点は、あわしま牧場です。「命の教育」を実践する場でもあります。
▲寮での様子
1 基本方針
馬はリーダーとなる馬の下、群れで安全・安息に暮らすのが基本本能です。牧場で飼育されている馬にとってのリーダーは人間に他なりません。馬の気持ちを察知し、アニマルウェルフェアに関する事項を理解し、馬に寄り添った行動ができることを基本方針としています。
最終的な目標は、牧場活動を通して、「忍耐・協調・協力」のできる人間の育成です。留学生が今後成長し、社会の一員となったときの基本ともなります。
2 具体的な活動
児童生徒の意思を尊重し、2コースに分けて活動しています。
① トレーニングコース
乗馬技術の向上を目指し、馬術大会などにも参加するコース
② ハピネスコース
牧場活動は朝飼い(朝の牧場活動)のみとし、放課後は学校のクラブ活動や地域活動を行うコース
両コースとも朝の飼養管理を通して馬という動物を理解する活動を行っています。朝の給餌活動は午前6時15分から6時50分をめどに活動を行っています。活動終了後寮に戻り、朝食後登校します。
トレーニングコースの児童生徒は、放課後牧場に集まり厩舎の清掃、給餌、馬体の手入れの後、騎乗練習に取り組みます。
3 命の教育
「厩七分に乗り三分」この言葉は、指導者が児童生徒に、「馬と心を通じ合わせることが全ての基本である」ということを教える際に使う言葉です。
馬は世話をしてくれるからこそ自らの背を差し出すのであって、先ずは馬と心通わせることが大切だということを指導しています。
一、厩に入り馬の眼を見て声をかけ、体を撫でて観察し、友達や家族の一員として愛情をもって接する。
一、馬の鼻に顔を近づけることで馬の息づかいを感じる。体を撫でることで、手のひらに伝わる生命の暖かさを感じる。
一、日々水をやり、餌をやることで馬の命をつなぐ役割を果たしている。
このような牧場活動を通して命の大切さを身をもって知り、その気持ちを日常の生活に生かし、友を思いやる気持ち、相手の立場に立って物事を考えることができる人間に成長してもらいたいと願い「命の教育」を実践しています。
▲海岸を駆ける馬
▲馬の手入れ
①契機
新潟県弥彦村小林村長との懇談の際に、モンゴル国エルデネ村が話題となり、風土や生活環境が異なる当村に牧場があることがきっかけとなり、エルデネ村の訪問団の受け入れを弥彦村に提案しました。
②受け入れ体制
島をあげての歓迎セレモニーでは、多くの島民が港に集いモンゴルからのお客様を歓迎しました。交流会は、粟島浦小中学校の児童生徒全員で行うことにしました。牧場での活動を主たる活動としますが、牧場活動を行っていない児童生徒の関わり方として、海水浴やバーべキューでの活動をとおして交流することにしました。
③成果
モンゴルでは見られない海に囲まれた粟島で宿泊し、自国とは異なる環境の中で飼育されている馬に触れると共に、日頃身につけた乗馬技術を牧場活動をしている子どもたちに披露していました。
▲海での乗馬
令和3年4月に9年目を迎えるしおかぜ留学制度です。最初からきちんとした形で制度を示すことはとても重要ですが、すべての課題を想定することはできませんでした。しかし、制度に無理矢理従わせようとすると留学生は増えず、制度も定着せず、せっかくの取組が意味をもたなくなってしまいます。重要なのは話し合いながらルールを決めていき、そこで、お互いに信頼関係を築くことだと思っています。そういった中、昨年、これまでの取組が評価され、「令和2年度過疎地域自立活性化優良事例表彰 総務大臣賞」を頂きました。
現在、コロナ禍にあって、これからも全国各地から児童生徒が当村に集まって来る手前、まず、当村の対応・体制を島の内外に示していくことが重要です。そして、これからも一つ一つ丁寧に話合いながら制度を充実させ、児童生徒からは、「第二の故郷」と呼んでもらえるような取組にしていけるよう努めます。
私たちのチャレンジは、まだまだ種を蒔いている段階ですが、いつかこの「しおかぜ」が、実を結んで地域活性化の「かぜ」になるものと信じて活動していく所存です。
▲歓迎式典