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北海道美瑛町/美しい農業景観を次世代につなぐ

印刷用ページを表示する 掲載日:2020年9月7日更新

十勝岳連峰を背景にした丘陵景観

▲十勝岳連峰を背景にした丘陵景観


北海道美瑛町

3132号(2020年9月7日) 美瑛町長 角和 浩幸


丘のまちびえいの概要

美瑛町は、北海道のほぼ中央に位置し、十勝岳連峰の山麓に広がる人口約1万人のまちです。東京23区とほぼ同じ676・78㎢の広大な面積を有し、河川流域に沿って放射線状に形成された集落では、農業に不向きと言われる丘陵地形にもかかわらず、十勝岳連峰の雪どけ水や昼夜の寒暖差など恵まれた条件を活かして、米、小麦、ばれいしょ、アスパラ、トマト、豆といった多彩な農産物の生産活動が営まれています。

町独自の認定基準により厳選されたビエイティフル商品には、素材とれたての美味しさをとじこめた「フリーズドライ食品」を始め、この豊富な農畜産物を加工して生まれた特産品が顔をそろえるなど、農業を軸に副次的な産業も発展しています。

また、2、000m級の山々を背景にどこまでも波のように続く丘陵地帯は、季節が進むにつれて多様な作物が様々な色に変化するため「パッチワークの丘」とも呼ばれ、農業の営みが創り出すこの美しい農業景観を目的に多くの観光客が訪れています。

近年は、十勝岳の火山活動から地域を守るために整備された砂防施設の一部が「青い池」として認知され、国内外から多くの人気を集めており、年間200万人以上の観光客が訪れる観光地として成長しました。

青い池

▲青い池

景観保全の意識の芽生え

美瑛町の観光業は、昭和後期までは十勝岳山麓の白金温泉を中心に発展してきましたが、昭和62年に風景写真家・前田真三氏の写真ギャラリー「拓真館」が開設されたことを契機に農業景観が注目を集めテレビ番組やCMでも取り上げられたことから、当時の観光入込客数は年々増え続けていました。

平成元年には、リゾート法に基づく富良野大雪リゾート地域整備構想の重点整備地区に設定され、さらなる観光振興に向けた具体的な検討が進められることとなりました。しかし、その一方ではリゾート開発に伴い移住者や観光客が増え、店舗や住宅の建設が無秩序に広がることを懸念し、住民を中心に景観を保全する気運が高まり、同年12月に「美瑛町景観条例」が制定されました。

この条例は、景観整備の方針を示す「景観ガイドプラン」を策定し、景観形成地区を指定した上でその地域に応じた景観形成基準を設け、建築行為等の統一を図っていくものでした。しかし、町による指導や助言の対象は、あくまでもこの指定された地区内における行為に限られており、民有地の指定には土地所有者の同意が必要であったため、地区の指定に至らないケースも多く、唯一指定されたエリアはリゾート開発の検討がなされていた白金地区のみと課題を残す結果となりました。

その一方で、市街地のメインストリートである本通り地区の土地区画整理事業においては、電線類の地中化や流雪溝の整備のほか、住民相互に建築協定を結ぶことで「自然と調和した美瑛の玄関口」にふさわしい街並みづくりが図られました。建物は等辺切妻屋根を基調とし、外壁には美瑛軟石を積極的に使用するなどのルールを「街づくりマニュアル」として住民総意のもとに策定し、建築行為に一定の制限をかけることで、統一した街並みが形成されていきました。どこか欧州のような雰囲気を感じさせるこの空間は、今も多くの観光客から人気を集めています。

 

拓真館

▲拓真館​

本通り地区

▲本通り地区​

景観計画の策定

バブル経済の崩壊後にはリゾート開発も下火となり、社会的に自然保護や景観保全の意識も高まったことから、平成12年頃より美瑛町景観審議会において、課題の残されていた景観条例の改正に向けて検討が始まり、平成15年3月に「美瑛の美しい景観を守り育てる条例」が新たに制定されました。農村景観は地域の財産であり、次世代のために守り育てていく責任があるといった考えが地域に定着していたこともあり、その精神が前文に謳われるとともに、条例の適用範囲を町内全域とし、開発行為の手続きの一つに住民説明が位置付けられたことで、地域の意向を踏まえた景観づくりが進められることとなりました。

しかし、その1年後の平成16年6月に「景観法」が施行されたことにより、この条例は法的拘束力を持たない自治体独自の条例となってしまい、景観法に基づいた景観づくりを進めるためには、景観行政団体の指定を受け、景観計画を策定する必要が生じました。その後、平成18年8月に景観行政団体の指定を受け、景観づくりに関する町民ワークショップやフォーラムの開催を経て、平成24年に北海道大学観光学高等研究センターと連携協定を結び、本格的に景観計画の策定を始めることとなりました。

北海道大学の調査研究では、地域の実情に即した計画とするため、フィールドワークを通して課題を明らかにしながら、約3年の期間をかけて丁寧に作業が進められ、平成27年3月に「美瑛町景観計画」が完成しました。また、あわせて同年7月には「美瑛の美しい景観を守り育てる条例」を景観法に基づく条例として全部改正しています。

景観計画は、その策定をゴールとすることなく、具体的な取組も進めています。町民や事業者に計画の概要を示したパンフレットや美瑛町らしい建物の建ち方を示した事例集を配布して制度の周知を図っているほか、景観セミナーやフォーラムの開催を通して、景観づくりに対する住民の意識向上にも努めています。また、条例の改正により新たに定められた助成金制度では、景観づくりに寄与する事業に対して助成がなされており、景観重要建造物の補修や塗装、写真撮影に支障となっている電柱の移設などの事業に活用されています。

 

景観フォーラム

▲景観フォーラム​

「日本で最も美しい村」づくり運動

平成17年10月、美瑛町をはじめとする全国7町村により「日本で最も美しい村」連合は設立されました。過疎化や少子高齢化が進む中、地域の暮らしによって根付いた風景や文化を守るため、自らのふるさとに誇りを持ち、切磋琢磨しながら自立した地域づくりに取り組んでいく。そのような志をともにする仲間が、現在は全国63地域にまで広がっています。

美瑛町では、農協や商工会など町内23機関を構成団体とする協議会を立ち上げ、この取組を推進しており、観光道路の清掃やガードレール塗装、「花いっぱい運動」と称した市街地の花壇整備などさまざまな活動が住民の手によって毎年実施されています。これらの取組を通して改めて町民一人一人が景観づくりについて考えていただける貴重な機会にもなっています。

また、小中学生を対象にしたふるさと学習や絵画コンクールを通して、子どもたちにとって誇れる地域資源について問いかけるような活動も行っています。やはり農作物や農業景観といった声が多いものの、さまざまな価値観や考え方に触れることができ、新たな発見も少なくありません。子どもたちが抱く小さな誇りを郷土愛として育んでいくため、これらの声にもしっかり耳を傾け、まち全体で美しい村づくりの取組を進めています。

ガードレール塗装

▲ガードレール塗装

農業と観光業の共存

美瑛町の観光スポットは、美しい丘陵景観を眺望できる「農地」が中心となるため、観光客が増える一方でさまざまな問題が生じてきました。トラクターなどの通行を妨げる路上駐車、農地への無断侵入やゴミのポイ捨て。特に農地への立ち入りは、踏み込んだ靴底の病害虫等により作物が病気にかかってしまう恐れがあり、その心ない1歩が周辺一帯の農地や農産物の生産に大きな被害を及ぼす大きなリスクとなります。

これらの問題解決のため、これまで、優良景観ポイントには展望公園として駐車場やトイレの整備をはじめ、観光アドバイザーによるパトロールや啓発看板を設置するなどの対応を進めてきましたが、近年は外国人観光客が増え、言語が通じないことや異文化であることによる新たなトラブルも生じており、苦慮することも少なくありません。訪れる側と受け入れる側の双方が心地よく過ごせる環境づくりは今もまだ課題となっています。

そのような中で昨年、農家を中心にした「畑看板プロジェクト」が立ち上がりました。看板を通して農家の思いを伝えることをコンセプトに、農業景観を見渡せる絶景ポイントに設置された看板には、農家からのメッセージ発信や観光客が農業者を支援する仕組みなど、農家と観光客がつながる仕掛けが盛り込まれています。

観光客に目の前に広がる美しい景観が農家の営みそのものであることを理解してもらい、ルールを守って観光を楽しんでいただきたい。両者の摩擦を解消して良い関係性を構築していきたいとする活動が、本来であれば観光マナー問題で苦しい思いをしている農家側から声が上がり始まったことは、美瑛町にとって新たな1歩となりました。

 

農地に立ち入る観光客

​▲農地に立ち入る観光客

畑看板プロジェクト

▲畑看板プロジェクト

誰もが住みたいまちに

平成の時代とともに歩み始めた美瑛町の景観づくりは、課題を一つ一つ解決しながら着実にかたちづくられました。携帯電話基地局の建設など生活の利便性を高める一方で、景観に配慮しなければならない事案もあり、まだまだ残されている課題は少なくありませんが、今後も美瑛町らしい景観づくりを進めていきます。

また、先人たちが築き上げてきた美しい農業景観は、開拓以降の農家の営みが積み重ねられた産物であり、この貴重な地域資源を将来にわたり守り続けていくためにも農業の持続的な発展は欠かせません。同時に、国内外の多くの方々に美瑛町を知ってもらい、訪れていただくことで地域経済を活性化させる観光業も重要な産業となります。

これら2つの産業を軸に新たな人の流れをつくり、安心して暮らすことのできる環境づくりを進めることで、誰もが住みたいと思える「丘のまちびえい」を目指していきます。