高根沢町の田園風景
栃木県高根沢町
3112号(2020年3月9日) 高根沢町長 加藤 公博
高根沢町は、栃木県のほぼ中央、県都宇都宮市に隣接する人口3万人ほどの町です。総面積は70・87㎢、中央部に町域の5割を占める水田地帯が広がり、関東平野を代表する穀倉地帯となっています。皇位継承の重要祭祀である令和の大嘗祭においては、悠紀地方の斎田として高根沢町の圃場が選定され、高根沢産の「とちぎの星」が献上されました。
また、東部丘陵地帯にある「元気あっぷむら」は、新たに道の駅として登録され、4月には、グランピング施設を備えた温泉施設としてリニューアルオープンします。さらに、西部丘陵地帯にある「宮内庁御料牧場」や、鬼怒川河川敷の「鬼怒グリーンパーク」など、自然と共存した施設があります。その一方で、町の西部台地には、R&D企業を集積した研究開発型団地「情報の森とちぎ」、また「本田技術研究所」が立地しており、「自然、農業と最先端技術が共存しているまち」というのが、高根沢町の主な特徴です。
全国的に広がる急速な人口減少は地域社会の存立基盤にかかわる問題で、今やどの自治体においても必須課題です。高根沢町においても、少子超高齢社会の進行とともに、低下しつつある地域の活力をいかに創生していくかは緊要の課題でした。この課題にいち早く取り組み、将来にわたり持続可能な町を目指すため、町では「定住人口4万人」への挑戦を掲げ、「高根沢町定住人口増加プロジェクト」を平成27年2月に全国で最初に策定しました。そして、本プロジェクトを具現化するため、「高根沢町総合戦略」を平成27年10月に策定し、平成27年から5か年計画としてスタートさせました。
特に本町においては、30代が流出傾向にあったことから、町内外の若者・子育て世帯をターゲットとし、高根沢町の良さを訴求させ、転入者を繋ぎ止める取組を、単発ではなく恒常的に積み重ねていく必要がありました。そこで、町の交通結節点・表玄関であり、最も町内外の様々な人が行き交うJR宝積寺駅周辺を中心市街地の活性化拠点とし、地域の創生、さらには定住人口の増加に向けた施策展開を図ってきました。
まず、平成27年8月にJR宝積寺駅前ちょっ蔵広場で、宇都宮大学の地域づくり学生チーム「たかラボ」の発案による「駅の前のマーケット」を開催しました。このマーケットは、「誰もが参加しやすい」ことが特徴です。出展者も、お客さんも、それぞれが、ゆるく、自由な雰囲気の中で想い想いに自己を表現できる…、そんなマーケットにするために、ゼロから始めたイベントでした。平成27年度に始まり、今年度で5年目となりましたが、このイベントの効果は、中心市街地の活性化だけでなく、潜在的な創業希望者の掘り起こしにも繋がりました。出展者や来場者の中には、「いつかは自分のお店を持ちたい。」と話す方や、「創業はハードルが高いので、お試しができれば。」という声があり、皆さんの夢を近づけ、町の活性化にも繋がる形を模索するようになりました。
当時、宝積寺駅前に1、000㎡程の町の土地があり、この土地の活用方法を検討していました。マーケットをはじめ、様々なイベントを恒常かつ安定的に駅前で開催し、これまで以上に交流人口を増やすためには、最低限の「場」と「機能」を確保する必要がありました。また、本町の駅周辺には、市場に出ているお手軽な、いわゆる「居抜き物件」が少なく、前記したようなニーズがあったことからも、今後町が創業支援を推進していく上で、「お試し創業」的な仕組みを整える必要が高いと考え、平成29年10月に地方創生拠点整備交付金を活用し、宝積寺駅東口にお試し創業施設を備えた「クリエイターズ・デパートメント」を整備しました。
▲駅の前のマーケットの様子
「クリエイターズ・デパートメント」の敷地面積は、1、006・94㎡、ログハウスでできた5棟のお試し創業施設と事務所からなる施設です。ログハウスは海外から取り寄せ、周囲の建築物と調和し、溶け込むよう見た目にもこだわりました。事務所は、移住・定住・創業支援センターとなっており、情報発信や相談機能を併せ持つ施設となっています。お試し創業施設の貸出期間は最大で2年間、月額1万円でお貸ししています。これまでに26名の応募があり、選考で11名の方が入居されています。オープン時から入居されていた第1期生の皆さんは、昨年10月で2年間の入居期間を終え卒業し、2名の方が町内で新たに創業されています。令和元年11月からは新たに5名が2期生として入居され、それぞれのお店をオープンしています。
これまでに、施設のPRと新規入居希望者を確保するため、クリエイターズ・デパートメントの見学会を2回実施しました。施設の概要や店舗運営の実態を知っていただくため、1期生の皆さんにもご協力いただき、意見交換会を行いました。その中で、1期生は、「1人じゃ不安だったけど、同じような夢を持つ初心者が集まっていたから心強かった。」「他のお店を目的に来たお客さんが自分のお店も覗いていくので、新しいお客さんが増えた。」と話されていました。また、別の方は、「2年間という期間は、向き不向きも含め、自分に創業があっているのかを判断するのに丁度いい。正直、お客さんがさっぱりの日もある。それも経験で、だったらどうすればお客さんを呼べるのか、思い切ってあの手この手を試すことができる。それは、ここがお試しの店舗だからできることなのかもしれない。」と話されていました。起業・創業するということは、大変な決断で、意欲だけでなく、多くの労力が必要です。さらに、創業から数年は、事業経営において最も苦しい時期でもあり、安定的な経営基盤を構築するためには、ある程度の期間を要します。この不安と負担を軽減するための支援策として、この「クリエイターズ・デパートメント」はあり、他の家賃補助等のインキュベーション補助事業とあわせ、一体的な創業支援を図っています。
▲お試し創業施設1期生cozuchi3302さん店舗内の様子
▲お試し創業施設1期生のデラックスケーブルさん
「高根沢町総合戦略」において、中心市街地の活性化事業と位置付けられる宝積寺駅前の「賑わいの創出事業」には、様々な取組がありますが、中でも平成28年8月に、町産農産物の認知度向上と販売拡大を図ることを目的に始まった「高根沢ロックサイドマーケット」は、開催当初700人規模の集客でありましたが、令和元年度には、1日で45、000人を集客する町のメインイベントにまで成長しました。普段はのどかな宝積寺駅もこの日は、駅のホームも人で溢れ、多くの人で賑わいます。高根沢ロックサイドマーケットがどうしてこれだけ大きなイベントになったのか、それは、人を呼べるクオリティの高いお店が出展しているからです。
この「高根沢ロックサイドマーケット」は町内の店舗に拘るのではなく、人を呼べる魅力的なクリエイター・アーティスト・飲食店に出展いただくことで、まずは、高根沢に来ていただき、知ってもらうきっかけを作ることが狙いでもありました。そして回を重ね、結果、ターゲットとする、特におしゃれで若い、ひとの流れを生み出すことに成功しています。さらに、この高根沢ロックサイドマーケットの効果は、創業を目指すクリエイターズ・デパートメントの入居者にも大きな影響を与えています。
まず1つ目は、高根沢ロックサイドマーケットに来場された影響力の強いお客様に自分のお店や作品を知ってもらうきっかけとなったこと、2つ目は、質の高い出展者のブースや作品を間近で見て触れることで、創意工夫といったクリエイターの独創性を学ぶ機会となったこと、そして3つ目は、そういったクオリティの高い出展者や来場者と繋がりをもったことで、自身の事業の幅や可能性の広がりに繋がる機会となったことです。イベント終了後、入居者の皆さんは、「ここで獲得した新たなお客様や手法を今後にどう繋げていくか、これからが大事だと思う。」と前を向かれていました。
▲高根沢ロックサイドマーケットの様子
▲クリエイターズ・デパートメント
お話ししてきたように、町ではこれまで宝積寺駅周辺をエリアとする中心市街地の活性化をさまざまな事業、形で進め、新たな交流人口の獲得に成功してきました。これは、それぞれの事業が固有の目的を果たしつつ、場を同じくすることで、相互に結びつき、相乗的に効果として形になったものです。「駅の前のマーケット」も「高根沢ロックサイドマーケット」も「クリエイターズ・デパートメント」も、そして、これまでの商工祭や軽トラ市なども、全部がそれぞれの役割を果たし、点をつくり、そこにひとの流れが生まれることで線になり、「賑わい」という円を描いているのです。そして、今ではその円の中で、成長したクリエイターが、町内で創業し、新たな点となり、新たなひとの流れを生んでいます。
設計当初、意欲のあるクリエイターの小さな夢を育て支援したいという想いから始まったクリエイターズ・デパートメントの事業が、今やリニューアルオープンを控え歩みだした「元気あっぷむら」再生へと繋がるなど、町の大きな夢の一翼を担うまでの事業になりました。創業を目標に、楽しみながらも日々頑張っている2期生の素敵なお店が、「クリエイターズ・デパートメント」に集まっています。皆さん高根沢町にお越しの際は、ぜひご覧になってください。
▲加藤町長とクリエイターズ・デパートメント2期生のみなさん