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福岡県香春町/耕作放棄地と空き家を活用した移住施策~「半農半X」で豊かなライフスタイルが実現できる町を目指して~

印刷用ページを表示する 掲載日:2019年10月21日

 

トライアルステイ参加者の女性が農業体

トライアルステイ参加者の女性が農業体


福岡県香春町

3098号(2019年10月21日) 香春町長 筒井 澄雄


「弱み」を「強み」に変えて

香春町は福岡県の東北部に位置し、町域の6割強を山林が占めている緑豊かな町です。県内を縦横断する国道201号と322号がクロスする交通の要衝であり、福岡、北九州両政令都市へのアクセスが良好なため、「都市間イナカ」をキャッチフレーズにしている町です。

人口は10、943人(令和元年6月末現在)、高齢化率は約40%で、人口減少及び少子高齢化が急速に進行する中、平成27年度に地方版総合戦略を策定するにあたり、いかにして本町への「ひとの流れ」をつくるかということを最優先に、若手職員を中心に議論しました。UターンやIターンといった移住者を増やすにはどうしたらよいか。それにはやはり本町で実現できる魅力あるライフスタイルを発信し、「香春町で暮らしたい」と思っていただく必要があります。

では、本町で実現可能なライフスタイルとは何か。町の資源や「強み」を挙げようと試みましたが、出てくるのは「弱み」ばかり。「雇用の場がない」「空き家が多い」「耕作放棄地が増えている」等。議論が行き詰まりを見せたとき、逆転の発想で、これを「強み」として捉えたらどうかという意見が上がりました。つまり、移住希望者に対して、住む場所と農地であれば、いくらでも提供できるのではないか。これは、移住施策にとっては貴重な資源となります。

すぐさま「空き家×農地」の組み合わせで実現できるライフスタイルを探しました。田畑を耕しながら古民家に住むイメージでありながら、若者にとって魅力的なライフスタイルはないものか。そこでたどり着いたのが、京都府綾部市の塩見直紀さんが提唱している「半農半X」というライフスタイルです。

「半農半X」とは、自分や家族が食べる分の食料は小さな自給農でまかない、残りの時間は「X」、つまり自分のやりたいことに費やすという生き方のことです。町内には大きな雇用の場はないので、移住者には自分のしごと「X」を持ち込んでいただくという都合の良い考え方ではありましたが、その代わりに住む場所と農地に関しては町が全力で斡旋しようということで、何とか地方版総合戦略の策定に漕ぎつけました。

特に山間部で耕作放棄地が増加している

特に山間部で耕作放棄地が増加している

移住・交流の拠点構想

移住者を本格的に増やそうとしたとき、そこにはやはり移住相談のワンストップ窓口が必要です。また、ターゲットである移住希望者に向けて、本町での魅力的なライフスタイルを情報発信しなければなりません。そして、いきなり移住とまではいかないにしても、まずは本町を訪れるきっかけとしてのイベントも用意すべきだと考えました。

これらを一手に担う「移住・交流の拠点」をつくろうということになり、「半農半X」のイメージにピッタリな農村地帯・採銅所地区にある無人駅のJR採銅所駅舎を改装し、平成29年5月に「第二待合室」をオープンさせました。「第二待合室」というネーミングには、従来から存在していた列車の待合室に対する「もう一つの待合室」という意味と、「新しい暮らし」への乗り換えが実現できるように、移住希望者や地域住民、空き家情報や農地情報など、様々なヒトやコトが待ち合わせる場所としての意味が込められています。

ここにスタッフとして、交流イベント担当、空き家バンク担当、情報発信担当の3人の地域おこし協力隊員を配置し、活動を開始したところ、年間に延べ約2、000人の方が来館し、そのうち約60人の方が移住相談をするという結果になりました。

香春町移住・交流の拠点「採銅所駅舎内第二待合室」

香春町移住・交流の拠点「採銅所駅舎内第二待合室」

地域おこし協力隊の受け入れ

「第二待合室」のスタッフとして地域おこし協力隊制度を活用したのは、彼ら自身が移住者として本町への定着を目指しており、移住希望者にとってのお手本的な存在であるという点、そして移住者目線で相談に乗ったり、情報発信したりすることができるという点に着目したからです。

本町の協力隊制度は、本人の定住を第一とし、任期後の独立に向けての活動に重点を置いてもらっています。それでは移住促進の仕事は二の次になり、芳しい成果は得られないのではないかという懸念もありました。しかし、自らの独立に向けての活動の様を情報発信することが、そのまま本町での魅力あるライフスタイルの発信になっており、活動で得た人脈や情報を駆使して移住相談に乗ったり、イベントづくりをしたりという流れができており、しっかりと移住促進の取組ができていると評価しています。

さて、情報発信の手段としては、香春町移住情報サイト「カワラカケル」内の協力隊ブログ、フェイスブック、インスタグラム、ツイッターといったインターネットやSNSを中心に行っています。興味を惹き付けられるよう、戦略的に取り組んできた結果、フェイスブックについては2、000人を超えるフォロワーを獲得するまでに至りました。

このように情報発信に努めてきた成果が、新規に協力隊員を募集した際の応募数に表れてきました。近隣自治体が募集に苦戦しているにもかかわらず、本町では第2期生1名の募集に対し4名、第3期生2名の募集に対し11名の応募があったのです。その理由を知るために、採用面接の際になぜ香春町を選んだかを尋ねると、口々に「協力隊がどんなことをやっているのかが、よく見えたから」と答えてくれました。

協力隊員の採用といえども、移住者の受け入れであることには変わりありません。移住施策にとって大切なのは、その町がどんな町であり、どんな人がどんな暮らしを営んでいるかがよく分かるように情報発信することだと痛感した次第です。

初代地域おこし協力隊員の3人

初代地域おこし協力隊員の3人

「半農」の支援

さて、ここからは、「半農半X」的なライフスタイルが実現できる町を目指す具体的な取組をご紹介します。まずは「半農」の支援から。香春町には独自の「農地バンク」制度があります。農地の所有者から登録申請を受け、町のホームページの地図上にフラグで表示しています。これをクリックすると、土地の面積や種類、現況などを確認でき、現地の写真も見ることができます。利用の申し込みがあった場合は、役場が橋渡しとなり、所有者に連絡します。貸借条件の交渉や契約は原則当事者同士で行ってもらっています。この「農地バンク」には、これまで122件133、562㎡の登録があり、うち48件54、945㎡分の農地が活用されています。

本町の「農地バンク」制度の特徴は、農業未経験者でも少ない面積から利用することができるということ。これにより、本格的農業ではなくとも、移住者が自給的な家庭菜園レベルから気軽に取り組める環境を提供しています。

もう一つの「半農」支援策は、「かわら農業塾」です。この塾は、土を触ったことがないという全くの初心者から、農業を学びなおしたいというベテランの人まで、幅広い参加者を受け入れ、さらに町外在住者の受講も認めています。町民、移住者、町外在住者が交流を深めながら、楽しく学ぶ中で、「半農」の普及が促進されていますし、町外在住者が町内で耕作を始めるといった動きも出てきており、将来的な移住が期待されています。

「かわら農業塾」参加者のみなさん

「かわら農業塾」参加者のみなさん

「半X」はどうする?

では「半X」の支援はどうしているのか。当初、しごとの持ち込みを期待していたところでもあり、正直に申し上げまして取組が進んでいない部分です。

しかし、モデルケースとしての地域おこし協力隊が、自らの独立に向け、民泊、飲食業、染色、竹細工など、地域資源を活用したしごとづくりに励んでおり、その様子を情報発信したり、交流イベントで披露したりすることが移住希望者にとっての「半X」づくりのヒントとなっています。

また、「農業塾」に対抗して「ナリワイ道場」という取組を構想中で、地域おこし協力隊員が中心となり、参加者と一緒に、本町で取組可能な「ナリワイ」を研究したり、実験したりするということを始めようとしています。

地域資源である竹の葉で染色している様子

地域資源である竹の葉で染色している様子

任期後の協力隊

平成31年3月末をもって、協力隊の第1期生が任期を終えましたが、彼らは全員、引き続き町内に在住することを選択してくれました。そしてそれぞれ民泊業、不動産業、英語指導助手を主なナリワイとして独立することに成功しました。ただし、それぞれの得意分野において町からの業務委託の仕事を受けながらの船出となりましたが、これらのナリワイがうまく軌道に乗っていけば、完全な自立も果たせるのではないかと考えています。

さて、本町が「地域おこし協力隊制度」を通じて町に引き起こしたい「変化」は図のようなものです。協力隊制度導入以前は、町から若者が減少していく負の循環に陥っていたように感じています。そこへ協力隊制度により、強制的に「挑戦する若者」を投入した結果、地域に「ワクワク感」が生まれ、少しずつ若者が集まるようになり、それが更なる「挑戦」を生むといった好循環が成立しつつあります。

このように、本町の協力隊制度は、新しいことにチャレンジしようとするマインドをもった若い移住者を持続的に増やしていくための「呼び水」となるものであると考えています。

香春町の協力隊制度が目指したい変化

香春町の協力隊制度が目指したい変化

今後の展望

移住・交流の拠点及び地域おこし協力隊制度を中心に据えた移住施策は、着手から3年を経過し、人口社会増減の改善という形で着実に成果を出しています。しかし、当初描いていた「半農半X」的生活を送るモデルケースのような移住者は、ごく少数です。ほとんどの移住者は、すでにリタイアされて第二の人生を送る方、もしくは北九州都市圏などへの通勤型の方であり、「『半農半X』で豊かなライフスタイルが実現できる町」と呼ばれるようになるには、まだまだ地道な取組の積み重ねが必要と考えています。今後とも協力隊員たちと共に頑張っていきたいと思います。