横瀬の自然が創り出す「あしがくぼの氷柱」
埼玉県横瀬町
3076号(2019年4月8日) 横瀬町まち経営課
横瀬町は、埼玉県の西部、秩父盆地の東端にある小さな田舎のまちです。東京からは、70km圏内に位置し、池袋駅から西武線で約73分で、簡単にアクセスできる場所にあります。主要産業は、セメント関連や観光農園で、イチゴやブドウなどの果樹、紅茶などが特産品として人気があります。「横瀬の人形芝居」「芦ヶ久保の獅子舞」「里宮の神楽」といった伝統芸能の継承にも力を入れ、豊かな文化を育み続けています。
横瀬町人口ビジョンによると、総人口は現在の約8、300人から減少が続き、2060年には人口2、600人になると予想されています。まさに「人口減少に耐え、備えること」が横瀬町の大命題となっています。
町のシンボルといえば、秩父の名峰・武甲山。武甲山は、良質な石灰が採れる産業の山であるとともに、信仰の山として地元住民から親しまれてきました。標高1、304mで初心者でも比較的登りやすく、ハイキングコースとしても人気があり、5月の山開きにはたくさんの登山者で賑わいます。
その武甲山の麓、約5・2haの斜面に250枚の田んぼが並ぶ「寺坂棚田」では、農作業の様子や、秋の彼岸花、雪化粧した里山の風景など、四季折々の美しい景色が見られます。縄文時代に造られたとされ、現在は埼玉県内で最大規模の棚田となっています。一時期は、後継者不足などから荒廃したものの、住民が中心となり棚田の再生と保存に尽力し、見事に往時の景観を復活させました。
また、「あしがくぼの氷柱」は、横瀬の冬を代表する観光地です。寒さの厳しい横瀬の自然が創り出す氷の造形美は、迫力満点です。週末の夜にはライトアップされ、光と氷の芸術による幻想的な空間が楽しめます。「来町者の少ない冬季に観光を」と、平成26年にオープンしてから、最寄りの芦ヶ久保駅の乗降者数と氷柱会場への入場者数は右肩あがりに、昨シーズンは12万人を超えるお客様が訪れるほどの人気スポットとなりました。
寺坂棚田より武甲山を望む
人口減少の推移予想から「このままでは、まちの未来は悲観的」という事実を目の当たりにし、私たちに危機感が生まれました。テクノロジーが進化するこれからの時代は、世の中の変化のスピードがさらに速くなり、10年先はもはや「予見できない未来」といえますが、人口動態は、数少ない「予見できる未来」です。おそらく人口減少は現実になり、それに耐えられるまちでなくてはなりません。「未来は変えなければならない」。そのためにもこれまでとは違うチャレンジをする必要がありました。
しかし、チャレンジするにも町の既存の資源は少なく、新たな資源やレバレッジが必要でした。「町の特徴を活かしながら、民間活力をフルに活用するもの、そして町の外からヒト、モノ、カネ、情報を継続流入させる方法で・・・」と検討を重ね、平成28年9月に誕生したのが「横瀬町官民連携プラットフォーム(通称よこらぼ)」です。
よこらぼは、「横瀬町とコラボする研究所」の略で、企業や個人から、新しい事業、研究、企画などを町に呼び込む官民連携プラットフォームです。
よこらぼの特徴は大きくふたつあります。
ひとつは、間口の広さです。地方でプロジェクトを展開したくても、対応するフィールドがなかったり、自治体コネクションがなくて実施できないという企業等は多いと思われますが、よこらぼでは、提案内容に町の課題等のテーマを設けていません。企業や個人が横瀬町でやりたい、始めたいプロジェクトで、住民のためになることであれば、何でも提案してください、というスタンスをとっています。そのためか、これまでに提案89件、そのうち採択された事業は48件と、私たちの予想をはるかに超える件数となりました。
もうひとつの特徴は速さです。これまで官民が連携するには、官のスピードに民が合わせることが一般的でした。行政は基本的に、計画があって、予算を立てて、実施するというサイクルで事業を行っていますので、民間が今やりたいことと、行政が今できることとの間にギャップが生じていたのです。よこらぼでは、この差をできる限り埋めるよう努力し、判断から実行までのスピードをあげることで、官が民に少しでも歩みよるよう努めています。
よこらぼの提案はWEBサイトで受け付け、毎月25日に締め切ります。翌月には審査会を開催。町職員のほか町議会、住民、観光・産業振興協会等の代表や、商工会議所、金融機関の職員が審査委員になり、評価点数と意見をまとめます。それを参考に、町長が採択するかどうかの最終判断をして、採択されれば、すぐプロジェクトは始動となります。提案から事業開始まで最速1カ月強というスケジュールです。
クリエイターが横瀬に集結した『横瀬クリエイティビティー・クラス』
町長もプレーヤーとしてイベント等に携わる(富田町長)
提案が採択されると、提案者と役場との共同作業でプロジェクトを進めます。横瀬町は、小さいがゆえに小回りが利き、しっかりとしたコミュニティがあり、そして都心から近いという強みがあります。提案者は来町しやすく、町が調整することによって町内や関係機関から協力を得やすくなります。また「行政での実績」という無形の価値を手に入れることができます。一方で、町は、提案者が持ち込む新しい技術やサービスを、無償または安価で利用することができ、いわゆるWIN-WINの関係が期待できるのです。
よこらぼのユニークな取組は、今では新聞や雑誌など、メディアに多数取り上げていただくようになり、町の知名度向上にも大きく寄与しています。各方面から、講演や視察の依頼を受けることもあり、その対応に、担当職員だけでなく町長や副町長がプレーヤーとして積極的に参加することも、話題になる要因のひとつだと考えています。
よこらぼでは、案件が案件、または人が人を呼ぶ好循環も生まれています。
●『クリエイティビティー・クラス(採択No.8/横瀬クリエイティビティー・クラス)』
このプロジェクトでは、クリエイティブソンと中学生向けのキャリア教育、中学生による映像制作を行いました。完成した映像作品は素晴らしく、中学生たちがクリエイティブな仕事を知り、刺激を受ける貴重な機会になりました。また、町を訪れる若者やクリエイターが増え、その流れは『はたらクラス』(採択No.28/MOSAS)に継承、各方面のプロフェッショナルが自身の仕事や生き方を語る、キャリア教育講座として継続的に開催されています。
中学生らが参加したクリエイティブソン
「はたらクラス」では各業界のプロが講師として生き方を語る
よこらぼの典型ともいえる、新しい技術やサービスの実証試験も増えてきました。
●『動画新技術の実証試験(採択No.20/SwipeVideo)』
被写体を中心に360度どこからでも自由な視点で見られる動画技術「スワイプビデオ」の基礎試験と、スポーツや伝統芸能などでの利用拡大のための実証試験です。町は、協力者を紹介したり、マスコミへの情報提供等の方法で協力し、コスプレイベント、吹き矢教室、少年野球、伝統芸能分野での活用と記録保存実証につなげました。『スワイプビデオ』は、この後、埼玉県の取組に発展しています。
●『遠隔医療相談サービス(採択No.29/KidsPublic)』
このサービスは、診療時間外の平日18時から22時の間、LINEなどのテレビ電話機能を使って専門医に直接相談できるサービス(「小児科オンライン」)で、鹿児島県錦江町とともに全国初の導入となりました。採択の背景として、横瀬町は、小児科の専門の医療機関がなく、子育てに不安を感じる保護者等が多くなっていることがあります。このサービスによって、対象者が不要不急の受診を控えたり、子育ての不安を解消できたりといった効果を期待しています。
今年1月には、埼玉県が主催する「いち押しの取組」で、県内63市町村の中で最も優れた事例として最優秀賞を受賞しました。
被写体中心360°カメラの実証試験
課題のひとつに、事務の増加があります。間口を広くし多様な提案を受け入れつつ、早く決断するためによこらぼ案件を進めると必然的に職員の負担は増加してしまうのです。
また、外部からも注目され始めているよこらぼですが、町民への浸透が進んでいないことも課題となっています。主な原因は、よこらぼで採択される事業がソフト中心で可視化しにくいこと、新技術の名称等に聞き慣れない言葉が多いことがあげられます。「よこらぼって何をやっているかわからない」「横文字が多くて理解できない」「関わっている人とそうでない人との温度差を感じる」といった声が役場に届きます。
よこらぼは「これまでと同じではいけない」「町の未来を変えられるのは自分たちだけ」という考え方が原点にあるので、まず、それを役場全体、それから町全体で共有することが大切です。職員には直接町長から、住民には町の広報紙やSNSを使った情報発信や懇談会等を通じて、よこらぼの趣旨や効果について伝えています。幸いテレビや新聞での登場も多く、今後も来町者やイベントが増えることで住民への浸透もより進むのではないかと期待しています。
都内でスタートアップ企業向けのイベントを開催
『 横瀬町及び秩父地域の特産品を活かしたお菓子の開発・販売(採択No.31/Sunny Place)』
最近のよこらぼでは、住民や近隣の個人の方から、身近な課題やテーマに対する想いと工夫の詰まった提案をいただくようになりました。たとえば、町の特産物を使ったお菓子を開発し町内で売り出したい、提案者の地元と横瀬町の地域交流を促進したい、町内のコミュニティ拠点を作って運営したいなどです。よこらぼを通じたさまざまな町の取組が、住民や近隣の方に体感として理解され始めたのではないでしょうか。
ある雑誌で、横瀬町を特集していただいたことがありました。その記事のタイトルは「挑戦する人が集う小さな町」。よこらぼに多くの企業や人が集まってくる様子を表現したものです。新技術や企画、身近なアイデアの実現場所として「横瀬町と一緒に何かしてみたい」と思っていただける町であり続けることで、町の課題である人口減少に立ち向かう流れができていくのではないかと思っています。