くらて学園プロモーションビデオにエキストラ参加してくれた皆さん
福岡県鞍手町
3014号(2017年09月25日) 鞍手町 地域振興課
鞍手町は、福岡県北部の町で、福岡、北九州両政令都市の中央に位置する面積35平方キロメートルほどの小さな町です。古くは石炭産業で栄え、一時は人口3万人を超えましたが、昭和30年代後半のエネルギー革命によりすべての炭鉱が閉山。失業や人口流出などで町は大きな痛手を受けました。その打開策として、町は約半世紀をかけ、農業の振興、企業誘致、住宅誘致などを進めてきました。
近年では、九州自動車道鞍手ICの開通など、新たな交通軸を柱としたまちづくりを進めてきましたが、人口減少には歯止めがかからず、直近の国勢調査では1万6千人にまで落ち込んでいます。加えて、平成26年に日本創成会議(座長・増田寛也元総務相)が発表した、消滅可能性都市ワーストランキングでは、福岡県で1位、全国でも30位という、不名誉な結果に。新聞には「女子が消える町」というショッキングな見出しが躍りました。
平成23年に開通した鞍手ICを手前に上空から見た町並み
この状況を打開する取組の一つとして、教育環境の充実を図るため平成27年4月、町内2校の中学校を統合。以前、専門学校として使用されていた校舎などを町が買い取り、改修を加えて新たな中学校を開校しました。新中学校の校舎は、広々とした空間に充実した学習設備、太陽光発電による冷暖房などを完備。また、400mトラックが優に入るグラウンドや専用の野球場、体育館、人工芝のテニスコートなども設営し、生徒達が集中して勉強やスポーツに取り組める教育環境となっています。
この統合により、2つの空き校舎ができました。町では、統合の1年前から、今後の活用方法を決めるため、町内の有識者などで組織する「中学校跡地等利用検討委員会」を設置し、協議を進めてきました。この中で、活用方法のアイデアを町内外に募集したところ、企業誘致や図書館整備、高齢者の居住施設建設など26件もの応募がありましたが、運営や財政面の問題から、実現できそうな案は見つかりませんでした。
廃校となった旧鞍手南中学校(現くらて学園)
廃校から2か月、校舎は窓ガラスが数回壊されるなどのいたずらが続いていました。その対応に苦慮していた町に、平成27年6月中旬、1件の企画が持ち込まれました。旧鞍手南中学校をアニメの聖地にしませんか…。「くらて学園」構想です。
重松さんが企画した「くらて学園構想」
福岡市内で企画会社を営む重松克則さん(山重堂合同会社代表)は、20ページにも及ぶ企画書を携え、熱く語りました。「廃校をまるごと、大きな撮影スタジオにしてみませんか。本物の教室、長い廊下、階段、体育館、屋上など。今、コスプレ撮影で本物の学校が使える場所は全国を探してもそうありません。常設スタジオになれば、全国各地から必ず若い子達が集まってきます。世界的には5兆円規模といわれるオタク産業市場。もし、ここに100人のコスプレイヤーが集まれば、そこにコミュニティが生まれ、評判がツイッターなどSNSでどんどん拡散していきます。コスプレは学園物の漫画やアニメが人気ですから、くらて学園が聖地になれば、クリエーターの注目も集まり、それが新規創業や雇用に、さらには移住・定住の促進にもつながります。」と。
「コスプレイヤー」や「カメコ(カメラ小僧)」など、聞き慣れない言葉に德島眞次町長をはじめ、対応した私たち職員も戸惑いと驚きばかりでしたが、「面白いじゃないか、やってみよう。」という、町長の決断でプレイベントを開催することになりました。
第1回「くらて学園」は、1か月後の平成27年7月26日、日曜日に開催が決定。コスプレと痛車(アニメキャラなどをラッピングをした車)の2つのイベントを同時に実施することになりました。しかし、開催の告知はわずか2週間前。通常では、衣装や道具などを手作りするため、2~3か月前に告知するのが当たり前です。この短い期間で人は集まるのだろうか…。また廃校舎は、電気や水道、トイレ、空調などすべてのライフラインが使えません。不安は募るばかりです。
でも、そんな不安はすぐに払拭されました。当日の早朝、重いキャリーケースを持って受付に列を作る若い女の子たち。みんな電車やバスを乗り継ぎ、地図を片手にくらて学園を目指してきました。
アニメキャラの衣装に、色鮮やかなウィッグ(かつら)、化粧、カラーコンタクトなどなど。着替えを終え更衣室から出てきた彼女たちは、まったくの別人に変身。校舎や体育館、屋上など場所を変え、2人から10数人のグループが専属カメラマンの注文に応えてポーズを取ります。1日で2、3人のキャラクターを演じるコスプレイヤーもいます。すれ違うたびに礼儀正しくあいさつをくれる参加者たち。みんな笑顔であふれていました。その姿を見たとき、「これはいけるのではないか」と、熱い何かを感じたものです。この日のイベントには、県外を含め、156名が参加。大成功でした。
これを機に、土日の2日間開催やハロウィン、アニメソング、校内お掃除イベントなど、月に一度という継続したプレイベントの開催が始まりました。
学園もののキャラクターになりきるコスプレイヤーさんたち
ちょうどそのタイミングで、内閣府から地方創生交付金(先行型上乗せ交付タイプⅠ)の事業募集がありました。町では、くらて学園の取組は、廃校利用や先駆性などがその目的に合致すると考え、「学校まるごとアニメ事業」として応募。11月上旬には、申請した全額の交付が決定しました。
しかし、ここからが大変です。申請したソフト事業、ハード事業ともに、半年後の平成28年3月末までに完了しなければなりません。イベントの開催やプロモーションビデオ、ホームページなどコンテンツの作成を柱とするソフト事業は、重松さんを中心に設立された「くらて学園合同会社」に委託することとなりました。
ハード事業では、電気、水道などライフラインの復旧のほか、インキュベーションベース(創業支援室)やトイレ、休憩室、事務室などの改修工事を急ピッチで実施。備品として高精度3Dプリンタや漫画編集用ペンタブレットなどを揃え、クリエーターの受け入れに備えました。
また2月には、平成27年度補正予算として提示された地方創生加速化交付金に「学校まるごとアニメ事業」をさらに進化させた「学校まるごとサブカル事業」として応募。東南アジアを中心としたコスプレイヤーを受け入れるインバウンド事業やオリジナルの漫画を展示する創作漫画図書室の整備等の事業を柱に追加の交付を受けることになりました。
この交付金を活用したハード事業として、図書室や和室、更衣室などを改修。また漫画や写真集などを製本する無線綴じ製本機、3Dスキャナ、レーザーカッターなどの備品を導入しました。
おしゃれに改装された創作漫画図書室
平成28年4月には、学校校舎と町が交付金で購入した備品について、くらて学園合同会社に無償貸付する契約を締結。ここから、くらて学園合同会社は、維持管理に必要なすべての経費を負担するなど自走に向けて本格的に取り組み始めました。
また7月末には、インキュベーションベースの利用について、13事業者との間で契約を締結。このインキュベーションベースは、月3千円で、机や椅子、パソコン、会議室などをシェアして使用できることが特徴です。印刷やデザイン、スーツアクターなどの会社のほか、写真や音楽、映像、イラスト、グッズ制作など個人でも利用されています。通常のインキュベーション施設のように利用者が常駐しているわけではありませんが、必要に応じて利用者間で調整して仕事の依頼に応じたり、アイデアを出し合って新しい仕事を創出したりしています。さらなる仕事の化学反応に期待しています。
インキュベーションベース利用契約調印式
平成29年2月には、加速化交付金のソフト事業として、シンガポールから3名、マレーシアから1名、インドネシアから2名の合計6名のコスプレイヤーを招請。「くらて学園親善萌え大使」に任命しました。
萌え大使任命式で(前列左から二人目が德島町長)
この事業は、福岡県が運営するポップカルチャー配信サイト「アジアンビート」や㈱日本旅行、シンガポールに拠点を置くイベントサイト「AFA(アニメ・フェスティバル・アジア)」の協力を得て実現したもので、6名の中にはインスタグラムでフォロワー数が13万人を超えるコスプレイヤーもいます。萌え大使は、2泊3日の短い滞在の中、くらて学園で日本の文化やコスプレ撮影を満喫。日本のコスプレイヤーとも親睦を交わしていました。
また3月上旬には、アウトバウンド事業として、シンガポールで「くらて学園コスプレ集会」を開催。くらて学園から2名のコスプレイヤーとカメラマンが渡星し、萌え大使や現地のアニメ、コスプレの愛好者約400名と交流しました。短期間でしたが、写真撮影会やメイク術の講演など充実した時間を過ごすことができ、「くらて学園」の魅力を十分にアピールできたのではないでしょうか。
シンガポールでのイベントも大成功でした
くらて学園は、全施設を貸スタジオとして活用できることから、大学の学生募集のコマーシャルやアイドルグループのプロモーション動画、写真集の撮影にも利用されています。また、撮影イベントは学園内に留まらず、町内の花畑や神社、キャンプ場、廃墟(使用していない公共施設を活用)などにもその範囲を広げています。これは、インキュベーションベースを利用する若いカメラマンたちが立ち上げたもので、「くらて学園ぶんこう」として定着してきました。
くらて学園の企画が持ち込まれて、1年9か月が過ぎました。月に一度の定例コスプレイベント(土日の2日間)には、平均200名以上が参加。うち2割以上は県外から訪れています。学園の生徒(会員)数は1,200人を超え、新規の生徒はまだまだ増え続けています。
しかしながら、この「くらて学園構想」が成功したと言えるまでには、越えなければならない壁がまだたくさんあります。安定した収益の確保、人材の育成、施設の維持管理などなど、くらて学園が本当の意味で自立していくためには、多くの課題が残っています。
これまで、鞍手町とくらて学園合同会社は“協働”の立場でこの事業に取り組んできました。今、くらて学園を通じて多くの若い力が結集し、次々と新しい企画にチャレンジしています。町を活性化させようという、重松さんたちスタッフの行動力や熱い思いに負けないように、これからも町はサポートを続けていかなくてはなりません。
くらて学園は、どこまで進化できるのか……。小さな町の大きな挑戦は、まだ始まったばかりです。
イベントの撮影は、日が暮れるぎりぎりまで続きます
廃墟はコスプレイヤーに人気のスポットです