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愛媛県愛南町/柑橘産業の持続を目指す町 愛媛県愛南町を訪ねて~地域農政未来塾長 最優秀論文受賞者を訪問~

印刷用ページを表示する 掲載日:2018年1月29日

愛媛県愛南町


愛媛県愛南町

3026号(2018年01月15日)  全国町村会経済農林部 高野実貴子


生源寺塾長が愛媛県愛南町を訪問

両脇に柑橘畑の緑が茂る細い上り坂を抜けて町の高台に上ると、眼下には入り組んだリアスの海岸線が一望できる。海面には多くの養殖用いかだが規則正しく並び、海に迫る斜面には柑橘類の園地が広がる。この町の誇る産業が、よくわかる風景だ。

町の高台より遠景をのぞむ

町の高台より遠景をのぞむ

 

平成29年10月、全国町村会が主催する地域農政未来塾の生源寺眞一塾長(東京大学名誉教授、福島大学教授)が愛媛県愛南町を訪問した。同塾の第1期生で、修了時の研究論文で最優秀賞を受賞した同町農林課職員の近平高宜氏を訪ねるためである。

近平氏の論文テーマは、「柑橘産業の地域発展戦略~愛南町の河内晩柑を考える~」。同町の地域特性を活かした高品質の柑橘を取り上げ、データを基にした現状分析と課題を提示、現場を知る自治体職員ならではの強みを活かした積極的な提案は、高く評価された。

~地域農政未来塾について~
地域の課題に気づき、学び、提案し、実行できる町村職員の養成を目的に、平成28年度から始まった。農政や地域づくりに関わる町村職員20名を対象に、毎年5月に開講、翌年1月まで計7回の講座を実施。各界を代表する講師を迎え、講義やゼミ、現地調査を実施。塾で学んだ成果の集大成として塾生は研究論文を作成する。

     

愛南町の柑橘生産の状況

四国の南西部に位置する愛南町の主産業は第一次産業である。特に水産業が盛んであるが、温暖な気候を利用した柑橘類の栽培も精力的に行われている。中でも愛南町で多く生産されているのが河内晩柑である。  

河内晩柑は「苦みが少ない和製グレープフルーツ」の異名をとる柑橘。つややかな黄色の皮を剥くと、柑橘特有の清涼な香りが漂う。口に含むとほどよい酸味の果肉から豊富な果汁がパリッとはじけて舌を潤す。柑橘類が少ない夏にも出荷ができ、果皮に認知機能を維持・改善する効果が認められた(H29.9愛媛県知事発表)のが特徴である。愛南町は河内晩柑の生産量日本一を誇る産地である。

和製グレープフルーツ「河内晩柑」の樹木

和製グレープフルーツ「河内晩柑」の樹木

今回の訪問では、近平氏の論文を再考しながら、柑橘生産者や役場担当職員と意見交換を実施した。意見交換会には、清水雅文町長、岡田敏弘副町長など役場関係者の他、生産者3名(河野仁氏、酒井眞理子氏、原田達也氏)が参加した。

意見交換では、生源寺塾長から、近平氏の論文を通じ、愛南町の現状と課題、柑橘産業の振興に向けたアイデアを把握できたことが紹介され、最優秀に値する秀逸な内容であったと感想が述べられた。続いて挨拶に立った清水雅文町長からは、高速道路も鉄道もない町だが、国立公園に囲まれ日本で最初に海中公園に指定された、豊かな自然を抱く町の様子が紹介された。

清水町長(左)と生源寺塾長(右)

清水町長(左)と生源寺塾長(右)

意見交換の様子を近平氏の論文になぞらえて、「ひと:担い手の確保」、「もの:生産基盤の確立」、「こと:ブランド力の強化」の3点に分けて紹介してみたい。

「ひと:担い手の確保」について

近平氏は自身の論文で、生産者における年代ごとの意識の差を指摘している。論文執筆時に河内晩柑生産者に対して行った今後の営農に関する意識調査では、高齢の経営体ほど縮小・リタイアの意向が強く、逆に若い年齢層になるほど規模拡大を望む傾向にあるという結果が得られている。  

この点について意見交換に参加した生産者からは、「若者の中でも主体的に行動できる人と、攻め方がわからず受け身な人がいる」との指摘があった。前述の意識調査においても、現状維持を望む若手経営体は一定数存在した。そして現状に留まろうとする理由として、条件のよい園地が手に入らないことを挙げている。意見交換でも園地の話題が出た。斜度がきつく、作業に苦労する段畑は若者も高齢者も敬遠しがちで、広い園地で機械化をしたいという若者が多いという。

熱心に耳を傾ける生産者の方々

熱心に耳を傾ける生産者の方々

意見交換会の様子

意見交換会の様子

「もの:生産基盤の確立」について

園地の問題については、「もの:生産基盤の確立」にも関連してくる。近平氏は、論文の中で水田の耕作放棄地の増加傾向と、生産人口の減少予測から、平坦地にある水田の園地化を提唱している。平坦地など新規就農しやすい園地の不足は、後継者育成の観点からも課題として捉えており、水田の改良による園地の造成を構想している。  

この水田の園地化については、町の「愛南柑橘営農環境改革推進協議会」で検討しているとのことであった。

「もの」に関して論文では加工場の整備を取り上げている。意見交換会に出席した生産者からは、「河内晩柑をジュースやゼリーに加工・販売しているが、町内に加工場がないため隣接の宇和島市にある加工場等で搾汁している」との発言があった。加工場の町内設置については近平氏の論文においても言及されており、これも水田の園地化とともに愛南柑橘営農環境改革推進協議会で検討しているとのことであった。

果樹栽培は収穫時などに作業が集中するため、季節労働の色合いが強い。加工場の整備には、年間を通じた所得の確保と労働力の創出も期待される。

この点について生源寺塾長からは、「食品産業は大儲けできない。しかし、他業種と比べても安定しているのが特徴。その点をとっても加工場の整備には意義がある」との意見が述べられた。近平氏は「町外で加工している人が多数いるという実感がある。今後は需要についての調査を行い、実現につなげていきたい。」と語った。

愛媛県愛南町 地域農政未来塾長 最優秀論文受賞者を訪問

「こと:ブランド力の強化」について

3点目の「こと:ブランド力の強化」に関連して、懇談会の中で大きな話題の一つとして挙げられたのが河内晩柑の名称統一についてであった。愛南町では河内晩柑について、「愛南ゴールド」の呼称による統一化を試みているが、商品名として「美生柑」や「御荘ゴールド」など複数の呼び名が混在している状況にある。統一化を行えば市場関係者への説明の際に混乱を避けられる等のメリットがある。しかしその一方で、すでに確立しているブランド名を手放すデメリットも存在するなど、意見の統一が難しい状況にあるという。このため、町では「愛南町産」という点を押し出したPRを行う予定でいる。商品名は様々であるが、どれも美味しい愛南町産の河内晩柑であるという統一した方向性を打ち出し、外部へ訴えていくことを模索中だ。  

生産者の酒井眞理子氏は、外部へのPRとして、ダイレクトメールによる販売を15年ほど前から行っている。

最初は1人だった顧客が、いまでは年間3,000人にまで広がっている。並行して実施しているネット販売よりも販売実績は高いとのことであった。スピード感や利便性においては、おそらくネット販売の方が優位にあるが、手書きの手紙を通じて伝わる作り手の想いやぬくもりが買う側の信頼感につながり、商品のファンを増やす結果となっているのだろう。

近平氏は論文の中で、塾の講義(6次産業化関係)で聴いた「モノを売る時代は終わった。モノに対する理念や思いが非常に大切」という講師のフレーズを引用している。酒井氏の取組はこのことを象徴する実例といえよう。

また、PRに関しては品評会にも話題が及んだ。品評会は生産者の意欲を喚起するとともに、消費者へ商品の価値を客観的に伝えることができる仕組みだ。愛南町でも品評会は行っているが、それは味よりも「見た目」のコンテストだという。その話の流れで出てきたのが、河内晩柑の風変わりな特徴である。河内晩柑は幼木の実の方が見た目はよいが、30~40年経った老木に生る実の方が、外観は劣るが味は比較的よいとのことであった。河内晩柑を特徴付ける意外な側面は、有効なPR手法の開拓につながる思いがした。

この点、近平氏も論文の中で「アイデア一つで付加価値を向上させる仕掛けはいくらでもある」と述べている。  

園地の整備や加工場の設置、知名度向上のための取組など、近平氏が論文で綴っていた課題の解決に向け、具体的に動き出そうとしている愛南町の様子を垣間見た。

また、普段から河内晩柑のかき氷用シロップを自宅で試作するなどしている近平氏は、訪問中の我々にも新作のPR動画についての所感を求めたり、河内晩柑のジュースをふるまい、その感想を聞き取ったり、情熱的で貪欲な姿勢を見せていた。種々の課題は山積し、悩みも尽きないにせよ、その先を見つめる創造的な仕事に意欲をもって取り組んでいるように見えた。

生産者の河野氏(左)から説明を受ける生源寺塾長

生産者の河野氏(左)から説明を受ける生源寺塾長

地域農政未来塾と町村職員 

近平氏のように、町や村の未来を考え、必要な行動に移していく自治体の業務はとても創造的な仕事だ。それをこなすには地域の課題に気づくための知識や観察力、解決策を提案するための思考力、さらには周りを説得しつつ物事を進めていく実行力が必要となる。それらの力をもった職員の養成のために開講されているのが地域農政未来塾である。  

未来塾を終えた後の心境を近平氏に尋ねてみた。近平氏は、知見の習得もさることながら、何よりも同期の塾生との関係構築を挙げた。近平氏は修了後も河内晩柑についての追加調査を行っているが、そのモニター調査を同期の塾生にも協力してもらっているという。同じような悩みを抱え、多彩な地域から集う他の塾生とのつながりができることを未来塾の魅力として挙げる卒業生は多い。

近平氏は未来塾を受講して「仕事に対するスタンスが変わった」とも話している。「1、2ヶ月おきに東京へ出て講義を受け、最後に論文を書く。この卒業論文の作成が、町のことを深く考えるきっかけになった。」という。地域への愛着はあっても、日々の業務に忙殺されがちな職員にとって、未来塾がいつもと違う環境で、地元のことをいつも以上に真剣に考える機会を提供する役割を果たしているのかもしれない。

未来塾は出会いの場だ。一流の講師陣から得られる新鮮な知識や有用な思考方法、そして苦楽をともにする同期の仲間。何に出会うかは各々あるだろうが、その出会いは近平氏が語る、よい変化へとつながるものとなるだろう。

生源寺塾長と塾1期生の近平氏(左)

生源寺塾長と塾1期生の近平氏(左)