百年の森林に囲まれ緑豊かな西粟倉村
岡山県西粟倉村
2937号(2015年10月19日) 西粟倉村長 青木 秀樹
西粟倉村は、人口1,525人で岡山県の北東端に位置し、兵庫県、鳥取県と接する中国山脈の南斜面に開かれた谷あいの山里です。標高は270~1,280m。 1,000m級の山々が連なる氷ノ山後山那岐山(ひょうのせんうしろやまなぎさん)国定公園の一端をなしています。
村の面積5,797haのうち5,491haは森林で、林野率は約95%を占めています。源流域は樹齢200年以上のブナやカエデ、ミズナラ等の自然の植生が残されており、 この区域は若杉天然林と呼ばれています。森林面積の約85%が人工林で、長期的な間伐等の適切な管理が必要な山林を多く抱えた中山間地域の「村」です。
西粟倉村は2004年8月、住民アンケートの結果などから近隣地域との合併協議会を離脱、 それ以来、村面積の大半を占める森林を軸とした地域活性化を通じて小規模自治体としての生き残りを模索してきました。 2007年に西粟倉村雇用対策協議会(現在は役場総務企画課がその機能を引き継いでいる)を設置し、Iターンの積極的な受け入れを行ってきました。2008年には「百年の森林構想」を着想し、 樹齢百年の美しい森林に囲まれた「上質な田舎」の実現に向け歩んでいます。
地域には捨ててはいけないものがあります。苦労を重ねて地域を守ってきた先人のため、これから生きていく子どもたちのため、そして関わってくださるたくさんの方々のため、 約50年前に、子や孫のためにと、木を植えた人々の想い。
その想いを大切にして、立派な百年の森林に育て上げていく。そのためにあと50年、村ぐるみで挑戦を続けようと決意しました。
西粟倉村は、人口1600人ほどの源流域の小さな村です。
このような小さな村だからこそ、未来に向けて心と心を丁寧につなぎあわせて行くことができるはずです。
世代を超えて、そして地域を越えて、未来への想いを共有する森林づくりへ。
そして大切な自然の恵みを大切な人たちと分かち合う上質な田舎づくりへ。
これは2008年当時の道上村長が百年の森林構想着想の際に発したメッセージです。単に森林づくりというだけでなく、村づくり全般に影響することになるメッセージでした。
百年の森林構想の中心となるのは、森林づくりです。西粟倉村の森林では、所有者の多くが高齢化し、適切な維持管理ができないことにより森林の荒廃が懸念されてきました。 この構想は、これまで個々の森林所有者の手によって育まれてきた約50年生の森林を、今後も適切な管理を行い、美しくより価値の高い100年生の森林に囲まれた上質な田舎を実現させようというものです。
この『百年の森林構想』を実現させるために、林業の再生を村の重点施策とする「百年の森林事業」(川上)と搬出される間伐材の流通を促進するための「西粟倉・森の学校事業」(川下)を推進しています。
川上といわれる山の現場。
川下、様々な工夫の上作られた品物が全国的にも有名な店舗の店頭にも並びます。
商品名「ころんさんとくるんさん」西粟倉の子どもたちのファーストトイです。
2009年9月より、森林所有者・村・森林組合の3者が森林長期施業管理委託協定を締結して、国や県の各種補助事業と村費により森林所有者に負担を求めることなく、 村が管理者として森林経営計画を樹立し、間伐や作業道の森林整備をFSCの森林認証制度に基づいて計画的に行っています。また社会貢献ファンドの活用により新たに高性能林業機械を導入し、 路網整備との組み合わせにより、素材生産コストを低減させています。
合わせて大部分が未利用のまま放置されている森林資源(主にスギ・ヒノキ間伐材)に、各業種の専門分野で高付加価値をつけ6次産業化させるなど、 これまでの市場に頼らない販売方法を確立させ流通コストの低減を図るなど、森林・林業の再生と地域の活性化における先駆的・先導的な取り組みを行っています。
高性能林業機械は今や林業に欠かせません。
また西粟倉村では、森林づくりを起点とした低炭素な村づくりにも取り組んでいます。西粟倉村は山林が95%を占める地域であり、 その森林の二酸化炭素吸収によって地域内で排出される二酸化炭素はもちろん、都市における二酸化炭素排出の吸収を担っています。その機能をより高める取り組みを行う村として2013年環境モデル都市、 2014年バイオマス産業都市に選定され中山間地域のモデルとなるべく取り組みを進めています。
長期施業委託契約と㈱西粟倉・森の学校による西粟倉産材高付加価値化によって構成される百年の森林事業は、着手から5年を経過し、 村内の私有林3,580haのうち約1,200haが事業対象の森林となっています。
今後は、さらなる長期施業委託契約の拡大及び㈱西粟倉・森の学校による販路開拓に見合うだけの材の搬出に向けて事業の拡大を図りながら、 適切な管理を行う対象森林の拡大により二酸化炭素の吸収量増加も図ります。
森から生まれる恵みに水があります。
昨年度、改修を終えた小水力発電所“めぐみ”では、固定価格買取制度に基づく価格での売電を行っています。森の恵みを有効に活用する考えをいち早く実行に移したことで、 固定価格買い取り制度の恩恵を受けることができました。この売電による増益分を、地域における低炭素社会の構築に活用するため、各種事業に再投資しています。
今年3月には、村内の村営温泉施設に薪ボイラーを導入しました。これまでは灯油を利用して沸かしており、原油価格の上下に影響されてきましたが、 村内にある資源を有効に活用することでランニングコストも安定しています。また、従来は森で放置されてきた林地残材を集め、薪にし、 活用する仕組みを村内で構築することで新しい雇用も生み出すことができました。
「薪ボイラー」これまでは、山に残されていた残材も立派な村の資源です。
これら取り組みの推進に、Iターン者の力が大きかったことは言うまでもありません。木材の多様な活用方法、ブランディング、情報発信、経営の視点、いずれもこれまでの村が苦手とし、 うまくいっていない部分でした。これらはIターン者がもたらした新しい知恵・技術でした。
百年の森林構想は、先人が育てた森林を活用しながら、新しい森林を育てていくというものです。しかし、これまでの知恵や技術だけでは新しい取り組みを行うことは難しく、 新しい知恵や技術だけでも、進めることは難しかったのではと考えています。
現時点でこれらが完全に交わり順調に進んでいるわけではありません。
しかし、一部であってもお互いが交わる関係を少しずつ作ってきたからこそ、現在も進み続けることが出来ているのだと思います。
また、Iターンの受け入れは減少傾向の人口にも大きく影響が現れました。2008年度以降、約60世帯を受け入れ、現在では家族を含め約80名が村で暮らされています。 これは村の人口の約5%を占める数字で、人口の維持、活力の維持にIターン者が大きく関わっていることが分かります。
百年の森林構想は、その考えが教育の分野にも活かされています。西粟倉村の教育振興基本計画では、 ふるさとの自然や人に学ぶことが子どもたちの生きる力をより大きな物にしていくとしています。その特徴的な取り組みが村に一つしかない小学校、 西粟倉小学校(全校児童68名)で行われているふるさと元気学習です。この取り組みも森林からの学びを中心としています。
西粟倉小学校では、ふるさと元気ウォーキングと称して、春、村北部にある若杉天然林に出かけ、森林に触れる活動を行います。1年生から6年生が縦割りで活動しながら、 豊かな森林を感じます。中学年になると天然林と人工林の違い、沢歩きで森林の恵みなどを学びます。
子どもたちは、森林で感じたことを様々な方法で表現します。感じたことを絵に描く、新聞を作る、議論したり、 パワーポイントを使ってのプレゼンテーションなど様々な方法で表現していきます。高学年になると、村の人から生き方を学んだり、ふるさとづくりについて考え、自分たちが考えた村づくりについて、 村長に提案しています。
表現の次に交流があります。子どもたちは自ら体験し、表現することを交流に活かします。源流である西粟倉村と川の流れる先、海辺の学校との交流や全国の森林で学ぶ仲間との交流です。 交流を通じて子どもたちは様々なことを実感します。自分たちが森林や川を大切にすることの意味、下流域の人たちに与える影響、それらは教科書で学ぶことだけでなく、交流を通して実感のあるより深い学びとなります。
子どもたちは交流により、外からの評価を受け、改めて自分たちの取り組みや村の取り組みを見つめ返しています。見つめ返して得るのは、新しい学びへの気づき、 ふるさとの自然や人に対する誇りや大切にしたいという気持ちです。
このような取り組みが行えるのも百年の森林構想の村だからこそだと考えています。
ふるさと元気学習の様子。子どもたちは五感をフルに使って自然から学びます。
西粟倉村では、Iターン者の積極的な受け入れを通じて百年の森林事業等、地域資源を活かした地域活性化を推進しており、 今後も村内の地域資源と村内外の人材を積極的に活用する事業を展開したいと考えています。
これらの取り組みは外部からの評価も含め、一定の成果を収めてきました。しかし、村の取り組みはこれだけではありません。 上質な田舎だからこそできる暮らしの提供をこれからも進めていく必要があります。保健福祉の分野では“森林も百年、人生(ひと)も百年、百年の人生づくり”として、 誰もが望む村での健康で快適な暮らしを求めた施策を行っています。
行政課題としては、Iターン者が住む家が不足していること、生活インフラの老朽化、Iターン者増による子育て支援施設、機能の不足などがあります。
表面に出る部分だけでなく、支える土台部分もしっかりと行うことが、 上質な田舎を追求していく西粟倉村の使命だと考えています。『百年の森林構想』の村だからこそできる村づくりを今後も推進していきます。