「ダム湖百選」に選定された奥多摩湖
東京都奥多摩町
2920号(2015年5月25日) 全国町村会 高野 実貴子
東京都の最西端に位置する奥多摩町は、東京都の面積(島嶼部を除く)の約10分の1を占めるが、そのうちの94%が森林であり、山がちな地形を特徴としている。 町のPRスローガンのひとつである「巨樹と清流のまち」のとおり、巨樹が日本一多く、多摩川の清流が東西に貫く、自然豊かな町だ。多摩川に沿うように、町の東端から中心部にかけてJR青梅線が走り、 新宿の摩天楼から約2時間でたどり着けるアクセスのよさは、奥多摩町の特徴となっている。
町の南西部には、東京都の水がめとも呼ばれる小河内ダムがある。ダム建設で人口が流入した時期をピークに町の人口は一貫して減少を続け、平成27年3月1日現在、総人口は5,496人。 以前は産業構造の変化による社会減が人口減少の要因であったが、近年は町への転入と転出はほぼ同数であり、人口減少の原因は少子高齢化による自然減となっている。
年少人口と生産年齢人口の減少は著しく、他方65歳以上の老齢人口はここ10年間2500人前後で推移し、高齢化率は46.9%となっている(平成27年3月1日現在)。昨年、 センセーショナルに発表された消滅可能性自治体(2040年に20~39歳の女性人口が半減する自治体)に奥多摩町も数えられた。
そのような現状にある奥多摩町にとって、今年は町制施行60周年の記念すべき年。今後10年間の政策方針を決める長期総合計画も平成27年度から第5期に改まる。 その計画において最大の課題として位置づけられているのが、人口減少に歯止めをかけることである。
そのための対策として、今後5年間、重点的に行っていく「定住化対策」と「少子化対策」について取り上げてみたい。
奥多摩町の観光パンフレット。ふらっと町に訪れた観光客を定住につなげるため、
観光紹介の後には定住・子育て支援について書かれている。
自然が豊かな環境で子育てをしたいという若者世帯をターゲットに、平成26年度から行っている「いなか暮らし支援住宅」は、空き家を利用した定住促進、人口増に向けた施策である。
寄附された空き家を町が整備し、15年以上住めば、住宅などは入居者に無償で譲与される。家賃は不要だが、固定資産税相当額等を毎年納める必要がある。ただし、15年以上定住した場合は、 定住祝い金として相当額が交付される。
入居対象者は、町外や町内の借家に暮らす40歳以下の夫婦、もしくは18歳以下の子どもがいる50歳以下の世帯となっている。入居希望者は仮申込を行い、現地説明会に参加後、 気に入れば本申込を行う。申し込み多数の場合、家族構成などの基準に則り選考し、最終的には面接で入居者を決定する。
今年初めに入居者を募った梅沢地区にある「いなか暮らし住宅」は、仮申込69件、本申込24件と多数の応募がある中で、入居者が決まった。リフォームの費用は入居者の負担となるが、 内装を見た限り、築30年の住宅なので若干の古さを感じるものの、きれいに整備されていた。さらに、奥多摩町の駅から1.5㎞ほどの海沢地区に2軒目を整備し、本年4月半ばから入居者の募集を行っている。
また、選考から漏れてしまった入居希望者には、この機を逃すことがないよう、「空き家バンク」(空き家の賃貸・売買情報を紹介する町のシステム)への登録を勧め、定住を促している。
青梅市境の梅沢地区にある1軒目のいなか暮らし支援住宅。
木造2階建ての6DKで、ガレージと畑もついている。
2軒目のいなか暮らし支援住宅。視察時はゴミが多く、家屋も傷みが激しく、
かなり荒れていたが、町の手入れで見違えるようにきれいになった。
町には若者向けの町営住宅があり、安価で家を借りることができる。若いうちはここに住み、資金を貯めてもらい、ゆくゆくは奥多摩町に家を建て、定住してもらうための橋渡しになる住宅という位置づけ。
平成26年度までは、世帯主が45歳以下の家庭が最長5年間入居可能であったが、平成27年度からは、30歳以下が12年間、40歳以下が10年間、50歳以下が7年間と制度を拡充。大変好評であり、 部屋に空きが出て募集をかけるとすぐに埋まってしまう。
そこで、町では新たな若者住宅12戸を建設中。新たな住宅には奥多摩産材を活用したものもあり、来年3月に入居開始予定となっている。
海沢地区の若者住宅。2LDKが全9戸あり、現在すべてが埋まっている。
駐車場や住民が交流するための広場も完備されている。
町では、安心・安全に子育てが行えるよう、15の子ども・子育て支援推進事業を独自に行っている。町に2園ある保育園の保育料は第1子目から無料、 子どもへの医療費助成も高校生まで全額を助成している。また、子どもが3人以上いる家庭を「多子家庭」と定義し、放課後児童クラブの利用に対する助成や水道料金の一部助成などを行っている。
また、奥多摩町には高校がないため、町外に通うことになる。子どもが高校生になると通学距離・時間が原因となって町を出て行く家庭もあることから、 町では高校への通学定期代を全額助成している。加えて、基幹交通であるJRが止まってしまうと通学や帰宅が難しくなるため、通学時に利用したタクシー料金や自家用車で送迎した際のガソリン代の一部も助成している。
奥多摩町子ども家庭支援センター「きこりん」は、0歳から18歳未満の子育てを応援するための施設であり、 子どもや家庭に関する相談事業やファミリー・サポート・センター事業(育児の援助を受けたい人と行いたい人が会員となり、地域の中で助けあいながら子育てをする会員組織)やその他親子で参加できる各種教室・イベントなどを行っている。
「きこりん」外観。2階建ての1階は相談室の他、交流スペースとなる喫茶談話室、
2階は遊戯室や緑化した屋上となっている。
平成26年度まで、町内には町立の義務教育学校として、小学校2校、中学校2校があった。いずれも人口が集まる氷川地区と古里地区にそれぞれ1校ずつあるが、生徒数の減少に伴い、 平成27年度より中学校が1校に統合した。統合については賛否両論あったが、結果的には、人数が少なくなったことによる学習活動への影響を鑑み、古里中学校の閉校と統合が決まった。
児童・生徒数の減少が続く中でも、より良い学習環境を提供するため、各小中学校の裁量で自由に使える資金を町から出している。 それを用い、①英語教育に力を入れる、②タブレット端末を導入する、③クラスを分割して細やかな指導を行うための人材確保など、各校独自の取組を行っている。その効果もあり、町の中学生の学力は全国の平均よりも高くなっている。
小学校が隣接しているため、放課後の時間帯は小学生の利用も多い。
バスや電車の待合や、中高生の自習室などとして、多目的に利用されている。
町が子どもや若者に対する支援の充実を進める一方で、現状は人口の多くを高齢者が占めている。そのような状況の中、 これら施策展開について住民の理解を得るのが大変ではないかと問うと、「子育てや定住化の支援にかかる費用は高齢者にかかる費用に比べればはるかに少額。町の方針として、 地域条件にあった少子化対策や定住化に向けて若者を支援することが、地域を支える土台をつくり、巡り巡って高齢者にも還元されるという考えのもと、様々な施策を行っている。」とのことだった。
少子化対策については、ニーズを捉えて内容を変えながら、先駆的に充実した対策を打ち出してきたが、定住化対策は始めて間もなく、効果の程はまだ定かではない。しかし、 町のデメリットもしっかり知った上で、納得してから住んでもらうため、移住希望者にはあえて気候条件が厳しい冬に町を見てもらうなど、町は真摯な姿勢で、できる限りのことをしようとしている。 今後の展開としては、単身者が入れる住居や、若者がお試しとして数か月住むことができる住宅などを考えている。
移住にあたって重要な要素の一つとなるのは、生計を立てるための仕事があるかどうかだろう。町内で働く場合、主な仕事は観光関連の仕事か、介護関係の仕事であり、 特に介護関係の仕事はすぐにでも就くことができるが、住民の多くは隣接する青梅などへ働きに出ている。町として、以前から企業誘致も試みているが、平地が少ないために上手くいっていないとのことだった。 昨今は通信網の発達等を背景に、働き方が多様化してきたが、実際は従来型の職場に出向く仕事が大半を占めている。町内での職場(希望職種)の確保が難しいとなると、現在多くの住民がそうしているように、 他の町へ働きに出ることが現実的だ。
先述のように奥多摩町の特徴のひとつは、都心から約2時間というアクセスのよさだ。これは小旅行には手ごろな距離だが、毎日の通勤となると近いとは言い難い。
町は今、少子高齢化の現状を見つめつつ、悲観をすることもなく、的確な対策を考え、打ち出している。
このような施策が奏功し、仕事を持つ世代が奥多摩町への移住に踏み切るためには、柔軟な働き方が可能となるような職場環境が整備されることもまた必要であると思われる。 そのためにもワーク・ライフ・バランスを含めた少子化対策に、社会全体で取り組んでいくことが期待される。