日本の棚田100選「泉谷棚田稲刈り」
愛媛県内子町
2898号(2014年11月3日) 内子町長 稲本 隆壽
内子町は、愛媛県のほぼ中央に位置し、県都松山市から約40㎞の地点にあります。総面積の約8割が山林で、農用地の約7割を傾斜畑や樹園地が占める典型的な中山間地域です。人口は、 約1万8千人で減少傾向にあり、特に高齢化による労働力不足や長びく農産物価格の低迷により基幹産業の農林家の減少が加速しています。
農林業の縮小は、経済的な面だけでなく集落機能の低下につながるため、町では道の駅を拠点に農業者自らが農業を自分たちの手で支えるための直売所事業を展開しています。
道の駅「内子フレッシュパークからり」は、平成7年度に特産物直売所と農業情報センター等管理棟、8年度にレストラン・吊り橋・農村公園、9年度にパン・燻製工房、 広場や駐車場と3年間で整備しました。その後も駐車場の拡張や直売所の増床、農産加工場や休憩施設の新設を行い今に至っています。開設にあわせて国土交通省から「道の駅」の認定を受け、 年間の利用者は70万人を超えています。
町では、これらの施設整備にあたり先行して、多くの農業者が事業に参加するよう合意形成活動を行いました。具体的には自治会ごとの事業説明会や研修会等の開催、 模擬店舗での直売実験でした。この模擬店舗は、「内の子市場」と称し事業参加者の手作りで平成6年7月に誕生しました。試行錯誤のうちに2年間営業を行い、 実験の成果は新店舗での運営に大いに役立つこととなりました。
実験当初は、価格の設定・品揃え・消費者との対応等に戸惑いを見せていた農家も、消費者の反響に支えられ売上げも順調に推移してきましたが、一方では、 出荷・引取・精算など直売所運営上の様々な要望や課題も生じてきました。 出荷者からは、『生産者名を明らかにしたい』『正確・迅速な精算をして欲しい』『残品の情報が欲しい』『直売所の販売情報が欲しい』等の要望があり、運営者側からは出荷、引取、 精算等の効率化が望まれていました。以上の実験施設で生じた要望や課題が本格的な事業化までに整理することができ、その後のオリジナルの情報ネットワーク「からりネット」構築の動機となりました。
また、人材育成の場として「内の子市場」は、大きな貢献をしました。それは募集して集まった70人余りの農家(半数は女性)の団結力が生まれたことです。 直売所は不確定要素の集合体で、なかなか思うように売れないため売り方を全員が考え、実践するうちに直売の難しさ、おもしろさを感じるようになりました。 この内の子市場時代に関わった事業参加者の連帯感と真面目な取り組みが、現在の出荷者組織の活動の礎になっています。
2つの河川の中州に道の駅「内子フレッシュパークからり」があります。
「内子フレッシュパークからり」の基本方針は、①農業にサービス業的視点を取り入れ、 農業の総合産業化を進める。②グリーンツーリズムなど都市と農村の交流を図る。③農業の情報化、農業情報の利活用を図る。の3点が柱となっています。そのため、特産物直売所は内子産農産物のみ販売し、 レストランや各工房においても地元産の食材を使用することで地産地消とあわせて農家の所得向上を図っています。この基本方針の柱である「農業情報の利活用」は、 産直トレーニング施設「内の子市場」でのPOSによる販売管理や情報ネットワークの必要性から生まれたもので、施設整備にあわせて平成7年度、11年度、 14年度に情報系の事業を導入しシステムを拡充しています。特に、初期の「からりネット」は、専用の農業情報端末(多機能ファックス)220台を農家に設置し、 直売所の売上情報を含む農業情報を双方向で発信する当時としては画期的なシステムでした。
その後、平成14年度のシステム改良により一般のファックスや電話音声、携帯電話に利用幅が拡大し、 直売所レジと農家の繋がりは所得の向上に大いに寄与しています。「からりネット」の利用は、売上や残品の確認、追加出荷の判断に使用され、農家は日々の販売情報を蓄積・分析し、 効率的な出荷計画や作付計画を独自にたてるようになりました。「からりネット」の導入は、 店頭での生産者情報(生産者名・ 電話番号)による「顔の見える関係」から出荷者の創意工夫と道具としての情報媒体を利用することで販売額を増やすことが実証されたことからも農家から農業経営者へ成長するツールとなっています。 基幹となるPOSシステムは、「内の子市場」での実証から明確になった課題解決のため地元のソフトハウスと連携し独自開発したが、この開発した農産物直売所POSシステムは、現在、 全国43カ所の農産物直売所に導入されています。
平成16年度には栽培履歴情報を蓄積・開示するトレーサビリティシステムを「からりネット」に付加し、マスタの共有とシステム統合を図りました。 これにより出荷会員ごとに生産から販売までの情報の蓄積、加工が可能となっています。
内子町の観光果樹園等の観光農業は、消費者の需要を掘り起こし、新しいマーケットとして定着しています。観光農業の成功は、 農業者に「作るだけの農業」から「作り・売り・サービスする農業」の重要性を認識させました。これは「からり」の基本理念に反映され、都市農村交流と情報利用による高次元農業の推進を展開しています。
直売所での出荷者の平成24年度販売総額は、約4億2千万円(施設全体では7億2千万円)で内子町の林業を除く農業総生産額の16%に達し、からり特産物直売所の占める割合は、 果樹では13%、野菜では28%と直売所の役割が増している。農産物によっては直売所での販売が6割を超える品目もあり、内子の農産物のブランド化にも貢献するようになりました。
出荷会員の平均販売額は110万円程度ですが、販売額が5百万円を超える会員が22%あり、なかには1千万円を売り上げる会員も現れています。 従来は特定の品目のみ栽培する単作経営から直売所出荷型の少量多品目栽培に取り組んだり、有機農業・自然農業を指向する農家も現れるようになりました。
直売所開設当初は、女性や高齢者が中心でしたが、専業農家や若者の出荷者も増加しており、 農業所得の50%以上を直売所で販売する出荷者が27%を占めていることからも内子町の農家の経営を支える場となっています。直売所を中心とした活動によって、農作業に終始する農業から頭を使って生産し、 消費者と交流することで心をときめかさせることのできる農業へと変化しました。開設当初は、農産物を店頭に並べれば売上があがると誤解していた農家が、 実際に店頭で接客することで消費者の嗜好を理解し販売額を伸ばすようになりました。販売額を伸ばすには消費者ニーズを把握し売れる商品を開発しなければならない。
この売れる商品づくりのために、同種の商品を出荷する農家が部会を組織し試作検討し、技術を平準化することでドライフラワーのような人気商品を開発しています。 個々の出荷者も単純作業から頭を使う農業へ関心を持って意欲的に取り組むようになり、それが、小規模、高齢、兼業など中山間地農業のハンディを多様性という魅力に変え、 農業に誇りと自信を取り戻すことに大きく寄与しています。
テント張りの直売所は、多くのお客様にご利用いただいています。
内子町は「エコロジータウン内子」をキャッチフレーズに環境保全型農業を進めており、その中心となっているのが「からり特産物直売所」です。直売所は、 徹底して内子産農産物にこだわり内子産のものしか販売しておらず、直売所利用者は7割がリピーターでありその多くは所在が明確な農産物を求めています。そこで、 平成17年1月から全ての出荷青果物は栽培履歴記帳を義務づけ、同年7月からは円滑な入力とチェックの迅速化を図るためトレーサビリティシステムを導入し、全ての会員が取り組んでいます。 栽培履歴情報は店頭の端末とインターネットで開示しており消費者は安心して青果物を購入でき、生産者は履歴記帳により適正な肥料農薬使用を再確認でき過度の使用を制限することでコスト低減が図れています。
品質の維持・改善に係る活動は、出荷者組織が会員から品質監査役を選任し、 品質的に疑義のある農産物は事前にチェックし販売しないよう指導する体制を置くとともに悪質な出荷者へは出荷停止処分等の厳しい自己規制を行っています。残留農薬の検査も年に400件程度行っており、 個々の出荷者が品質管理を怠らないよう注意を喚起するとともにチェック体制による品質管理を会員自らの手で行っています。
全国には16,824カ所(農林業センサス2010年)の農産物直売所があり、年間販売額7,927億円(2011年度6次産業化総合調査(農林水産省)と、今や農産物流通の一翼を担う存在となっています。 愛媛県の直売所数は290カ所(全国33位)、年間販売額は231億6700万円(全国8位)で、また、 全国でトップクラスの売上がある農協の直売所が複数あるため1施設あたりの年間販売額は約8億円で全国1位となっています。特に農協が経営する直売所の躍進が顕著で、店舗の巨大化、複合化、 多店舗化が進んでいます。
「内子フレッシュパークからり」においても近隣に大型の競合店が開設され販売額の低下や複数の直売所に出荷する会員もあり出荷意慾が停滞していたが、 平成24年に直売所全国大会(主催:全国直売所研究会)を誘致し、 多くの会員と社員が準備にあたるとともに全国の直売所の優良事例に触れることで「からりの原点」である個々の会員が直売所を盛りたて努力しようとする気持ちが再確認できました。結果として、 大会以降、利用者、販売額ともに反転し増加しています。
特産物直売所の出荷会員の平均年齢は67歳で、60歳以上の会員が72%を占め、高齢化が進展しています。高齢出荷者の支援策として平成15年度より準会員制度を設けていますが、 現在の準会員は8名と当初の半数以下となっており制度の改善が求められています。準会員制度の内容は、高齢で出荷できない準会員が地元の会員(受託会員)へ出荷・引取業務を委託するもので、 準会員の販売額に応じて手数料を支払うものです。高齢者の生き甲斐や健康維持といった目的で始まったこの制度も、 準会員1人あたりの販売額が少額のうえ受託者の事務作業が煩雑なため受託者の確保が難しいのが現状です。
新たな高齢者対策として、平成24年3月に町営バスを使用した集荷実験を行いましたが、品揃えの確保の面からも集荷システムの構築が喫契の課題です。
直売所の増加により複数の直売所に出荷する会員が増えていますが、個々の農家では、販売先が増えることで所得の向上につながる反面、 特産物直売所では時期によっては出荷物の減少がみられるようになりました。出荷量を確保するため出荷者組織では会社と連携して研修等を行い出荷を呼びかけていますが、 あわせて学校給食センター等の大口注文を公平に伝達するためタブレット端末を使用した双方向出荷予約集荷システム「産直ポータルサイト」を平成25年3月に構築しました。
直売所では、出荷する全ての農産物に栽培履歴情報の事前登録を義務づけており、この栽培履歴情報により出荷農家の品目ごとの作付状況は、把握できるものの生育状況にあわせた出荷時期は、 個々の農家に問い合わせないとわからず、顧客からの注文に担当職員が電話連絡している状況でした。
このシステムは、基幹システムの「からりネット」に付加して構築しており、出荷会員の運用ストレスや運用経費の抑制を図っています。
システムの運用手順は、最初に栽培履歴情報から出荷予定期間中の農産物名を抽出した一覧表を顧客に送り、注文を受けます。次に、 直売所から農産物ごとに量・規格・価格を出荷会員に一斉配信し、出荷可能な出荷会員から先着順に受付けます。後は予約した農産物を出荷してもらい顧客に配達します。このシステムには、 効率的な集荷計画が作成できる集荷システムを包含しており、将来の集荷事業にも対応しています。
これまでのICTの活用により付加価値が生まれ、農業経営に寄与することが実証できました。今後、高齢化や担い手不足等により中山間地域の農業は、 ますます厳しい環境になろうとしていますが、行政が生産者と同じ目線になってICT活用を進めることで、地域の課題解決の一助になると確信しています。
スマートフォンを操作して出荷可能な農産物の数量を予約します。
双方向出荷予約集荷システムの仕組み