町いっぱいを白く埋め尽くすそば畑
北海道幌加内町
2844号(2013年6月24日) 幌加内町長 守田 秀生
幌加内町は北海道上川管内、旭川市から北西45㎞に位置し、面積は767平方㎞と広大で、南北を石狩川の支流である雨龍川が貫流しています。冬は積雪が2mを超え、気温はマイナス30度にもなる一方、夏はプラス30度を超える日もあるなど自然条件の厳しい地域です。人口は1700人余りで、人口密度は全国の町の中で最小です。幌加内町には3つの日本一があります。
その一つは北部にある朱鞠内湖です。戦時中の電力不足を補うことを目的に昭和18年に完成したダム湖で、周囲約40㎞、面積23.7平方㎞、日本一の人造湖といわれています。幻の魚「イトウ」が生息する神秘の湖としても有名で、北欧を思わせる情景が訪れる旅人を魅了しています。
二つ目は、朱鞠内湖の北東に位置する母子里地区で昭和53年2月17日に記録したマイナス41.2度の日本最低気温です。残念ながら気象庁の公式記録ではありませんが、北海道大学の演習林内の観測施設で記録しました。最低気温を記録した2月17日は「天使のささやき記念日」として日本記念日協会に認定され、毎年モニュメントのライトアップやセレモニーがおこなわれています。「天使のささやき」とはダイヤモンドダストのことで、凍てつく日の朝に見られるダイヤモンドダストを、空から舞い降りてくる天使にたとえています。
三つ目はそばの生産量日本一です。そばの作付面積は約3200haで全国の約6%を占め、昭和55年以降市町村別では作付面積・生産量共に日本一を続けています。幌加内町の産業の中核に育ったそばによる地域づくりについて紹介します。
朱鞠内湖の幻の魚「イトウ」
2月17日を「天使のささやき記念日」としてモニュメントのライトアップやセレモニーが行われる
幌加内町では、昭和44年(1969年)から始まった米の生産調整(減反)を受けて、昭和45年(1970年)にそば栽培が始まりました。当時は減反対策としてのそば栽培でしたが、何よりも冷涼で昼夜の寒暖の差が大きい気候風土が、美味しいそばの栽培に適していたことから年々作付面積が増加し、昭和55年(1980年)に373haが作付けされ日本一になりました。その後も作付けは拡大し、平成24年(2012年)は3223ha、収穫量は2976tに上り、全国の収穫量の約7%を占め、幌加内産のそばの出来によって値段が決まることから、国産そばのプライスリーダーとなっています。生産農家数は136戸で、1戸当たり作付面積は約24haとなっています。
減反政策として始まったそば栽培ですが、小麦や大根、かぼちゃ、メロンなど、他の転作作物が厳しい気象条件のため良い成果を出せない中、そばは美味しいとの評価を受け、そばを幌加内町の代表的な農作物に育てようと、昭和61年(1986年)に「幌加内農協そば部会」が結成されました。
そばは畑作物の中でも最も湿害に弱い作物のため、雨が続いて畑の排水が滞ると、たちまち大きなダメージを受けます。そのため国の機関である農業試験場や北海道の機関である農業普及センターの指導を受け、暗渠排水の整備を徹底しました。また連作障害を防ぐため、間作緑肥として赤クローバーの栽培による土壌改良や輪作体系の確立、乾燥調製施設の整備による集出荷の一元化など、高品質・安定生産に向けた取り組みを、そば部会として組織的に取り組んできました。この結果一時荒廃地が目立った農地の多くがそば畑に変わり、耕作放棄地がほとんどなくなりました。この取り組みが評価され、平成15年には全国農協中央会の日本農業賞集団の部で大賞を受賞、翌16年には農林水産省第43回農林水産祭で内閣総理大臣賞を受賞しました。
大型コンバインでそばを収穫する様子
日本農業賞大賞を受賞
そばには様々な品種がありますが、幌加内町では、町独自の品種を作ろうと町農業技術センターを設けて専任の職員を置き、平成9年から品種改良に取り組みました。その結果7年の歳月をかけて新品種「ほろみのり」が誕生しました。従来の「キタワセソバ」より背丈が短く、風雨による倒伏が少ないため脱粒が少なく、甘みが強い上品な味と評価を受けています。平成16年に品種登録を受け、18年から本格的な栽培が行われています。
生産者が丹精込めて栽培したそばも、収穫後の乾燥調製を間違えば、品質が劣化し評価の低い製品になります。大量に収穫される幌加内そばを一定の水分量に乾燥し保管する大規模な調製施設が必要です。町では平成12年に「そば日本一の館」と24年に「そば日本一の牙城」を国の補助を受けて建設しました。これにより、収穫される約3000トン(約7万俵)のそばが3週間で乾燥調整できるようになり、高品質な幌加内そばのブランド化につながっています。
そばの乾燥調整施設「そば日本一の牙城」
香り高い新そばが収穫される9月、幌加内町では「新そば祭り」が開催されます。日本で一番早く新そばを味わえるイベントとして全国に知られ、会場には、全国のそばの産地から有名店や地域そば同好会等が出店します。20回目の今年は、記念イベントとして「日本そば博覧会」「世界そばフェスタ」との同時開催となり、8月30日から9月1日までの3日間、ロシア、スロベニア、フランス、インド、中国、韓国など世界12カ国のそば料理をはじめ、大分県、広島県、兵庫県、福井県、新潟県、福島県、地元北海道、幌加内町など全国のそば産地から14店舗が出店し、6万人の入り込みを予定しています。
今回の目玉行事は、「素人そば打ち五段位(最高段位)認定会」の開催です。これは、全国麺類文化地域間交流推進協議会が実施している素人そば打ち段位認定制度(全国の認定者数は初段から5段まで約1万人)の最高段位の認定会で、3年に一度開かれ、今回が3回目になります。これまでにまだ18人しか認定されていない狭き門で、全国のそば打ち愛好者の注目の的でもあります。
20年前、美味しい幌加内そばをたくさんの人に食べてもらいたいという思いから始まったそば祭りですが、全国のそば産地や、そば愛好者、蕎麦屋さん等との交流を通して、地域間の友好交流の大切さを教えられ、皆さんのご支援で、日本を代表するそば祭りに成長することができました。今年の20回を節目に、今後は新たな発想で、「日本一のそばの里」にふさわしいイベント開催を模索しているところです。
毎年、町内外から多くの来場者が訪れる「新そば祭り」今回は8/30~9/1開催
「素人そば打ち段位認定会」の様子
町内唯一の幌加内高校は、そばの栽培、歴史、文化、そば打ち、そば料理を授業に取り入れ、全員が手打ちそばの段位を取得します。今年4月、全国から11校が参加して東京ビッグサイトで開催された「第3回全国高校生そば打ち選手権大会」で、団体、個人共に優勝しました。卒業生の中には、有名そば店に就職する生徒もおり、幌加内そばの名を広めてくれています。
東京ビッグサイトで開催された「全国高校生そば打ち選手権大会」幌加内高校が団体・個人共に優勝
幌加内で収穫されたそばに付加価値をつけて販売しようと、町では「農産加工センター」を第3セクターで運営し、そば粉、そば麺を加工販売しています。そのほか、町内には8箇所の製粉工場ができ、それぞれ、全国の蕎麦店や手打ち愛好者向けに特徴のあるそば粉を生産して販売しています。そのほか、そばを利用した料理のレシピつくりや、幌加内高校生徒によるオリジナルそば料理の研究も進んでおり、今後の成果が期待されています。
町内の若手蕎麦店経営者が取り組んでいるのが「幌加内厳寒清流さらし蕎麦」です。江戸時代に徳川家にそばを献上するために考えられた「寒さらし蕎麦」の保存方法を5年の歳月をかけて研究し商品化しました。厳寒期の2月、清流に2週間そばを浸し、その後乾燥調製して6月から7月にかけて限定商品として町内各店舗で提供されます。また、その後は、雪の中で保管してきた「雪蔵そば」を7月から8月に提供するなど、幌加内オリジナルのそばを愛好者の方に提供し評価を受けています。このそばは幌加内に来なければ食べられないため、交流人口の増加に一役買っています。
温度変化に敏感で劣化しやすいそばの品質を保持し、付加価値をつけるため、町では今年、約4万俵のそばを保管できる「雪利用型低温農業倉庫」を建設します。これにより、年間を通し高品質なそばが全国各地に届けられることになり、「幌加内そば」のブランド力の向上に役立つことが期待されています。
「寒さらしそば」清流さらし作業の様子
現在町では、地域振興室そば振興係を中心に「そば振興計画」を策定中です。日本一のそばの里を目指して10年先の夢を描こうと、そば生産者、そば関係業者、そば関係団体等の皆さんと話し合いを続けています。町民の1割は自分でそばを打ちます。お客さんへのおもてなしは、そばをご馳走することです。「そばは人をつなぐ」といわれており、東北ではそばは晴れの食べものとして、お祝いの席で振舞われます。幌加内町でもそんなおもてなしのそば文化を育てたい。美味しいそばを食べられる蕎麦店を増やして、「幌加内そば街道」ができないか。幌加内町に来れば、そば打ち体験ができ、そのそばをすぐに食べられる施設が欲しい。そばの歴史やそば文化を学べる施設が欲しい。真っ白いそばの花を売りにした観光ルート作りも始めよう。などなどたくさんの意見・アイデアがあふれています。
これからが本当のそばによるまちづくりの始まりです。全国のそば産地やそば愛好団体、そば関連業者さんと連携協力して、たくさんの人に訪れていただける「日本一のそばの里」づくりにまい進します。
放草ロールでつくられた「そばの花展望台」広大なそば畑を一望できる