ニシン漁の繁栄を今に伝える日本最北の国指定重要文化財・旧花田家番屋。
当時は、ニシンが群来る(くきる)と、海がシラコで白く輝くほどだったというが、
昭和30年の凶漁を最後に、ニシンはほとんど姿を消した。
北海道小平町
2798号(2012年4月23日) 全国町村会 照井 大介
小平町は北海道の日本海側に位置する小さな町だ。西側には日本海が広がり、東側は山々に囲まれている。
人口は3659人(平成23年10月1日現在)。町が紹介される際には、必ず「かつてはニシン漁と炭坑で栄えたが、ニシンが去り、 炭坑が閉山すると同時に人口も減少に転じ―」という決まり文句がついてくる。いわば、北海道では典型的な町だ。
「こんなに幸せに暮らしてていいんだべか」同町に住む今年68歳になる乗田勝之さんは取材に訪れた私にこう言って笑った。 何が幸せかわかりにくくなっている今、住民の幸せの根底には何があるのだろうか。
「住民が幸せだと思う気持ちは、行政がああやったから、こうやったからという話ではない。高齢化率が上がっているのは、 住民が小平を愛し、長年住んでいる結果。それは、町の自慢にもなるんでないか。住んでいる人が地元に愛着を持って住んでいることが、 町としての〈幸せ感〉なんでないかなぁ。」板垣良二 副町長はこう語る。
小平は、平成の大合併の際、留萌市、増毛町と3市町合併を協議した。当時、合併担当課長だった板垣副町長は、協議を進めていく中で、 町としての連帯感、郷土愛が維持できるか否かを考えたという。町民にも賛否両論ある中、小平は、連帯感・郷土愛を守るため、 苦しいながらも自立の道を歩むことを選んだ。「そもそも郷土愛抜きに合併の協議なんかするんでなかったんだ。」と板垣副町長は当時を振り返る。
「今後、小平にどうなって欲しいですか。」―今回お話をうかがった方全員に同じ質問をした。返ってきた答えは皆一緒だった。
「今のままでいい、今のままがいい。健康に普通に暮らせればそれで幸せだ。」
住民は愛着のある小平で、日常生活を送れれば幸せなのだ。関次雄町長の「健康に十分配慮していただいて、 日常生活に生き甲斐をもって過ごしてもらうことが理想。」と自信を持って語る姿が印象的だった。
日常生活を送るには、自宅で暮らすということが大前提だ。しかし、年を取るにつれて、外出がおっくうになる。 その原因は「足」の問題にあった。町域が広いため、高齢者は自宅とバス停の移動にも苦労するようになってきた。特に「特別豪雪地帯」である小平の凍てつく厳冬は、 高齢者にはつらいものがある。「足」がなければ日常生活を続けることができない。
もともと小平町は交通事情が良いとは言えない。町内を走る公共交通機関は路線バスが2社2路線。海岸沿いを走る沿岸バスと、 留萌市と達布地区を結ぶ「てんてつバス」だ。特に、後者は一日4~5本と便数も少ない。他には、小平・鬼鹿地区にタクシーが1台ずつあるだけだ。
こうした「足」の問題を解消すべく、町は単独事業で、「高齢者日常生活サポート事業」を開始した。「足がなければ、 家の中に籠もりがちになる。自ら外に出ることが大切。」という関町長の発案で、昨年7月から「試行」という形で運行を始めたいわゆるデマンドタクシーサービスだ。
同事業は75歳以上の高齢者だけの世帯を対象に、買い物や通院、老人クラブの例会などの町内移動を公用車で無料送迎するというもの。 利用希望日の前日午後3時までに電話で予約をすれば、利用できる。「ぬくもり号」と名付けた軽ワゴン車を、役場と二つの支所に配備、それぞれが地区を分担して運行している。
ぬくもり号は運転手も含めて4人乗り
取材当日、老人クラブの例会があるということで、ぬくもり号を利用しているお年寄りにお話を伺った。
3月半ばといっても、未だ小平の道は雪に覆われている。「足下が悪いときに歩かなくても良いのはありがたい。 家から遠いところに出かけるのにも助かっています。」と話してくれたのは城順さん。しかし、利用は老人クラブの例会の時が ほとんどとのことだ。そのわけを「自分の足を使わないと歩けなくなるので、出来るだけ歩くようにしているんですよ。」と教えてくれたが、 他にも理由はある。利用回数に制限はないのだが、「自分だけ何回も使うのは申し訳ない」のだという。
総務課企画室の杉本弘幸室長は、「利用者のお年寄りの多くは、〈行政にやってもらって当然〉という感覚よりも 〈ありがたい〉〈申し訳ない〉という気持ちの方が強い。」と語る。町ではそんな遠慮がちなお年寄りにもどんどん利用してもらえるよう 相手の立場を考えた対応を心がけている。老人クラブの例会前日に、役場の方から電話をして利用の有無を確認するというのもその一例。 「どこのまちでも高齢者を見守ろうという思想は一緒。でも、出来ることは違う。地域の特性を活かして、住民の皆さんに喜んでもらえるよう 努めている。」と杉本室長は言葉に力を込める。
ぬくもり号の運転を職員が担うという点もポイントだ。「いつも顔をあわせていれば、安否の確認にもなる。 いつも利用している人の利用がなかったら、他の利用者に聞いてみる。そうして、人伝いに地域情報を得ることを大切にしている。」と 関町長がそのねらいを教えてくれた。
ぬくもり号が支えている日常生活は「足」の部分だけではない。「足」を支えることで高齢者と「地域とのつながり」を 支えているのだ。ぬくもり号に乗ると、乗り合わせた者同士で会話が生まれるし、外に出かけることで、高齢者が「地域とのつながり」を維持できる。
小平ではサークル活動が盛ん。こうした活動から人とのつながりが生まれる
「ストレス解消にもなる」というパークゴルフはお年寄りの元気の源
関町長は日頃から、「高齢者は功労者」であると語る。高齢者は、小平の礎を築いてきたのであり、知識・経験をもった貴重な人材であるとの想いがあるからだ。 こうした高齢者の知識・経験を広く町民に受け継いでもらいたいという。早川貞夫さんは、そんな「貴重な人材」の一人だ。現在71歳だが、夏は、パークゴルフ場を一人で管理し、 冬は、毎日スキー場に通い、小平SRT(スキーレーシングチーム)の子どもたちを指導している。
私が取材に訪れた際、早川さんは、「貴重な人材」らしい話をしてくれた。早川さんは、毎年夏になると見かける、 見慣れぬ親子が気になっていた。それで、ある年、話しかけてみると、子どもがぜんそく持ちで悩んでいたが、小平の空気を吸うと良くなるので、 夏休みを利用して東京からやってくるのだという。
早川さんは、こうした小平の隠れた資源をもっと宣伝すべきだと考えている。「小平の空気が呼吸器官の病気にいいんなら、 もっと多くの人に吸って欲しい。例えば、何日間か滞在できる施設をつくって、無農薬野菜も栽培して、滞在中の食事に使えるようにするとかね。 そしたら、雇用も生まれる。」
小平の基幹産業は、農業と漁業だ。担い手不足には、町でも新規就農支援事業等で対策を講じており、一定の成果をあげている。 しかし、将来を見据えたときには、今のままでは限界が来るだろう。将来に渡り、今のままの小平を維持するには、若者の雇用・職場が必要だ。
「若者が希望を持てるまちであってほしい。その為には、自分たちで何とかするべという気持ちが大事だと思う。」 と早川さんは強調する。こうした高齢者の知恵を生かすことが町の幸せ感を維持するカギになりそうだ。
海と山が小平の資源。目には見えない空気もまた資源
過疎化、高齢化が進む小平町。年を取って、小平を離れる者もいる。若者の多くは、進学・就職を機に小平を離れる。
かくいう私も、10年前、進学のために小平を出た者の一人だ。私は今回の取材の中で、町を離れた者の勘違いとも言うべき質問をしてしまったことを反省している。
「小平で暮らしていて、不便なところは何ですか?」
小平で生活を続ける人にとっては、今の暮らしが日常なのだ。お店が少ない、交通の便が悪いという点は不便だという声もあった。 しかし、それでも「今のままでいい、今のままがいい」との答えが返ってきたのは、不便だと感じるよりも幸せを感じる方が多いからだろう。
私が小平を離れて気づいた小平の良い点は、これまで紹介してきた豊かな「自然」であり、「地域のつながり」だ。だが、 私が小平を視る視点は、完全な外からの視点とは言えない。内を知った上での外からの視点になってしまう。
では、外から小平に来た人の目には小平はどのように映っているのだろうか。
小平町が実施している新規就農支援事業で、小平に移り住んで5年目というミニトマト農家の青山恵奈子さんは、 「小平に来て子ども達が元気になりました。風邪を引いたり、熱を出したりすることが減り、健康的になりました。」と子ども達の変化を感じている。
栽培するミニトマトは、「特別なことをしているのではないけれど、おいしいと評判」だという。家庭菜園もつくり、 自分たちで食べる野菜をまかなっている。こうした食べ物も、子ども達が健康的になった理由の一つかもしれない。また、小平はコミュニティがしっかりしていて、 人とのつながりが密なのが良いという。近所の助けもその一つだ。例えば、「さっき、道路の方に出そうだったよ。」と、 子どもに目をかけてくれたりする、チョットした心遣いが助かるという。
青山さん同様、農家に転身し、小平に移り住んできた福田邦宏さんは「普通でいい、普通がいい。」という。地域の人にとっては 「当たり前」だから、なかなか気づかないが、地域の人にも、もっとその価値に気づいて欲しいという。 福田さんは自身の農場を「オーディナリー・ファーム」と名付けた。「世の中が変わっていく中で、普通の暮らしの魅力が増している。だから、〈普通〉が目標です。」と語る福田さんの思いが重なる。
小平は日本の米どころの北限地帯でもある。
平成20年には米・食味分析鑑定コンクールで「ななつぼし」が最高賞の金賞を受賞
ホタテは小平の特産品の一つ。
他にもウニやタコなど一年を通じて、海の幸を楽しめる
幸せの根底にあるもの。それは特別なものではない―愛着のある小平の「自然」や「地域のつながり」の中で送る日常生活なのではないだろうか。
小平は特別な町ではない。しかし、住民は愛着のある「おびらで」日常生活を送ることに幸せを感じている。だから、 小平の人々にとって「おびら」に代わる町はない。
全国の町村の多くは、過疎化、高齢化など小平と共通した部分があるだろう。都会から見れば、全部まとめて「不便な田舎」の一言で片付けられてしまうかもしれない。 しかし、それぞれの町村ごとに、そこに愛着を持った住民の日常生活がある。その愛着のあるまちで送る日常生活の中で、それぞれの町村の幸せ感が生み出されるのではないだろうか。