国重文 水海の田楽能舞
2784号(2012年1月9日) 福井県池田町長 杉本 博文
福井県池田町は県の東南部、岐阜県境に位置し、総面積19,472ha(山林92%)、農地450ha、人口3,043人、高齢化率39%、特別豪雪、過疎指定、特定農山村指定の極めて脆弱で小さな農山村です。
四方を山に囲まれ、自然は四季に豊かであり、日本滝百選の「龍双ヶ滝」、残したい自然百選の「冠山」があります。また、約八百年来継承されている「水海の田楽能舞」は国の重要無形民俗文化財に指定されています。
主な産業と言えば、農林業と建設業、そして僅かな観光産業と製造業がありますが、多くの町民は近隣の福井市、越前市などへ通勤しています。
渓流温泉「冠荘」露天風呂
こんな小さく、弱く、老いている町に、平成の合併問題が降りかかりました。県内の市町村が合併協議に入る中、池田町においても町民との対話集会を幾度と実施しました。
「産業も、金も、何も無い町がやっていけるのか?」「座して死を待つのか?」「小さい末端の町は吸収合併で主権がなくなるぞ」、町民は、今のままでの不安と合併への不安を訴えました。回を重ねる協議の終盤「池田町単独では何もできないのか?」「困難苦難の道のりだが、町を守る努力をしてほしい、もうおねだりはしない」の声が上がりはじめました。そこで出た台詞が町民の多くを納得させた「池田町、戦わずして滅びるを待ちはしない」だったのです。池田町は単独の道を選択しました。
池田町における近年までの「まちづくり」は、特産開発や新しいモノづくりをはじめとした無いものさがし、そして都市化への憧れが底辺にあったといえます。
しかし、農業青年グループの各種体験交流活動から、まちづくりの青い鳥は山の向こうではなく足元にあることを実感したのです。
自然を察しながら営む農業、伝統の郷土料理、収穫物をいただくという文化、人と人の相互扶助の係わりなど「日本人が忘れかけた日本」「都市が容易に取り戻せないモノ」が池田町に生き残っていること、そして日本人が見失ってしまった「日本のあたりまえがふつうに残る農村」に憧れる時代が来ていることを感じ取ったのです。
今、池田町では「自然資源」「文化資源」「人資源」「社会資源」の四つの地域資源連結活用型のまちおこしを展開しています。
池田町の農業は米単作地域であり、農家は米以外に農産物を販売した経験がほとんどなく、米価の下落から農家所得は減少し意欲も減退しはじめていました。でも自家用野菜は多品目栽培され、しかも無農薬に近い栽培がなされていました。生産量は少なくても安全でおいしい野菜がつくられていたわけです。
そこで、もう一株、もう一畦の増産運動を展開することで少量多品目の直売所を開設することといたしました。
販売経験のない三ちゃん農業の担い手達からは、「おすそ分け野菜など買ってもらえるのだろうか?」と異口同音に不安が出されましたが、「始めなければ始まらない」「始めなければ成長しない」との声に170人をこえる出荷会員が集まり、平成11年7月池田町ショップ「こっぽい屋」(方言で幸せ、ありがたいの意味)を県都福井市のショッピングセンター内に開店しました。現在では約12坪の店舗で年間約1億4千万円(売り上げ坪単価では全国上位クラス)を販売しています。
池田町ショップ「こっぽい屋」
池田特産 米・水セット
また、池田町では安全な作物栽培と肥沃な土を守るため、堆肥利用が熱心に行われていました。そこで、家庭等からの生ゴミを堆肥化する事業「食Uターン事業」を開始しました。施設は町が整備し、生ゴミ収集は週三日、月水金曜日に町民ボランティアが担う、家庭ではルールに従って専用の紙袋で生ゴミを出す、堆肥センターでは生ゴミと牛糞を混合して完熟堆肥を製造する仕組みで始めました。現在では町内約7割の家庭が参加しています。
そして出来上がった堆肥は「土魂壌」(どこんじょう)と命名し、堆肥、液肥、園芸用培土となって販売されています。
食Uターンの生ゴミ回収
土魂壌(どこんじょう)堆肥、液肥、園芸用培土
作物の安全栽培へ向けた資源循環の基礎が出来つつある時、農家個々の栽培技術だけでは信頼を得ないことから、町全体での栽培基準と認定ルール、指導体制を町独自に策定することとなりました。
有機肥料を使用し化学肥料、除草剤は使用しない、栽培履歴の記帳義務、認定は消費者も参加して圃場視察を行う、堆肥を利用した土づくりや栽培の年数によってランク付けするなどの基準を設けた「ゆうき・げんき・正直農業」をスタートさせました。
また、ラベルと文字でのトレーサビリティーでは限界があり伝えきれないことから、「こっぽい屋」には農家自身が入り、栽培の状況や野菜山菜の調理方法などを、直接おしゃべりで伝える「おばちゃんシャベリティー」を実践しています。
これらの取り組みから農家の生産意欲は向上し、栽培品目や栽培量も拡大するとともに、惣菜加工業、菓子製造業などを手がける女性グループも10件起業しました。
町も、生産物の販売拡大と郷土料理の商品化、伝統加工技術の継承を目的に加工施設と販売を担う「おこもじ屋」(HACCP(ハサップ)食品衛生管理認証取得の漬物惣菜製造業)を設立しました。
おこもじ(漬物)各種
前出の食Uターン事業が年を重ねる中、スタッフや町民の中から、てんぷら油の回収リサイクルにも取り組んではとの声が上がるとともに、ガソリンスタンドが廃油集油場として協力することになり「食油Uターン事業」がスタートしました。廃油は精製され生ゴミ収集車の燃料に使用されています。またこれらの環境活動のアピールとして廃油ローソクを灯すエコキャンドルのナイトイベントが企画されました。キャンドルづくりには、学校、子ども会、老人会、青年団など町民の約2割が参画し、年間約27,000本が製作されています。
そして、平成19年から毎年秋に廃油キャンドル25,000本(全国一)のアートイベントが開催されています。
全国一の25,000本エコキャンドル・メインアート
エコキャンドル点火風景
池田町ではまちの四つの地域資源を繋ぎ、共振させることでまちおこしを進めようと取り組んでいますが、ややもすると手法を間違えたり、モノを見誤ったり、目的を見失ったりしてしまいます。
そこで、私たちの足元にある町の資源は何か、どこに価値があり何を守り、何を伝えるのか、農村の力を復習すること、学ぶことを始めようと、青壮年グループがNPO法人を立ち上げ「日本農村力デザイン大学」を開設し、年5回2泊3日での授業が開かれています。今年で8年目を迎えます。
池田町のまちおこしはやっと緒についたところです。また、行政を取り巻く諸環境は不透明、不安定な時代にあります。その中で、まちの個性や得意技を磨き、暮らしを支え豊かさを築くには非常に困難といえると同時に、町の力が試されているといえます。
これからの時代は、住民と行政の協働から、住民による公の補完、分担、代替の関係づくりが重要なカギとなり、行政の限界と住民の弱点をカバーする新たな公共づくりが求められているといえます。
池田町では、その試行策として平成23 年3月に、町も一部出資した株式会社「まちUPいけだ」を設立いたしました。
以上、代表的な池田町の取り組みを紹介しました、他にも子育て、教育、福祉、定住促進、産業振興事業の中においても特徴的な取り組みを行っているつもりですが、今も過疎化、高齢化に歯止めがかかりません。最近加速しはじめた都市の便利さや刺激、職への憧れに町の魅力が対抗できないのです。これは、まだまだ池田町での暮らしが誇れない、自信がないという事でしょうか、若者も年寄りも「池田はとてもいいところ、でも大雪が辛いから」と言います。人の力、行政の力の及ばない悔しい課題もあるのです。
私達は「百匠一品」(ひゃくしょういっぴん)をまちおこしのブランドとして取り組んでいます。「一人ひとりの心と技の匠を一つに持ち寄る」という理念の基に人づくり、モノづくり、コトづくり、自治づくりのまち育てから、まちおこしを進めたいと考えています。