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鹿児島県錦江町/地域資源と人の絆を活かした地域づくり

印刷用ページを表示する 掲載日:2011年8月8日
大根やぐらの写真

大根やぐら


鹿児島県錦江町

2769号(2011年8月8日)全国町村会調査室 坂本 誠


はじめに

県都鹿児島市から錦江湾を挟んで東側に広がる大隅半島―その中南部に錦江町は位置している。平成17年3月に、錦江湾に面した大根占町と、内陸側の田代町が合併して発足した新しい町で、面積163.15平方キロ、人口は8,979人(平成22年国勢調査)である。交通インフラの整備が進んでおらず、目立った産業集積のない大隅半島は、鹿児島県下でも少子高齢化が最も進んだ地域であり、錦江町の高齢化率も38.9%と、県内49市町村で2番目に高い。しかしそんな中でも、錦江町では、豊かな地域資源と人の絆を活かした地域づくりが進められている。本稿では、現地取材を通じて、その一端をご紹介したい。

最南端のブランド米を目指して

錦江町の基幹産業は農業。出荷額では畜産・茶・たばこが多いが、農家戸数で大半を占めるのは水稲農家である。1戸あたりの平均作付面積は2反強と零細農家が多く、高齢化も進んでいる。そこで町では、対策の1つとして、集落営農の導入により、農業を地区単位で担っていく仕組みをつくろうとしており、その先発的な取り組みが、上部(かんぶ)地区集落営農組合である。高齢化による離農が相次ぐ状況を見て地区の有志6名が立ち上がり、平成9年、町内の先陣を切って設立した組織である。

内陸の山間部にあり、寒暖の差が大きい上部地区は、水質の良さもあいまって、良質米が収穫できることで知られている。しかも、本土最南端にほど近い当地区では、7月に稲の刈り取り、8月には出荷が可能である。こうした良質の早場米が収穫できる環境を活かし、上部地区集落営農組合では、福岡県の生協と契約し、有機米の栽培に取り組んでいる。「赤とんぼ米」と名付けられた米は、完全無農薬栽培であれば、30㎏1万2千円の高単価で引き取られる契約になっている。もちろん完全無農薬栽培は、栽培には一手間も二手間もかかるし、周囲の農家との調整にも苦労する。しかし、最南端のブランド米づくりをと、組合員は意気込んでいる。

上部地区集落営農組合の皆さんの写真

無農薬栽培の圃場の前に立つ、上部地区集落営農組合の皆さん

農産加工を通じた地域の循環づくり

町内を南北に貫く国道269号沿いに平成18年にオープンした「錦江町物産館にしきの里」。地元産の農産物や加工品がぎっしりと並び、毎日多くの買物客が詰めかけている。この「にしきの里」の売れ筋商品が、「うんめもんの会」の作るけせん団子である。

花瀬地区にある農産加工グループ「うんめもんの会」は、昭和58年に公民館の建物が新しくなり、厨房施設が整備されたことに端を発する。せっかく厨房施設が出来たんだし、地区の女性で何か農産加工をしてみようと、まずは味噌漬けを作り始めた。その後、徐々に商品の種類を増やし、いまでは、味噌、餅やふくれ菓子、焼肉のたれにドレッシングと、さまざまなジャンルの商品を取り揃えている。

なかでも一押しは、多い時には1日1,000個作ることもあるというけせん団子。「けせん」とは、この地域に成育する肉桂の1 種。湯がいたよもぎの葉、餅米粉、砂糖を混ぜ合わせて団子状にして蒸し、けせんの葉に包んだものがけせん団子で、ニッキ系の香りとよもぎの風味が絡み合い、独特の味わいが楽しめる逸品である。けせんやよもぎの葉は、地域のお年寄りに集めてもらい、買い取る。すべて自分たちだけで稼ぐのではなく、地域にお金が循環する仕組みを考えている。

作業は週6日、女性8名で行っている。60~70代が中心だが、2年前、40代のメンバーが加わった。世代の循環も徐々に図られつつあるようだ。リーダーの猪鹿倉房子さんは、将来は加工所に農家レストランを併設してバイキング料理を提供したいと話している。

看板の写真
けせん団子
けせん団子

夏と冬、2つのライトアップイベント

錦江町には、貴重な地域資源を活かした2つのライトアップイベントが行われている。

1つは、夏に田代地区(旧田代町)の花瀬公園で開かれるやまんなか音楽会。

平成20年、人口減少、高齢化が合併後もなおいっそう進む様子に危機感を抱いた田代地区の有志数名が立ち上がり、「もう1度田代に元気を取り戻そう!」と都市農村交流による町おこしグループ「錦江やまんなか協議会」を組織した。その協議会のメインイベントとして企画したのが、やまんなか音楽会である。

花瀬公園内を流れる花瀬川の川床は、千畳敷がごとく白い石畳で覆われ、美しい景観を成している。江戸時代には島津斉彬公も訪れ、その景観を愛でたという。

やまんなか音楽会は、お盆前の夜、この川床を使って開催される。一帯を、3,000本の竹灯籠と500本のペットボトルキャンドルでライトアップし、幻想的な光の空間の中、川床にしつらえた舞台の上で、和太鼓やクラシック、島唄が奏でられる。そして締めくくりには、打ち上げ花火と、川に架かる橋からの豪快なナイアガラ仕掛け花火が舞う。光と水と音がふんだんに盛り込まれた壮大なイベントは、2年連続で1,000人以上の来場者を集めており、今年も8月12、13日に開催を予定している。

準備作業は地区住民総出で行う。灯籠に用いる竹切り作業は公民館の活動として、ペットボトルキャンドルの製作は、地区のスポーツ少年団が行う。後述する地域づくりインターンの学生も、この作業を手伝う。

もう1つは、冬に宿利原地区で開催される大根やぐらライトアップイベント。

宿利原地区は寒干大根の産地として知られ、150haの広大な大根畑が広がる。12月から2月にかけては、大根畑に長さ50メートル、高さ7メートルの木組みの櫓が30基建ち並び、収穫された大根が幾段にもぎっしりと吊り下げられる。この光景は、宿利原地区の冬の風物詩となっている。

2年前、地元出身で役場に勤める宿利原さんが、住民と一緒に地域おこしについて考えるなかで出てきたのが、「この大根やぐらをクリスマスツリーに見立ててライトアップできないか」というアイデアだった。クリスマスの時期に合わせて、12月下旬に実施してみたところ、2日間で1,000人を超える集客があった。昨年はさらに増え、1,500人が来訪。豚汁や干し大根が飛ぶように売れたという。

目下、地区では、平成20年に廃校になった中学校施設の跡地利用の検討が進められている。大根やぐらのライトアップを考案した宿利原さんは、「このライトアップイベントが、跡地利用を考えるきっかけになれば」と話している。

うんめもんの会代表の猪鹿倉さんの写真

うんめもんの会代表の猪鹿倉さん

やまんなか音楽会ライトアップの写真

やまんなか音楽会ライトアップ

準備作業の写真

地区住民総出での準備作業

ライトアップ中の大根やぐらの内側の写真

ライトアップ中の大根やぐらの内側

大根やぐらのライトアップシーンの写真

大根やぐらのライトアップシーン

外部との絆を活かしたまちづくり

近年、外部との協働連携による地域づくりの必要性が指摘されている。錦江町では、平成17 年の合併直後より、率先して外部との絆を活かしたまちづくりに努めている。

その1つが、大学生インターンの受け入れである。首都圏の大学生が中心となって運営している「地域づくりインターンの会」を通じて、平成17年度から、毎年夏休みに、2~6名のインターン生を、約2週間受け入れている。インターン生は、町内の民家にホームステイし、農業体験(観光農園、稲刈り、畜産農家の手伝い)、漁業体験(養殖生け簀への餌やり)、イベント手伝い(上述のやまんなか音楽会)を行いながら、錦江町の人情、豊かな自然環境に触れる毎日を送る。そして、インターン生の視点で地域を見つめ直してもらい、ポスターやパンフレットを作成し、発表してもらう。

インターン生を受け入れ始めて今年で7年目。インターン生OBは25名を数える。社会人になったOB生が、友人や両親を連れて錦江町を再訪することも少なくないそうだ。後述のように、町では錦江町ブランドの全国発信を目指しているが、インターン生にも声をかけて、錦江町のセールスマンとして活躍してもらえないかと考えている。

もう1つは、農林水産省の「田舎で働き隊!」事業の受け入れである。「田舎で働き隊!」とは、農山漁村再生支援のために活動を希望する都市部の人材と、新たな人材を受け入れて地域の活性化を目指している団体を結びつける事業。

この事業を通じて、錦江町に派遣されたのは、北海道大学生の井下友梨花さん。井下さんは大学を休学して、平成21年9月から翌年3月にかけて半年間、神川地区に滞在した。

ちょうど神川地区では、地区内の中学校が平成20年3月をもって廃校となり、その跡地利用について検討委員会が設けられていた。井下さんは、検討委員会の事務局として迎え入れられ、検討委員会のとりまとめに努めた。井下さんは、まず会議の進め方についてルールを定め、徹底した。ルールは、「議事録をとり、次の会議までに委員全員に配布する」「会議の冒頭に議題をきちんと確認する」「会議の終了時刻を守る」の3つ。これにより、委員会の進行がきわめて効率的になったという。その他、検討会の審議の経過を「ガンバリだより」と名付けた広報にまとめて地区に配布したり、講演会や視察を企画したり、大車輪の活躍をした。

井下さんは、検討委員会の事務局としての仕事をこなしながら、町内を50ccイクで駆け巡り、多くの住民と接した。住民との交流を通じて、農山村地域の高齢化や後継者不足の現状と、それに負けず自分たちの地域を自分たちでつくり守っていこうと懸命に頑張っている人々の存在を確認した。半年間の滞在を終えて大学に復学したが、その後も錦江町で知り合った住民とは頻繁に連絡を取り合っているという。

こうした都市農村交流の仕掛け人が、現在、役場の総務課長を務める木場一昭さんである。行財政運営が大変ないまこそ人材育成と絆づくりが大事だと考えた木場さんは、まず隗より始めよと、自ら農家民宿「おじゃったもん亭(「おじゃったもん」とは、鹿児島の方言で「ようこそいらっしゃいました」)を始め、都市農村交流を実践している。木場さんのネットワークは海外にも広がり、東南アジアや中国・台湾などの大学生との交流にも自ら取り組んでいる。将来の錦江町の姿について、木場さんは、「高校も大学もない町だけれども、大学生や外国人がフランクに来られるような町にしていきたい」と語る。

農業体験中のインターン生の写真

農業体験中のインターン生

都市農村交流の仕掛け人木場一昭さんの写真

都市農村交流の仕掛け人木場一昭さん(奥から2人目)

錦江町ブランドの全国発信にむけた取り組み

これまで、ブランド米の生産に取り組む集落営農、農産加工に取り組む女性グループ、イベント開催を通じて地域資源を見直そうとしている住民グループ、町外との交流活動の数々を紹介してきた。しかし、これだけ意欲的な活動に溢れていながら、錦江町の知名度はあまり高くないのが現状である。そこで、錦江町ブランドの全国発信に、町あげて取り組んでいる。

役場では、鹿児島県が東京・有楽町に開設したアンテナショップ「かごしま遊楽館」に、今年度から職員1名を派遣している。職員が自ら首都圏の消費者と接することで、町の進める六次産業化、錦江町ブランドの全国発信の手がかりを掴もうという考えである。

役場だけではなく、住民も自ら、錦江町ブランドの発信に取り組もうとしている。

バロック音楽の流れるビニールハウス内で、ブドウの手入れをしているのは、浜田隆介さん。30代にして観光農園組合の組合長を務めるなど、若手農家のホープである。学校を出てから4年間会社勤めをしていたが、亡き父の植えたブドウの木が大きく育ったのを見て、これを息子である自分が収穫しなくてどうすると思い立ち、ブドウ農家に転身した。その後幾度となく苦労を重ねた末、今はブドウとブルーベリーの観光農園、マンゴーの直販で、経営を軌道に乗せることができた。

しかし、浜田さんはもう一歩先を目指して行動を起こした。自分だけで農産物を売りだそうとしても限界がある。錦江町全体を売り出していかねばならないと考え、つい先月、浜田さんと同じく脱サラした同年代の有志3人で、「ハートふぁーむ」という若手集団を立ち上げた。まずは手始めとして、「まるごと錦江町」と名付けたホームページ(http://kinkotown.net/) を開設し、錦江町の日々の話題を発信しているが、ゆくゆくは町内産品の通信販売を手がけていこうと構想を練っている。

役場も浜田さんの取り組みを応援している。今年6月に、役場内に「元気ファクトリー」という組織を設け、ハートふぁーむなど、町内の意欲的な生産者グループと提携しながら、町内の逸品を全国に売り込もうとしている。発起人で事務局長を務める壱崎浩二さんは、役場内にあえて新たに組織を設けた意図として「行政の『公平』『平等』というしがらみにとらわれず、本当にいいもの、おすすめできるもの、町の元気を発信していくため」と語る。

町内外の絆を大切にしながら、かつ旧来のしがらみにとらわれない新たな発想で、地域づくりを展開しようとしている錦江町。たしかに高齢化率は高いが、まだまだ住民の心は若く、意欲に溢れている。

ぶどうの手入れをする浜田さんの写真

バロック音楽の流れるハウスの中でぶどうの手入れをする浜田さん