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北海道厚沢部町/過疎だからこそできる!町民が主体のまちづくり~「素敵な過疎の町」への挑戦~

印刷用ページを表示する 掲載日:2011年5月30日更新
水車公園の写真

水車公園


北海道厚沢部町

2761号(2011年5月30日)  総務政策課政策振興係


はじめに

北海道の南部、渡島半島の日本海側に位置する厚沢部町は、総面積460.42平方km、東西約29㎞、南北約27㎞の広がりをもち、町域は、扇形をなしています。町の中央には、国道227号が東西に延び、車では、函館から約1時間15分、札幌からは約4時間30分の位置にあります。

また、面積の8割以上を森林が占め、ヒバ(ヒノキアスナロ)や五葉松の北限の地であるほか、トドマツの南限地でもあり、南北の植物の両方が自生する学術的にも貴重な地域となっています。加えて、鶉川や安野呂川をはじめ多くの支流を集め、田園地帯を流れる厚沢部川は、水量も豊かで鮎の泳ぐ良好な環境が保たれており、大地に潤いを与えています。

しかしながら、町では、人口減少と同時に急速な高齢化の進行が地域振興上の課題となっています。この課題克服のため、「素敵な過疎のまちづくり基本条例」を制定し、町民が主体となり、「住んでみたい」「住んでよかった」「いつまでも住み続けたい」と思える安全で安心して暮らせる「素敵な過疎のまち」をスローガンに掲げ、過疎地ならではの「つながり」を武器に、町の魅力を高め、移住者と厚沢部ファンの獲得に繋げていく移住交流施策等に積極的に取り組んでいます。

「素敵な過疎づくり株式会社」における移住交流コンシェルジュ業務

田舎暮らしには憧れるけど、移住に踏み切るのは、なかなか勇気がいるものです。そこで、平成21年9月には素敵な過疎づくり株式会社を設立し、移住体験の情報や、町の住民の様子、暮らしに役立つ情報などを、専用ホームページ「ちょっと暮らしナビ」により、町民が参加した動画といったより分かりやすい形で提供しています。

そして、昨年2月に4棟のちょっと暮らし専用住宅が建築され、一軒家をまるごと貸し切って、まるで我が家のように田舎暮らしがお試しできるうれしいプランが厚沢部町に誕生しました。

実際に「ちょっと暮らし」を体験した方の中には、町民との交流等により、厚沢部の魅力を十分に感じ、リピーターとなっている方もいます。

交流事業の「九州女子大学アウトキャンパススタディ」においては、学生がホームステイをすることで、そこで課題を発見し、発表・解決案を提起するといった取り組みを行っています。

また、都会の小中学生が、恵まれた自然環境、農村景観の中、地球規模で環境を学び、大人になる準備としての社会学習や、プチ寮生活で学ぶ人間関係、地元の人たちとの交流等を実施する「夏休み・あっさぶ町大冒険」を企画実行しています。

民間企業・団体と連携し、自然・農業体験などのコンテンツ開発や特産品のPR等を実施し、「根強い厚沢部ファン」の獲得によって、地域経済の活性化を図っています。

厚沢部ちょっと暮らしナビの画像

A棟の写真

趣味や生きがいとともに暮らせる「アトリエ」や土間のある家A棟

B棟の写真

自然とともに心豊かに暮らす場所、テラス&デッキで家族団欒B棟

C棟の写真

広大な緑のロケーションとゆとりの和空間に溢れる住宅C棟

D棟の写真

原野に立つ存在感のある住宅、家庭菜園のスペースも充実しているD棟

メークイン発祥の地における巨大コロッケ

初夏を迎えると厚沢部町の大地は、メークインの花々に彩られます。厚沢部町の風物詩ともいえる広大なメークイン畑ですが、はじめてメークインが試作されたのは大正14年のことです。その後研究が進められるとともに、厚沢部町はメークインの適地として栽培が広がり、全国でも有数の産地となりました。メークイン発祥の地として古くから農業の営みが続けられてきた厚沢部町では、現在も、農業を基幹産業として安全で良質な農産物づくりに取り組んでいます。

毎年、7月はイベントが真っ盛りです。中でもユニークな試みで楽しませる「あっさぶふるさと夏まつり」では、町内の職人が結集し、特産のメークインを使用した、巨大コロッケを製作しています。昨年は、メークイン400㎏を使い、直径3.08mの世界最大のコロッケの製作に成功しました。クレーンで吊り上げ、900?の油で揚げる様子は圧巻です。

世界最大のコロッケの写真

2010年、世界最大のコロッケを制作!

森林資源の有効活用

厚沢部川を中心に森林伐採や川鮭漁などにより拓かれ集落が形成された厚沢部町ですが、林業はその後も豊かな森林資源を活かしながら、農業とともに町の重要な産業となっています。

五葉松の自生地一帯は明治41年に伐採が禁止されて以来、保護が続けられていますが、昔から厚沢部町では森林の持つ機能に対する意識が高く、水土保全、森林と人との共生、資源の循環利用など、樹木や森自体をまちづくりに活かす取り組みを展開しています。

また、未利用森林資源の有効活用のため、クリーンエネルギーとして注目を浴びている「木質ペレット」の普及・利活用に、地元業者・関係機関が一体となって取り組んでいます。

豊かで貴重な森の樹々がやさしく語りかけてくれる「土橋自然観察教育林(レクの森)」は、森林と身近にふれあえる空間として訪れる人々に自然の素晴らしさを伝えています。

また、管内初のオートキャンプ場として平成11年にオープンし、ファミリーで気軽にキャンプを楽しめ、道南を代表するアウトドアの拠点として親しまれているのが「鶉ダムオートキャンプ場(ハチャムの森)」です。厚沢部町の自然体験空間として思う存分に森の魅力を満喫できるのが「レクの森」と「ハチャムの森」。清らかな自然の素晴らしさに、肌で触れてみてください。

レクの森の写真

レクの森:シラカバ並木

ハチャムの森の写真

ハチャムの森

本格芋焼酎「喜多里」

厚沢部のメークイン栽培技術に着目した札幌酒精工業㈱が、平成15年から焼酎用のさつまいも「黄金千貫」の試験栽培に着手し、契約農家と共同で研究を重ねた結果、「北海道では不可能」といわれたさつまいもの本格栽培を実現しました。

また、町民がふだん口にしている水道水は、雨や雪が地下に浸透した湧水(わき水)を水源としています。この湧水は、水道法で定められた滅菌処理のみが施され、水道水として最も良質な状態で一般家庭に届けられます。水源からの取水や水質、各地区への配水など、水道に係わるあらゆる情報は、専用回線を通じ24時間体制で管理されており、徹底した安全確保が図られています。

このように厚沢部町のきれいな水や、さつまいも栽培を可能にした温暖な気候が、焼酎造りに適していたことから、町内鶉に札幌酒精工業㈱厚沢部工場を建設しました。

初の北海道産本格芋焼酎(乙類)は、やわらかな芋の香り漂うさらりとした飲み口で、町内はもとより、道内各地で人気を博しています。

喜多里の写真

初の北海道産本格焼酎「喜多里」

時代の息吹を今に伝えて・史跡館城跡の保存整備

明治元年( 1868) 8月下旬、松前藩は根拠地を福山(現松前町)から厚沢部の「館」に移すことを決断します。

築城作業は、突貫工事で進められ、10月下旬頃には一応の完成をみたようです。11月3日には藩主徳広公が福山城から館城へ移動しました。

その頃、森町鷲ノ木に上陸した旧幕府軍は、すでに五稜郭を占拠し、さらに福山城にも激しい攻撃を加え落城させました。

11月15日、旧幕府軍の館城攻撃が開始され、今井興之丞、三上超順ら松前藩重臣が相次いで戦死する激しい戦いの末、館城は、落城しました。

その後、館城周辺は、農地として利用されてきましたが、北海道における幕末維新期の情勢や、松前氏の歴史を知る上で重要、と判断され、平成14年に国の史跡指定を受けました。現在、町では、史跡発掘事業を進めています。

館城跡の写真

館城跡

伝統芸能「鹿子舞」

今から約5百年前、厚沢部周辺の山々は良質なヒバの森となっていました。室町時代の終わり頃から江戸時代の初めにかけて、ヒバの森を目指して東北地方から多くの杣夫が訪れたといわれています。延宝6年( 1678)、江差に檜山番所が設置されるとさらに多くの杣夫達が厚沢部の山々に入り込み、定住するようになりました。大自然を相手に仕事をする杣夫達は、鹿を山の神として崇拝し、鹿をモチーフにした芸能、「鹿子舞」を創りあげました。鹿子舞は、東北地方北部と北海道南西部に広く分布し、杣夫達の交流の痕跡を今に残しています。

厚沢部町にはかつて6つの鹿子舞が伝えられていましたが、現在では、4地区で保存会が結成され、伝承活動が続けられています。厚沢部の成り立ちをよく示す伝統芸能として、平成17年に町の無形民俗文化財に指定されています。

伝統芸能「鹿子舞」の写真

伝統芸能「鹿子舞」

まちの観光大使「おらいも君ファミリー」

おらいも君は、昭和59年5月11日厚沢部町の地に産声を上げ、以来、厚沢部町のイメージキャラクターとして、活躍しています。

そもそもは厚沢部町を通る国道227号沿いのメークイン・ロードの看板に描かれていたおらいも君ですが、その姿がとてもかわいいと、当時の町活性化集団“明日の厚沢部を考える会”が、ネーミングの公募を実施。昭和60年2月7日に“おらいも君”と正式に命名されたものです。

その後、厚沢部町のPR担当に就任し、ポスターやTシャツ・看板・包装紙等に登場し、平成3年には、着ぐるみとなって登場し、各イベン

妻のさつきさん、娘のポテコちゃんとともに、これからも町をPRし、盛り上げていきます。

おらいも君ファミリーの写真

おらいも君ファミリー

地域で共に支え合う福祉社会を目指して

全国的に高齢社会を迎えているなか、福祉の果たす役割はますます高くなってきています。

厚沢部町では、高齢者の保健福祉サービスの着実な推進を目的とした老人保健福祉計画・介護保険事業計画「あっさぶひまわりプラン」に基づき、住む人に「豊かな田舎暮らし」をサポートし、細やかなこころづかいを大切にしたサービスを提供しています。訪問リハビリや転倒予防教室、痴呆予防・介護教室、生きがいデイサービスなど介護予防事業の充実を図っているほか、健康づくりや生きがいづくり事業を展開し、在宅生活を快適に過ごす上での生活支援事業の推進にも努めています。

平成18年10月には、保健福祉総合センター「あゆみ」がオープンし、地域包括支援センターや訪問看護ステーション、機能回復トレーニングコーナー、リハビリ教室などに利用する多目的ホールなど充実した設備を有しています。この施設を保健福祉活動の拠点として、赤ちゃんからお年寄りまで健康で楽しく過ごせるまちづくりを推進しています。

おわりに

近年の本町を取り巻く社会経済情勢は、人口減少と少子高齢化の急速な進行等、大きく変化しています。

また、地方分権の一層の推進と国家財政の窮迫に伴い、町の行財政運営も一層厳しさが加わるなど、大きな転換期を迎えており、これまで以上に行財政改革を進め、自立できるまちづくりに向けた積極的な施策の展開が求められています。

厚沢部町は、町民と一体となって素敵な過疎のまちを目指し、これらの自然や歴史・伝統文化を保全するとともに、貴重な財産として活用し、住みよい快適な生活環境を形成するために、生活基盤の整備充実や保健・医療、消防・救急、高齢者福祉、子育て支援など、基礎的なサービス機能の充実を図り、町民の定住化と町外からの移住者などの受け入れを促進しています。

清流と森林に囲まれ豊かな自然が息づくまち厚沢部町で、まずは、ちょっと暮らしを体験してみませんか。