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北海道池田町/「十勝ワイン」自治体経営のワイナリー

印刷用ページを表示する 掲載日:2009年7月27日更新
北海道池田町の写真

北海道池田町

2688号(2009年7月27日)  池田町ブドウ・ブドウ酒研究所長 中林 司


ブドウ愛好会とワイン造り

赤字再建団体の町は、丸谷金保(まるたにかねやす) 元町長のアイディアと行動力、指導力によってワインの町となりました。

池田町は開町111年を迎えま した。明治12年以来、水害、冷害、病虫害の苦難の開拓を乗り越え、十勝川と利別川沿いの平野には水田や畑地が 広がりました。、面積372平方キロの7割ほどが海抜100メートルから200メートルの林地です。人口は、昭和30年の約17,000人を最大に過疎が進み、今年4月で、8,000人となりました。

冬のブドウ園の様子の写真
十勝川沿いの冬のブドウ園。「寒すぎる不適地」でも山ブドウは育つ。

昭和32年冷害や地震で赤字再建団体となっていた池田町に、38歳の町長が誕生しました。町長は昭和35年に新農村建設計画を立て、農村青年と共に果物のある農村づくりを目指して「ブドウ愛好会」を結成し、数十品種類の苗木約5千本を自費で購入して栽培を始めました。寒さのため昭和39年にはほとんどが枯れてしまいましたが、昭和37年に農産物加工研究所を設立し、山ブドウがなぜ枯れないのか、品種がアムレンシスでは、と調査を始めました。

山ブドウがワインに適する品種だと判り、昭和38年にブドウ・ブドウ酒研究所を設立、果実酒製造免許が認められ、その試作品は昭和39年8月にハンガリーの国際ワインコンテストで銅メダルを受賞しました。。日本でワインがほとんど飲まれていなかった時代に、1,000年を超える歴史を持つ本場ヨーロッパから認められたのです。求めるブドウは醸造用へと方向が定まり、昭和41年十勝ワイン、十勝ブランデーのブランドで販売が始まりました。

「寒すぎる」不適地でも山ブドウは育つ

冬に覆土した清見種の木を掘り起こしている様子の写真
冬に覆土した清見種の木は春には掘り起こさなければならない。

農水省の果樹農業振興基本方針の「ブドウ栽培に適する基準」では、年平均気温は7度以上。池田町は6度なので1度満たず、最低気温では4度から 9度も満たない気温です。この基準によると池田町はブドウ栽培するには「寒すぎる不適地」なのです。百年と少し前の十勝は原始の自然で、甘い果実は山ブドウかコクワが在来種であり、入植後でもグスベリやユスラウメなどのほか果物は育ちません。山ブドウは、年によって収穫は不安定で、量が少なく品質も一定しません。また種子が大きくて果汁が少なく、梗が弱くて扱いにくく、完熟してもやや酸度が高いという性質があります。

貴重な遺伝資源 耐寒性品種づくり

寒さに強い品種を求めるため、世界から200種ほどを品種導入しましたが、ほとんどは露地では生育できません。導入とはいえ植物防疫所で1年間の隔離栽培を行い、病害虫がないことを確認した上での引き取りになります。クローン選抜法は、自然淘汰や変異を繰り返した同一品種中から、有用な性質を持った株を選抜する方法です。この方法で「清見(きよみ)種」が誕生しましたが、冬は労力を要す覆土が必要で、木をいためる欠点があります。

次は交配法です。導入種を母に山ブドウの花粉を人工交配して、実生を育て選抜します。ですが交配から果実が得られるまで少なくとも3年、これを挿し木で増やして畑で栽培するまで3年、得られたブドウをワインにして酒質を判断するのに5年、さらに農家に普及するには耐病耐虫性や栽培適性と収量性の改良も必要です。ブドウが育たないといわれた地域で品種を開発するには大変な年月を必要とします。

牛の丸焼きの写真
毎年10月第1日曜日に開かれるワイン祭りでは、牛の丸焼きが人気を呼ぶ。

これまでに2万種を超える交配種を育て、昭和50年に荒廃したIKI567は最初に普及した耐寒性品種で、「清舞(きよまい)」と命名して平成12年に農水省に種苗登録しました。酒質は母親の「清見」似で、商品は交配から23年後の平成10年に本格販売しました。二番目は、山ブドウ似のIKI3197で「山幸(やまさち)」と名付け、平成18年に登録、平成15年から同名のワインを販売しています。他に戻し交配した改良種や多くの個性的な品種が出番を待っています。

平成15年に池田町ブドウ・ブドウ酒研究所は、日本ブドウ・ワイン学会から「耐寒性ワイン用ブドウ品種の育成とその醸造」が評価され、学会初の「2003年度ASEV学会技術賞」を受賞しました。

売れないワイン 地産地消と観光

昭和39年に十勝ワインが世界で認められたと言っても、当時地元ではワインは酸っぱくて渋いと不評で、むしろ海外経験者の多い東京から評判となり始 めました。本格ワインを楽しむには、まず食生活を見直すことが必要と、町では肉の料理法や洋食マナー講習を始め、昭和45年には役場庁舎に町営レストランを開店しました。昭和49年にはワイン工場とレストランの複合施設、「ワイン城」を建設。ヨーロッパの古城に似た外観は、町のシンボルとして新たに観光の役割を持ち、平成16年には新しい工場を、平成17年には地元出身の吉田美和さんの音楽グループ「ドリームズ・カム・トゥルー」のギャラリー」を開設して、リニューアルしています。

地域農産のブランド 「いけだ牛」とレストラン

町は昭和45年ワインとの相性の良い牛肉の振興のため、多頭飼育実験牛舎や大規模な育成牧場を整備し、昭和55年から褐毛和種を導入しました。年から褐毛和種を導入しました。町内で生産から処理、流通まで一貫した体制が整い、生産者は平成7年からA5の品質を産出して、「いけだ牛」のブランドが確かなものとなりました。町営レストランで「いけだ牛」を楽しめましたが、ブランドが高まると材料費も上昇します。これまでレストラン事業の収益は他会計への繰り出し、35年間の累計で9億円を超えましたが、平成20年に民間に移行し、残った精算金1億5千万円は一般会計へ引き継ぎ、レストラン事業の役割を終えました。

変化する魅力と交流するまちづくり

昭和50年には都会と地域の子供が交流する宿泊施設、町営「まきばの家」がオープンし、炭で焼く牛肉のバーベキューと町民還元用ロゼが人気で、多 くの利用がありました。昭和60年代までには、「音楽キャンプ」や民間施設の開業、ワイン販売が相乗的に働き、観光の地域づくりがすすめられましたが、 類似の施設が全国各所にでき利用人数は減少しました。

日本ブドウ・ワイン学会2003年学会技術賞の楯の写真
日本ブドウ・ワイン学会2003年学会技術賞を受賞

町は平成11年から私設を民間に貸与しましたが、誘致企業が「まきばの家」に隣接して羊の牧場を整備し、平成18年からはレストランの開設や、牧場とタイアップしたシープドックショーや日本最大の羊の移動ショーなど「風と羊の丘まつり」が開かれた人気を呼んでいます。

また、昭和47年には、ヨーロッパのブドウ生産と生活を見て回る第1回のワインツアーが始まり、平成12年までに15回開催しました。341人のツアー経験者は、ワインがもたらす豊かな生活文化の理解者となり町づくりの実践者、応援者となりました。国内では「ふるさと池田会」や「十勝ワイン友の会」など全国に多様な交流のネットワークが作られ、また平成16年からは、十勝ワインや池田町のことを知る「十勝ワインバイザー」の認証制度が始まり、全国に新たな交流が広がっています。

赤字の出せない公営企業 熟成は財産

池田町には水道、病院、と畜場事業の他、ブドウ・ブドウ酒、レストラン、まきばの家、食品、牧場、町有林事業の公営企業の事業がありました。平成13年まで「企業部」という組織で事業を進めていましたが、廃止したものや一般会計に戻った会計があります。売ることの難しさや、地元産物から安価な商品やサービスを作り出すことの難しさを経験してきました。

アイスワインの原料となる山幸を収穫している様子の写真
マイナス15℃の早朝、アイスワインの原料となる山幸を収穫

法によると自治体の企業会計の経費は一般会計からの繰入れで収入にあてることができるとなっていますが、ブドウ・ブドウ酒事業にはこれまで繰り入れを受けたことはなく、逆に累積で20億円ほどを一般会計に繰り出して体育館やホールの建設や歩道の整備などの自主財源としています。

赤ワインがおいしくなるためには熟成が必要ですが、池田町のブドウはその期間は長めです。ブドウが収穫されてから、ワインは樽とビンで熟成し4~5年を、ブランデーでは15年から 30年もの時を経過しますが、この間は農家に支払ったブドウの費用を現金化できずにいます。熟成中の酒類は、会計では貸借対照表上の流動資産であり、現在は数億円になっています。

ブドウの奨励とワインの競争

町では昭和46年にブドウ栽培振興奨励条例を制定して3年目までは奨励金を、災害には補償金を交付して農家の生産を奨励していますが、生産農家が減少しています。これは十勝の農業は大規模機械化経営が主流であり、ブドウ栽培は比較的高収益なのですが、人手に頼る作業のため新規参入が少ないためです。「清舞種」「山幸種」は手間がいらず省力化ができ、今後栽培面積の拡大が期待されています。

ブランデー原酒の写真
熟成25年のブランデー原酒

世界ではワインは生産過剰気味ですが、嗜好品のため高価なワインがあります。フランスのワインが高い価値を数百年間保ち続けているのは、厳しい制限の歴史があるからです。最近は人工衛星のデータから品種別に栽培適地を割り出し、徹底した科学的手法を持ち込む企業があります。適地適作の世界的な分業によりフランスの銘醸ワインをお手本とした低価格品が産出されています。

ブドウの1㎏の価格は、池田町は平均270円、山梨県の甲州種は平均170円、アメリカのシェナン・ブラン種は平均26円であり、途上国では価格が10円にもならないところがあります。どうしたら世界と争える安価なワインが造れるか、価値ある質が生み出せるか、大きな課題に取り組んでいます。

新製品十勝ワイン「とかち野」の写真
新製品十勝ワイン「とかち野」

池田町では、平成20年に熟成期間を短縮して価格を抑えた「十勝ワインとかち野」を発売し、また、氷点下15度で収穫した山幸のアイスワインを新発売し好評を得ています。

町営企業も創業46年となりましたが、経営の基本はお客様に満足いただける商品とサービスを提供することに尽きます。目的は地元の理解を得て、園芸作物としてのブドウ生産を農業経営の一角に定着させることであり、必要な費用は研究費です。

町営だと甘えてはいけないのですが、町民や地元の皆さんには随分と応援をいただいています。まずは地産地消で、町民のワイン消費量は国内平均の数十倍と言われ、商品の感想やアイディアをもらえます。また、ワイン祭りなどイベントでの奉仕や、秋には企業、団体、サークルや中学生など、多くの皆さんが町のブドウ園のブドウをボランティアで収穫してくれます。

池田町のワイン事業の株主は町民、株主会議は町議会、蔵に眠るワインは町民の共有財産です。ワイン事業は、経営手法も検討しながらも事業を維持することが町全体の総意ですが、町民が経営に関係し支える永続的事業として維持・発展させることが大切です。農家や商店、地域で決定権を持つ経営者が減ってはいますが、自立の一助として、地元産物を原料とした付加価値物産を追求し、ものづくりの挑戦を続けています。