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長崎県東彼杵町/日本一の「そのぎ茶」を世界へ ここでしか体験できないツーリズム

印刷用ページを表示する 掲載日:2018年4月23日

イギリス人の参加者を中心としたインバウンドツアー「将軍トレイル」

イギリス人の参加者を中心としたインバウンドツアー「将軍トレイル」


長崎県東彼杵町

3037号(2018年4月16日) 東彼杵町長 渡邉 悟


クジラ文化が息づく長崎街道の旧宿場町

長崎県のほぼ中央に位置する東彼杵町は、古くより人・モノ・情報が交差する重要な場所でした。かつては長崎街道の宿場町として、また平戸街道の起点として、幕末の志士や商人、時には外国からの来訪者たちの往来があり、大変賑わいました。

江戸時代初めから明治にかけては、西海捕鯨の中継地として栄え、ここに陸揚げされた鯨肉が九州各地へと流通されました。現在も町内では、長崎県内で唯一となる鯨肉の入札会が行われており、販売店や鯨料理を提供する飲食店も多数。‟クジラの町”は健在です。

また、大村湾にはクジラの仲間のスナメリが300頭ほど生息するといわれています。「青春18きっぷ」のポスターに採用されて以来、全国から注目を集めるJR千綿駅では、スナメリが穏やかな海面を割って元気に泳ぐ姿がたびたび目撃されており、レトロな駅舎を茜色に染め上げる夕日とともに、訪れた人たちの楽しみになっています。

風光明媚な地で育まれた希少なお茶

東彼杵町は年間を通して温暖な気候です。平野部から山間部まで肥沃な農地が広がり、お茶やみかん、いちご、アスパラ、肉用牛、米などの農産物が生産されています。中でもお茶は「そのぎ茶」としてブランド化され、長崎県を代表する名産品のひとつになっています。

大村湾を一望する標高150〜350mの高台や緑深き山間の斜面地に、そのぎ茶の茶畑はあります。総面積は約400haで、長崎県内の茶園面積の55%を占めています。町内のそのぎ茶農家約270戸により、年間約440tの荒茶が生産されていますが、これは県内産の60%を占めています。

そのぎ茶は、伝統ある手炒り釜炒り茶の流れをくむ長崎玉緑茶のことで、仕上げの製法から蒸し製玉緑茶と呼ばれています。全国の緑茶生産の約3%のシェアしかなく、とても希少なお茶となっています。外観は煎茶と異なり勾玉のような丸っこい形状で、味わいも渋みの少ないまろやかな旨みが特徴です。

「こんなに甘いお茶があったとは」「玉露みたいに綺麗な緑色」など、初めて口や目にする人達の感想は概ね好評です。この美味しさをもっと多くの人に知って欲しいと、そのぎ茶振興協議会をはじめ、町内の関係者はそのぎ茶のブランド確立とさらなる普及を目指して、イベントやキャンペーンでのPR活動などの取組を行っています。

2016年7月、東彼杵町は「且座喫茶条例」を制定しました。「且座喫茶」とは、「ゆっくり座って、お茶をいかがですか」というおもてなしの心を意味する禅の言葉です。この条例は、祝いの席や宴会、会食などあらゆる機会に、水出し冷茶をグラスで乾杯する習慣を広めようというもので、平たく言えば、お茶の乾杯条例です。日本酒の乾杯条例は全国にありますが、お茶では大変珍しい条例です。また、子ども達がお茶に触れ合う機会を増やし、おもてなしの心や郷土を愛する心を育むなど、そのぎ茶の消費拡大による地域産業の発展および郷土愛への理解を深めることを目的としています。

標高の高い場所に多いそのぎ茶畑。朝夕の寒暖の差、霧の発生はお茶に好条件

標高の高い場所に多いそのぎ茶畑。朝夕の寒暖の差、霧の発生はお茶に好条件

お茶で乾杯。そのぎ茶の普及促進などを目的とした「且座喫茶条例」

お茶で乾杯。そのぎ茶の普及促進などを目的とした「且座喫茶条例」

お茶で乾杯が続く日本一ラッシュ

長崎県で初開催となる「第71回全国お茶まつり」の一環として、全国のお茶の中から日本一を決める「全国茶品評会」が2017年9月に行われました。東彼杵町では、4年前の2014年からここに焦点を定め、そのぎ茶農家と関係機関が一体となり、茶園づくりから製造研修など品評会対策に取り組んできました。2016年3月には町が出品茶用に製茶研修工場を新設。また、雑味が出ず、見た目も綺麗に揃うことから、複数の生産農家が約20年ぶりに茶葉の手摘みを復活させたところ、多くの町民がボランティアとして参加し、町を挙げて悲願の日本一を応援しました。

品評会ではその努力が実を結び、「蒸し製玉緑茶」の部門でそのぎ茶を生産する東彼杵町が産地賞を受賞し、初の頂点に立ちました。さらに、個人の最高賞となる農林水産大臣賞を本町の尾上和彦さんが受賞し、2つの日本一を獲得。入賞は1等1席の大臣賞を筆頭に、1等8席中で5席を占め、2等・3等にも12名が入賞を果たすなど、本町のそのぎ茶農家が上位を独占する好成績を収めました。

入札販売会では、21都府県から約160名の茶商らが参加し、尾上さんのそのぎ茶は1kg当たり25万円もの高値がつきました。2位にあたる1等2席だった大山良貴さんのそのぎ茶も、1kg当たり20万円の高値で落札。いずれも過去15年での最高値を上回り、上位者のお茶は軒並み高評価を得ました。

お茶で乾杯が続きます。東彼杵町で2017年11月、「第34回全国茶生産青年茶審査競技会」が行われました。この競技会はお茶の品質を鑑定する技術を競うもので、出場者は茶葉の外観、香り、味を確認しながら産地や品種を判断します。今回は地元での開催ということもあり、品評会同様に目標は日本一。結果は、4回目の挑戦となるそのぎ茶農家、大場真悟さんが個人の部1位の農林水産大臣賞を獲得しました。

さらに、12月には日本茶インストラクター協会などが主催する「日本茶AWARD2017」で、東彼杵町の茶商である岡田商会(岡田金助社長)の蒸し製玉緑茶が、最高賞の日本茶大賞(農林水産大臣賞)に選ばれました。「日本茶AWARD」は2017年で4回目の開催。‟古くて新しい日本茶の品評会”として、最終審査で一般消費者のテイスティング審査があるのが特徴です。今回の受賞により、専門家だけでなく、一般消費者からも高い評価を受けて、本町がお茶の産地として優れていることが証明されました。最高の一年を締めくくる祝杯となりました。

日本一獲得のためにボランティアや県・JAの職員などが手摘みで応援

日本一獲得のためにボランティアや県・JAの職員などが手摘みで応援

全国茶品評会で見事日本一に輝いた尾上和彦さんと奥さんの美紀さん

全国茶品評会で見事日本一に輝いた尾上和彦さんと奥さんの美紀さん

海外へ挑む“6人のサムライ”

江戸時代末期、誰も考えつかなかったお茶の輸出で、その名を馳せた人物が長崎にいます。それが女性商人の大浦慶で、彼女はイギリス商人と手を組み、肥前の嬉野や彼杵をはじめ、九州一円から大量に集めたお茶を、長崎出島からアメリカ、ヨーロッパへ輸出しました。これがお茶輸出貿易の先駆けと言われています。

大浦慶により、早くから海を渡っていた長崎のお茶。時を隔てた現在、釜炒り製玉緑茶は蒸し製玉緑茶へと製法が変わり、そのぎ茶農家の後継者6名が中心となり、オランダやベトナム、シンガポールなど海外へのプロモーションを活発に行なっています。日本一に輝いた尾上さんと大場さんも、そのメンバーです。彼らは「TSUNAGU SONOGI Tea FARMERS」というユニットで、輸出に向けての新商品開発や英語表記のHP、パンフレットを制作。新商品は、6名のそれぞれの個性を出したお茶を集め、おしゃれなパッケージに入れて販売しています。外国人もそうですが、感度の高い日本の若者・女性もターゲットに、ペットボトルではない、本物のお茶をカジュアルに楽しんで欲しいという狙いがあります。

お茶の輸出で巨万の富を得た大浦慶は、新しい時代へ駆け上って行った坂本龍馬をはじめ、陸奥宗光や大隈重信など幕末の志士たちへ、惜しみなく援助したことでも有名です。日本一となったそのぎ茶はさらなる高みを目指して動き出しました。‟6人のサムライ”による新たなチャレンジには、女傑のお慶さんも目を細めて見守り、夢を託しているかもしれません。

岡田社長(右)と受賞茶の製造を担当した岡田浩幸さん(左)が渡邉悟町長を訪問

岡田社長(右)と受賞茶の製造を担当した岡田浩幸さん(左)が渡邉悟町長を訪問

切磋琢磨しながら積極的に海外進出を図る「TSUNAGU SONOGI Tea FARMERS」

切磋琢磨しながら積極的に海外進出を図る「TSUNAGU SONOGI Tea FARMERS」

お茶どころならではのグリーン・ツーリズム

2代目、3代目と受け継ぎ、後継者が頼もしいそのぎ茶農家ですが、親世代もまだまだ元気。長年のお茶づくりで培った技術は重宝され、繁忙期には大きな戦力として一線で活躍しています。外国人にそのぎ茶をPRする取組も、実は親世代の方が先に進めていました。

ここ数年、農山漁村の活性化などを目的に、全国各地でグリーン・ツーリズムが盛んに行われています。もともとは長期バカンスを楽しむことの多いヨーロッパで普及した旅のスタイルですが、日本でも従来の物見遊山的な観光に代わり、テーマ性のある体験・交流の要素を取り入れた着地型観光として定着しました。

長崎県のグリーン・ツーリズムは松浦市や南島原市、大村市などが全国的にも有名です。その中で東彼杵町は後発となりますが、2015年10月31日(日本茶の日)、東そのぎグリーンティーリズム協議会を設立しました。その中心となっているのが、息子たちへ経営を譲ったそのぎ茶農家の親世代です。

東彼杵町は全国的に有名な観光地ではありません。だからこそ、お茶をはじめとする豊かな農水産物、そして、そこに携わる人たちの魅力を生かして観光客を誘致し、交流を楽しむことのできるグリーン・ツーリズムは、町の観光施策として重要な位置づけでした。

グリーン・ツーリズムを推進していくためには、農林漁業体験を提供する地域の団体・組織が不可欠です。しかし、この立ち上げがなかなか難しく、あっという間に十数年が経過。そんな折、そのぎ茶農家の多い中尾集落で意見交換会が行われました。後継者が独り立ちし始め、若干の余裕の出てきた親世代がグリーン・ツーリズムの体験実践者になり得るのではないか、そんな思いが町にはありました。

2013年、中尾集落の全世帯へ声をかけてバスを貸し切り、南島原市へ視察・研修に。これを皮切りに、大分県の安心院や福岡県の八女など先進地で研鑽を積み、東彼杵町初のグリーン・ツーリズム組織の設立へいよいよ機運が高まりました。町と地域をつなぐ中間支援の位置には、地域おこし協力隊(現東彼杵町ふるさと交流センター)が入り、組織の骨組みを固めました。設立後は、すぐに3軒が農家民泊の営業許可を取得し、宿泊施設のなかった町で長く滞在する仕組みもできあがりました。

昭和3年に開業したJR千綿駅。駅舎の向こうには大村湾の絶景が広がる

昭和3年に開業したJR千綿駅。駅舎の向こうには大村湾の絶景が広がる

有名観光地にない「そのぎ茶」の田舎体験

2016年の3月からはイギリスの旅行会社とご縁があり、インバウンドツアー「将軍トレイル」がスタート。このツアーでは、成田や羽田空港に到着した外国人旅行者が、日本を約2週間かけて陸路で縦断し、東京や箱根、京都など観光ゴールデンルートを巡り、最終地の福岡を目指します。既存のルートでは、広島から長崎市内へ入り、平戸まで向かっていましたが、2016年のツアーより東彼杵町で3時間の滞在が組み込まれました。

短い滞在の中で、JR千綿駅のスナメリ・ウォッチングから始まり、そのぎ茶農家による茶畑ガイドウォークやお茶の美味しい淹れ方ワークショップ、農家ランチを提供。日本の有名な観光地を巡った後に、緑の多い田舎に入るからか、強烈なインパクトがあるようです。参加者のアンケート結果では、そのぎ茶を通じた地元の人との深い交流や茶畑景観についての評価が高く、印象に残った場所として「京都、富士山、東彼杵町!」といううれしい声もありました。

1回のツアーの参加者は15名ほど、年間で200名以上の外国人旅行者が、そのぎ茶農家と交流しながら茶畑を歩き、急須で美味しいお茶を淹れるなどの〝グリーンティーリズム〟を体験。ツアーは好評につき、2017年、2018年も継続して行われています。

政府は、観光を成長戦略の大きな柱のひとつに位置づけ、地方創生の切り札としています。特に、インバウンドの推進には力を入れ、世界が訪れたくなる日本を目指して、訪日外国人観光客数を2020年までに4,000万人、2030年までに6,000万人に増やすという目標を打ち出しました。

東彼杵町ではそのぎ茶を観光の資源として、若い世代が海外へプロモーションを仕掛け、その親世代が外国人旅行者を受け入れておもてなしをする、この2つの層を構築できているのが強みです。これからは日本一の称号と希少性の高さも十分売りにし、世界が飲みたくなるそのぎ茶、そして世界が訪れたくなる東彼杵町を目指して、且座喫茶の精神でお客様をお迎えいたします。

そのぎ茶農家で、日本茶インストラクターの大山英子さんがレクチャー

そのぎ茶農家で、日本茶インストラクターの大山英子さんがレクチャー

山の中の茶畑でガイドウォーク。質問は多く、日本茶への関心が高い

山の中の茶畑でガイドウォーク。質問は多く、日本茶への関心が高い