大学との連携事業による田植え体験
地域に伝わる田植え唄で学生を励ます
2633号(2008年3月10日)
町長 矢田 治美
山陰への玄関口である岡山駅から特急で1時間半。車窓に中国山地の渓谷を眺めていると車内放送が「山陽と山陰の分水嶺」を告げる。やがて暗いトンネルを抜け出すと同時に電車は高原の風を受けて、日本海へとスピードを早めながら滑り始めて行く。
新緑の野山と春の田園風景に心ときめく
戦時中に家族をこの地へ疎開させ、幾度となくこの地へと足を運んだ井上靖は、この土地を「天体の植民地」(神々が住みたくなる地)と称し、地域住民との親交を深めていた。
また父の生誕の地・矢戸(やと)との出会いを求めて幾度となくこの地を訪れた松本清張は、「記紀の国」と称し、この地の親族との語らいの中でも故郷への想いを語っていたという。
昭和34年に総理大臣勧告を受けて誕生した日南町は、面積340平方kmと鳥取県の約1割を有する。伯耆(鳥取県)出雲(島根県) 備後(広島県)備中(岡山県)國の人とモノが交流し、たたら製鉄・クロム鉱山等の盛況の歴史を持つ地域でもある。
しかし誕生時には約1万6千人いた人口は現在6千人余り。基幹産業として位置づけてきた農林業とともに電気・繊維・建設業等の不振により雇用を減らしつづけてきた結果である。
平成の大合併に際し、当初西部圏域2市12町村の大型合併をにらんでいた日南町は、1市の単独宣言を受け、財政力指数、県民所得、 人口密度ともに県内最下位で県庁から一番遠い町でありながら単独自立を選択した。以来生き残りのための徹底した行財政改革に邁進する動きが急激なスピードで始まる。
見直し事業は全部で78項目。身の丈にあった財政を目指し、一般会計予算を70億円から50億円規模に絞る。職員を2割削減し、給与も現給保証なしの5%引き下げ、日当旅費の廃止、時間外手当の減額など。特別会計も施設整備は町負担、維持管理は利用者負担のルールを明確化し、官民協働により住民にも自立と参画と負担を求めた。
日南町林業まつり
しかし全国の中山間地域がそうであるように、日南町の高齢化率は現在44%。人材過疎も深刻である。住民自治・コミュニティや地域経済の根幹にまで影響を及ぼさざるを得なかった「改革の痛み」に、一時住民の間には支えを失った失望感が漂ったのは言うまでもなく、これに対して町は住民の自立に向けた自治組織の強化策を提示した。従来の自治組織を形成した213の班(基礎集落)・35の自治会を束ねる形で7つの「まちづくり協議会」を結成。拠点となる地域振興センターを設置し、事務職員を配置した。従来町が自治会に支出していた補助金に加え、新たな交付金を同協議会に一括交付し、原則使い方は住民の自主的な判断に委ねることとした。スタートし2年、住民の動きに目を瞠る結果は出ていないが、徐々に変化が見られ、いくつかの新しい動きが始まっている。
児童数の減少による小学校の統廃合も大きな課題となった。 09年には全町で児童数200人という現実。小学校を、教育の場のみならず地域の拠点として捉える住民。8校(統合して現在6校)の保護者・地域住民との議論を重ね、1校統合の方針を確認し、21年度統合が決定している。
日本が本格的な高齢化社会に突入しようとする今、日南町はその次に訪れる環境下で新たな社会システムを模索する取組みに移っている。「30年後の日南町の姿プロジェクト」。いわば厳しい少子高齢化の中で持続可能な社会システムを構築しようとする取組みである。
高い高齢率を示す日南町だが、実は65歳以上の高齢者の実数は4年前から減少を始めている。認知症・寝たきり等の出現率が飛躍的に高まる後期高齢者(75歳以上)の実数も数年後にはピークを迎え、以後減少を始める。また、このまま推移すれば高い合計特殊出生率は維持しつつも、少子化はさらに顕著になることが予測される。
30年後には3千人台前半とされる人口推計。人口ピラミッドはエノキダケの型となる。
半世紀にわたって続いてきた若年層の流出を食い止めることができない流れが歪な社会の到来を予言している。数年前から日南町をフィールドとして活動している京都大学を中心とする国立大学や民間シンクタンクの研究者と町内各層の識者、そして30年後に町を担うであろう若い事業者や庁内職員を加え、3年間かけて構想・実施計画を練っている。
運賃200円均一で6路線の運行を業者に委託する町営バス
アウトカム項目は、「しごと」資源を活かした産業の進化・資源を無駄にしない持続可能な産業。「くらし」安心安全な暮らしができる町。「たのしみ」日南町のスタイルを誇りとし発信する町。更に「しごと」には、人材育成確保、雇用、新分野、ブランド化等。「くらし」には、暮らし易さ、健康、地元消費、生涯就業、生活支援、新規居住等。「たのしみ」には、集客交流、文化スポーツ、自然環境、後継者確保等。これらの項目を5年毎にいくつかの指標を設定して管理していくこととなる。
町内各層で開かれたワークショップでの議論を基に町民・事業者・行政等が参画し分担して進めてきたロジックモデルは、来年策定予定である第5次総合計画の骨格をなすものでもある。
前述したように、日南町が抱える課題は山積みである。そして課題に対応する基礎的要素が不足している現実も認識している。この現実とどう向き合うのか。その議論・検討の末に大学との連携がある。いわば「大学のお知恵拝借」であり、「お互いのメリットを活かした連携事業の展開」である。
鳥取大学医学部は、半世紀にわたり日南町を研究フィールドに活動しており、学術的な基礎データを共有し合った特別な関係を有し、他学部の研究者も長い活動実績を持つ。隣県で1時間半のエリア内に位置する島根大学にも十数年の間柄にある研究者が多い。両大学以外にも京都大学・大阪大学・愛媛大学・専修大学・法政大学・明治大学等々長いお付き合いの研究者も多い。
まず鳥取大学と島根大学。日南町からの申し入れに対して、国立大学法人としての大学側の思いが一致し、鳥取大学は06年3月に、島根大学は07年2月に連携事業がスタートした。研究者は勿論のこと、学生は田植え・稲刈り・草刈り等の農林業実習や農村調査等の実習フィールドとして地域に入り、夜は民泊できるホストファミリーを中心に町民との草の根交流も盛り上がりを見せている。
特に相互の窓口を飛び越え、地域のイベントや行事に住民並みにかかわる学生も出現しているし、積極的に地域課題への対応や地域資源の活用といった視点で研究者・学生と集落住民の交流が活発化し始めており、地域づくりや産業振興など町民の自発的な取組みに期待がかかる。
町が抱える行政課題では、先ず前述した小学校統廃合の問題。09年度には1校200人規模にする検討の場に、町民とともに両大学から学校部長・教育学部長の両氏に参画を要請し、小中一貫教育と廃校舎活用等に方向を定めることが出来た。
また鳥取大学は、付属病院と町立病院を結ぶ遠隔地医療診断システムの稼動。文化事業の定期開催と付属施設間の連携事業。町営バスのダイヤ構築に向けた社会実験への助言・協力。生態系地域資源の基礎調査と保全活動への指導・協力。更に07年度から持続的過疎社会形成研究プロジェクトを立ち上げ、学部横断により7つのテーマで研究が進められている。
島根大学は、集落の維持・基礎的集落エリアの調査研究。歴史的・産業的遺産、伝統的民族文化資料の整理・評価。行政財産の管理システムを含めた林業・木材・バイオマスエネルギー活用施策への協力。不在所有者にかかる不動産の地域での管理運営システムの検討。等々の研究が進められている。
第11回ふるさとイベント大賞」奨励賞を受賞した「おろちマラソン全国大会」
町は07年度から鳥取大学の社会貢献推進課に職員1人を派遣し、事業の調査研に携わっているし、島根大学には職員2人を聴講生として通わせ、08年は研究生と大学院への職員と教員の派遣を計画している。
「地域包括型の保健・福祉・医療の連携」を前提に、「町内の道路は病院の廊下。各家庭は病院のベット」と「町は大きなホスピタル」を院是とする町立日南病院は23年連続で黒字経営を続ける。住民が安心して暮らせるコミュニティづくりの柱である。
戦後進めてきたスギ造林の蓄積材積は500万立米。年間12万立米以上の成長量を示し間伐期を迎えたのを受け、木材団地を造成し、単版積層材LVLを製造する木材加工工場やチップ工場や木材市場が集積し、山の元気を取り戻し、木の町の復活にかける。
加えてバイオエタノールや熱利用による産業創設等、バイオマス エネルギーへの取り組みも始まっている。今後地域産業の活性化は、これらとの連関が柱となろう。
日南町は、地域格差の現実と小規模な基礎的自治体のあり方の議論に不安を抱えながらも、持続する地域社会の形成を目指し、地域の資源を活用しながら、多くの知恵を絞りながら、果敢に挑戦する取組みを続けていく町でありたい。