農業体験修学旅行の受け入れ風景
青森県南部町
2589号(2007年2月12日) 農林課グリーン・ツーリズム 推進室主査 横山 悟
あるテレビ番組を連想させる語感から、「達者村とは、南部町内に特別なエリアを設けて施設整備を行い、テーマパーク化するもの」と思われがちですが、実はそうではありません。
達者村とは先人達から受け継いできた歴史や伝統、文化、そしてここに住む住民達の温かい人柄を、かけがえのない地元の財産として活用することにより首都圏等の方々との交流を深め、親密な達者村・南部町のファンを増やしていこうという交流促進事業です。この事業では、南部町を「達者村」という疑似農村(バーチャル・ビレッジ)と置き換えることで特徴を打ち出しつつ、お出でになったお客様はもちろん、お客様との交流を通じて地元の我々も達者(健康・物事への熟達)になろうという「達者の循環」を実現し、交流を通じて地元のファンになっていただいた方々に、将来的には長期滞在や定住していただくことを目標とするなど、従来のグリーン・ツーリズムの概念のほか、その先を見据えた新要素を加味しています。
このレポートでは、青森県と南部町、地域住民が一体となり実施している達者村事業について、開村の背景や具体的取り組み内容、そして将来展望等についてご説明いたします。
私たちの住む「南部町」(なんぶちょう)は、平成18年1月1日に青森県の南東に位置する名川町、南部町、福地村の3町村が合併して誕生した人口約2万2千人、世帯数約7千3百世帯の農業を基幹産業とする町です。
東北新幹線の始発・終着駅である八戸駅から、車で約15分と良好な交通環境を有しており、「南部小富士」の異名を持つ名久井岳や、中央部を流れる一級河川馬淵川に代表される豊富な自然、そして今から約800年前にも遡る「南部藩発祥の地」であり、鎌倉執権北条時頼公が開基した「白華山法光寺」をはじめとする数々の史跡や文化を擁するなど、各種交流資源にも恵まれています。
雄大な名久井岳と母なる馬渕川の流れ
青森県内では比較的雪の少ない地域であり、また周囲を山々に囲まれた盆地にある当町においては、温暖な気候条件を生かした果樹栽培や稲作・野菜作りが盛んで、特に「佐藤錦」に代表されるさくらんぼや、洋梨の「ゼネラル・レクラーク」、当町原産で全国の主力品種であるにんにく「ふくちホワイト六片種」、鮮やかな色や独特の風味が人気の食用菊「阿房宮」など、品質・収量ともに優れた農作物が収穫される農業の町として広く知られています。
グリーン・ツーリズム活動の歴史を見ますと、農産物直売施設や市民農園のオープンなど多種多様な取り組みがなされており、これら一つひとつが現在の達者村事業の基盤となっていることは明らかでありますが、特に「グリーン・ツーリズム」の言葉や概念さえも存在していなかった昭和61年に旧名川町で始まった「さくらんぼ狩り」にその原点を見ることができます。
当時既に県内一の収穫量を誇っていた特産品のさくらんぼを地域振興の起爆剤とするべく、お客様を直接町内の観光園内に招き入れ、樹からもぎ取り、お腹いっぱい味わっていただくイベントとして開催したところ、予想以上の好評をいただき、個々の農家と消費者の交流が生まれ所得の向上が図られたことで、農家個々が新たな「農業ビジネス」に目覚め、後に数々のグリーン・ツーリズム事業が生まれ、交流の輪を町内外にまで広げていくきっかけになりました。
交流を軸とした地区住民の活動は、平成5年度から現在まで続いている首都圏中高生の農業体験修学旅行生の受け入れや、平成14年度からの農作業体験と観光をミックスさせた「農業観光」の取り組みを生み出すなど、着実に裾野を広げ交流人口を増やしてきましたが、それと同時に関係者の間では「地元にある素晴らしい資源をより幅広く活用した交流を図りたい」という思いが募っていました。
その頃、青森県においては従来の観光地巡りの旅行ではなく、そこに住む人々の生活や文化に触れていただくことで得られる「感動」や「知的体験」にスポットを当て、これを動機付けとしたリピーターを創出しようと「あおもりツーリズム構想」が練られていましたが、それを具現化するものとして「あおもり達者村開村モデル事業」が計画され、開村の地として旧名川町に白羽の矢が立ったのです。
県と町、双方が共働しコンセプトの実現を図っていきたいという要請に、町もこれを快諾し、県と町の意志が合致し「両想い」で始まった事業はスムーズに、エネルギッシュに発進し、その勢いは衰えることなく現在にまでつながっています。
達者村開村式の様子
達者村推進体制図
達者村は、平成16年10月9日に三村青森県知事をはじめとする関係者など、約500人の参加のもと盛大に開村を迎え、その後様々な活動を重ねつつ今に至っていますが、そもそもは、県が作成したカラーコピー5枚から成る「達者村モデル構想」から始まっています。
同構想では県内の観光客の動向や対象とするべき主なターゲット、事業のロードマップなど、観光的トレンドを踏まえた大まかな方向性が定められていますが、この構想に沿った形で地元関係団体の代表者や庁内関係課の職員等による協議を重ね、また青森県が鉄道事業者や大手旅行エージェントなど各界の専門家7人に委嘱し組織した「あおもりツーリズムアドバイザー」からのアドバイスをいただきつつ、町に馴染んだ形で達者村を展開してきました。
これまで実現してきた関連事業の一部をご紹介します。
町内の農産加工品や手工芸品のうち申請があったものについて、町の委嘱した審査委員が「安全・安心」か「達者(健康・長寿)に資する」かということを基準に審査を行い、合格したものについて共通するマークの表示を許可するものです。
眺めるだけで心が癒され「達者」になれるような町内のビューポイント100個所を選定し、町内外に発信しつつ守り、育んでいこうというもので、町内外から公募した約200ポイントから絞り込みました。今後は、各ポイントを巡るウォーキングイベントを実施するなど、その活用を図ることとしています。
長期滞在・定住を目指す達者村において、首都圏在住者の視点による問題点の掘り起こしと解決策を見出すことを目的として、神奈川県横浜市在住の谷中藤雄・正子ご夫妻を招き、平成17年5月から8月までの3ヶ月間滞在いただきました。
平成17年度より、首都圏の大手人材派遣会社が実施する、農業分野での雇用創出に向けた研修を青森県と共同で受け入れており、農業に関心のある20代から30代の青年研修生が農家で実地にインターン研修を積んでいます。
2007年問題を見据え、退職を控えた団塊世代の方々を地域活性化のための「達者」な人材として招き入れ、活躍いただくためのモデル事業として、青森県と共同し「セカンドライフの「暮らし」と「しごと」大学in達者村」を今年度2回に渡り開催しました。カリキュラムでは、地元の職や生活環境、達者村の魅力など、セカンドライフを実現するうえで参考となる講義を行いました。
達者村農業観光“四季のまつり”開催風景(写真は「果樹の花見」)
達者村長期滞在モニターを務めていただいた谷中藤雄・正子ご夫妻
平成17年度には、第3回オーライ!ニッポン大賞の「内閣総理大臣賞」や第1回JTB交流文化賞の「優秀賞」を獲得するなど、広く活動を認めていただいた達者村ですが、ここに至る道のりは決して平坦なものではありませんでした。また、その解決に向けて今後とも各方面との連携を図りつつ取り組んでいかなければならない課題も多くあります。
「バーチャル・ビレッジ」(疑似農村)という表現も一見分かりにくく、また合併により交流資源の幅と深みが増した反面、事業エリアも拡大しているため、地域住民へ向けて必要性や将来像を明確かつ具体的に示し理解いただくとともに、積極的な参画を得ることが大きな課題となっています。
また、活動の次代を担う若い世代の方々との交流も課題の1つに挙げられています。現在、事業の中核は達者な中高齢の方々が担っているのですが、数十年単位でじっくりと取り組んでいかなければならない事業の性質上、将来的に必ず世代交代しなければならない時が訪れます。また斬新なアイディアを生むとか、地域活性化の観点からも幅広い世代のパワーを取り込んでいく必要があり「達者」のバトンが確実に受け継がれていく仕組みを作らなければなりません。
農業体験修学旅行の受け入れ風景
セカンドライフの「暮らし」と「しごと」大学in達者村 開催風景
これまで達者村を牽引してきたのは偏に地域住民の力ですが、今後も町内関係団体の代表者により組織した「達者村づくり委員会」が中心となりつつ、将来的な村の姿や必要な活動等をまとめた長期計画「達者村振興計画」に沿いながら「お出でいただくお客様との出会いを大切に」活動することで、数々の交流資源は更に磨かれ、より一層輝きを増していくものと考えています。
目前に迫った団塊の世代の2007年問題と共に、全国的に農村回帰への動きが活発化しており、必要な体制整備が急がれるところですが、「地域づくりをお客様との交流につなげ、お客様との交流を更なる地域づくりにつなげる」、この終わることのない「未完のプロジェクト」に向けて、これからも地域住民と共に、じっくりと着実に挑戦し続けていきたいと思います。
達者村づくり委員会会議の開催風景(全大会)
縁起のいい「達者村」のロゴ入りりんご