2585号(2007年1月15日) 若狭町長 千田 千代和
「わあ、すごい」、朝ぼらけの東の空に明けの明星が光る頃、銀色に跳ねる魚体に大きな歓声が上がる。福井県若狭町で行われている「大敷網体験」の船上である。
我が町では平成2年から、海に恵まれない県などを中心にして、主に中学生を対象にした海の体験学習を実施してきた。当初は1地区の民宿だけであったが年々参加地区が増え、平成18年は5地区で5,000名を超える誘客をみている。この事業は若狭三方五湖観光協会が主体となり、漁家民宿を宿泊場所にして漁師の体験や魚のさばき、干物づくり、フィッシングから最近ではカヌーやカヤックの体験までメニューを広げて顧客のニーズに対応している。
大網体験船による漁業体験ツアー
体験後における子供達の感想の一例をあげると、
また先生方の声では、
など、学校生活では体験できない効果があったことへの評価を受けている。
福井県若狭町は、平成17年3月31日三方町と上中町が合併した狭湾国定公園の中心に位置する人口17,200人の小さな町で、主な観光資源としては「若狭なる三方の海の濱清みいゆき還らひ見れど飽かぬかも」と万葉集にも謳われた名勝「三方五湖」をはじめ、その昔、若狭湾で獲れた魚を京の都まで運んだ鯖街道の風情が今なお残る「熊川宿」、名水100選に選ばれた「瓜割りの滝」、鳥浜貝塚をはじめとする縄文遺跡など数多くあり、自然環境に恵まれた癒しの里でもある。
主な産業は農業と漁業で、米の生産のほか種が小さく果肉が厚い福井ウメの主産地として知られ、温暖な気候を利用して梨や柿など果樹栽培も盛んである。
漁業は定置網を使った沿岸漁業が主体で、日本海の豊富な海の幸の恩恵を受けながら現在では民宿の経営を兼ねる漁家が多い。最近は獲る漁業から育てる漁業への転換も進み、特に若狭湾一体の特産となった冬の味覚「若狭ふぐ」の養殖が盛んである。これらの豊かな観光資源を活かし一次産業の農業、漁業から付加価値を生み出し、お客に喜ばれながら安定した経済活動の見込まれる観光立町を目指そうというのが我が町の思いである。
これまで町内の沿岸に位置する集落では、昭和40年代のはじめから漁家民宿が営まれてきた。夏の海水浴だけでなく冬場には日本海の海の幸を求めて、関西や中京方面の奥座敷として多くの観光客を受け入れてきた。昭和43年には三方五湖と日本海を一望する梅丈岳に県営の有料道路「レインボーライン」が開通し、展望台も完成、社会の高度成長に合わせて観光客もうなぎのぼりに増加した。町としても、これらの観光資源をさらに有効利用するために、遊覧船や観光リフト、ケーブルカーの新設、五湖周遊道路や縄文博物館の整備など官民一体となって観光振興に取り組んできた。また、平成7年には新しく町営の国際観光ホテル「水月花」をオープンさせ、民宿の指導的役割を担っている。
しかし、時代とともに観光客のニーズも変化しつつあり、最近では民宿での豪勢な料理や見て回るだけの観光トレンドには陰りが見えるようになって来たのも事実である。その証拠に平成3年には160万人を超えていた旧三方町の観光客は、平成16年には87万人と半分近くにまで落ち込んでいる。幸い、上中地域に完成した鯖街道「熊川宿」の日帰り観光客が大きく伸びたこともあり平成17年では町全体では140万人と落ち込みが少なくなっているが、宿泊者数では大きく減少している。また、最盛期には150軒を超えていた民宿も施設の老朽化や後継者不足などから廃業が目立ち、115軒に減っているのが現状である。
地域の大きな起爆剤として期待されてきた観光産業であるが、一方では地域間の厳しい競争にさらされており、今後どうやって地場産業として地域の活力に結びつけていけるかが大きな課題である。これまでの体験観光の受け入れ態勢を見てみると、全国各地で見られるように旅行業界や顧客の注目度は高いにもかかわらず、実際にはノウハウや経験不足により「商品」としての価値が不足しているとの指摘がある。特に農家民宿についてはこれからスタートの段階であり、中核となる人材の育成や推進体制の構築など基礎的な検討が必要であろうと思われる。
戦後最長になったといわれる景気拡大が下支えをし、ゆとりある生活を求めて国民のレジャー志向が一段と高まる中にあって、全国各地が総観光地化しお互いにしのぎを削っている現在、先ほど述べた課題をクリアし如何に顧客のニーズに応えていくかが今後のキーポイントである。そのための一つの方策として出てきたのが体験型観光への取組みである。しかし、若狭町での当初の目的は減る一方の観光客対策のため平日を埋めるための単純な考えから始まった。学校単位に平日の利用があれば単価は安くても数でこなせるし、一部屋あたりの利用人員も増える。酒は売れないが料理も割合単純で済むし食事の時間も計算でき効率的であるという発想であった。そのうち体験船や魚さばきなど付加価値もついてきて、はじめはあまり乗り気でなかった民宿も徐々に真剣になり、各地区では本格的に大敷網体験船を導入し、力を入れるまでになってきた。そして、その後は自分達でアイデアを出しながら体験の種類を増やすまでの意欲が出始めている。
魚さばき
漁業体験については、社団法人若狭三方五湖観光協会が主体となり利用団体との交渉にあたっている。平成18年には岐阜県などの小中学校を中心に、47校5,252名の生徒を受け入れ、5地区の民宿に分宿させるとともに、体験についても民宿や各施設と協力しながらおこなっている。宿泊料金は1泊2食で小学生が6,825円、中学生以上が7,350円で、体験料金については、それぞれコースや時間に応じて追加料金を規定しており、大敷網見学や干物づくりは1人450円、岸壁釣りは2時間餌付きで400円などとなっている。
農業体験はまだスタートしたばかりで大きな実績はないが、合併前にそれぞれの町で立ち上げた第3セクター「かみなか農楽舎」及び「エコファームみかた」を中心として事業の拡大を考えている。2つの法人はそれぞれ多少設立目的が異なるが、目指すものは農業後継者不足を解消するため設立された法人である。
「かみなか農楽舎」は全国各地から集まった大学卒業生などで運営されており、ずぶの素人だった若者が2年間の間に農業経営の基礎を学び、研修期間を終えた後は若狭町内に根付いて農業経営者として1人立ちすることになっている。現在まで11名の研修生が卒業し立派に町内で独立を果たしてくれている。この農楽舎では研修生養成事業とは別に田植えや稲刈り、野菜作りや加工など自然体験学習の希望者を募集しており、近くの保育園や小中学生をはじめ一般に至るまで平成16年度で2,488人、17年度では1,909人に楽しんでいただいた。
稲刈り体験
また「エコファームみかた」は、耕作放棄地の拡大を防止するため設立された法人で、おもに中山間地の悪条件の農地を耕作しており採算は取れていないが、これまで棚田のオーナーやウメもぎ、なし狩りなどの体験をはじめ、新しい食材の発掘をめざしたダチョウ飼育や地鶏の育成、梅酒の製造販売など幅広い多角経営を模索しながら経営向上をめざしており、ようやく今年度から採算ベースに乗ってきている。
体験観光の将来を考えるとき、体験事業だけでは投資に比べ採算ベースに乗っていないなど、まだまだ理想とする形には遠い部分もあるが、福井県が今年度から実施をはじめたグリーンツーリズム推進事業は目標を上回る誘客でその9割が県外客である。県独自の規制緩和が設けられたので、農家民宿で手軽に田舎料理を提供することも可能になり素朴さが受けて若い女性の間で人気を呼んでいる。また、団塊の世代の家庭回帰により、ますます目の肥えた個人客が増え、地域の生活文化に深く触れたいというニーズが高まるものと思われる。
若狭町ではこれまで漁家民宿が殆どを占めているが、上中地域には農家民宿に適した昔ながらの家並みも多く残っており、これの推進体制について組織化を図り有効活用しながら農業体験を増やしていきたいと考えている。少子高齢化が一段と進む若狭町としては、将来に向けて足腰の強い自治体経営が不可欠であり、そのためにはまず町の経済活性化を図らなければならない。幸い、漁業と農業をミックスできるという恵まれた環境を活かしながら、変化に富んだ体験と宿泊、そして食が一体となった体験観光を定着させるとともに、生産物の付加価値を高めるため「若狭ブランド」として磨き上げるなど幅広い特産品開発に努め、産業基盤の確立をめざしていきたい。