鳥取県日南町
2474号(2004年3月29日) 日南町総括・まちづくり推進室長 増原 聡
日南町は、鳥取県の西南端に位置し、西は島根県、南は岡山県、南西部は広島県と3県に接する中国山地のほぼ中央に位置する町です。面積は鳥取県のの約一割、340.87平方kmを有しています。三種の神器の一つ草薙の剣の「ヤマタノオロチ神話」で有名な船通山は島根県境に位置し、歴史も古く自然豊かな日南町を、町にゆかりの文豪井上靖は「天体の植民地」と呼び、松本清張は「記紀の国」と表現しています。
日南町は、古来より山陰と山陽を結ぶ交通・交易の要所として栄えてきましたが、近年の産業構造の変化の中で過疎化・高齢化という中山間地域共通の課題に悩んでおり、現在は、人口6,800人で45年前の日南町発足時の半数以下、高齢化率は41%と県下最高値となっています。
しかし、この厳しい現実を前にしながら日南町では、過疎・高齢化を重荷と考えず、地域みんなで支え合うまちづくり、そして高齢者にやさしいイコール誰にもやさしいまちづくりを進めています。その成果が平成11年5月には町立の日南病院が総務大臣表彰、11月には日南町が総務省から過疎地域自立活性化優良事例として表彰されました。
日南町の高齢化社会への取り組みは、医療、福祉、保健、行政と住民が連携して、まさに「まちぐるみ」で行なっています。医療の分野で中心的な役割を果たしているのが、町立の日南病院で、20年前から行なっている「出前医療」が特に大きな成果を上げています。高見徹院長は、「まちは大きなホスピタル」、「まちの道路は病院の廊下」というスローガンを掲げ、「在宅医療」に取り組んでいます。外来診療を終えた午後から、院長自らが病院の在宅訪問用の車で「病院の廊下」のように町中の道路を走り回って「医療の出前」を行っています。中国・四国地方で最も広い面積の町だけに、「待っている医療」では、住民の望む医療サービスの実行は不可能であり、医療の側が出向く体制を組んで、住民が気軽に必要なサービスを受けられるようにしています。3年前からは、広域消防の救急車に医師が同乗し、移動中も医療活動ができる「ドクターカー」も実施しています。
この「出前医療」の試みは、住民からも歓迎されており、数字の上でも成果がはっきりと表れています。高齢化率41%の日南町にあって、日南病院の平均在医院日数は14.9日。鳥取県の平均の30日を大きく下回っています。また病院経営では、20年間連続で黒字決算を続け、優秀な自治体病院として数多くの表彰を受けています。これは、日南町に元気な高齢者が多いことの、そして短期間の入院が終わると安心して在宅治療が受けられる仕組みが完成している証といえます。そのほか収入を上げるため、県内だけでなく隣接の岡山県にも往診に出かける、また検診を受け入れるなど積極的な取り組みを行っています。
町立日南病院
日南病院から始まった在宅サービスの精神は、福祉や保健の分野でも「気軽に利用できるコンビニ的なサービスの提供」として日南町中に広がっています。県下最多の12人のホームヘルパーによる訪問介護は、年問5,000回以上も実施しています。病院に隣接した健康福祉センター「ほほえみの里」は、在宅介護支援センターとして機能し、福祉用具の貸与、健康教室やリハビリ訓練などの事業のほか、日南病院と連携して病後児保育などの取り組みも行っています。現在、高齢者のプライバシーを尊重した設計で建て替えられている特別養護老人ホーム「石霞苑」は、年間1,500日を超える短期入所生活介護(ショートステイ)を受け入れ、町内に2ヵ所あるデイサービスセンターには、連日定員を上回る人が訪れています。さらに、現在、町内では光ファイバー網の整備を進めており、これを利用した災害時の安否確認システムや、ケーブルテレビを利用した高齢者にやさしい情報提供システムの開発なども行っています。また、「高齢者が自ら輝くまちへ」として、保健事業にも力を入れ、高齢者の参加しやすいスポーツイベントやパソコン教室なども数多く開催されています。
これら行政の分野では毎月一回病院、福祉、保健のスタッフミーティング、二月に一回は、行政トップも交えた会議を開催し、財政面や施策面も含めた検討を行っています。
パソコン教室
日南町の取り組みで最も特徴的なのは、行政だけでなく、住民が自主的に高齢者を支える事業を行っていることです。町内にある8つの女性グループでは、それぞれ独居老人や高齢者世帯を対象とする給食サービスを実施しています。また配送は男性のボランティアが行っているグループもあります。さらに日南町では、役場の公用車に障害者対象の福祉車両を日南町が事務局をつとめる「県境サミット」で導入し、住民への無償レンタル実験も行っていますが、その運転サービスは「日南町シルバー人材センター」の有償ボランティアによって行われています。町内の子どもたちも高齢者を支える立派なマンパワーです。保育園に隣接して建てているデイサービスセンターの花壇の花植えや、小学が高齢者施設を訪れて肩たたきをしたり、中学生による介護ボランティアなども実施しています。
さらに、町内の郵便局でも高齢者を支える事業を実施しています。郵便局の配達員は、自主的にホームヘルパーの資格の取得に取り組み、郵便配達のオートバイの荷台には消火器と人工呼吸用のマウスピースを積み込み、災害時や緊急時に備えています。また、高齢者を対象として町立図書館と連携した図書の郵送サービスや、声かけ活動なども行っています。
「独居になっても慣れ親しんだ日南町に住みたい。」「最期を迎えるときは、自分の家で看取られたい。」「体が動く内は自分のことは自分でやりたい。」高齢化を迎えた多くの住民のいつわらざる声です。しかし、実際は高齢を迎えて、都市部の家族の元に行かざるを得ない状況にあります。住みたい人が住めない町、それが一番悲しい町です。
しかし、現在日南町では高齢者が地域に支えられながら、また自らが地域に貢献しながら、一人でも暮らし続けられる環境が整備されています。高齢化率41%というのは、ある意味では、高齢になっても住み続けられる環境があるということでもあります。しかも、その高齢者の多くが元気で、寝たきり老人の比率は非常に低いのです。
日南病院の高見徹院長は、「在宅の医療や福祉を充実させ、そこに住みたいというお年寄りが増えれば、それを支える人々も必要になってきます。それが、日南町の人口減に対する最後の抵抗になるのではないでしょうか。」と語っています。高齢化は重荷ではなく、むしろ新しい地域社会をつくるきっかけになる、ということを日南町の取り組みは物語っています。当面単独自立を決めた日南町では「地域の自立を目指して、住民自らが参画し自立するまちづくりを」掲げています。スローライフ、スローフードとライフスタイルの見直しが始まっていますが、高齢化社会を迎えた中で30年後の我が国の在り方、過疎や高齢化を重荷と考えず、地域みんなで支え合う姿が、ここ日南町にはあります。
保育園児による花壇の花植え