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キズナ

印刷用ページを表示する 掲載日:2017年11月16日

鳥取県町村会長・伯耆町長 森安 保鳥取県町村会長・伯耆町長 森安 保

キズナ(KIZUNA)は2010年3月生まれの競走馬です。父は名馬ディープインパクト、母はキャットクイル。実績のある血統でしたが、母が超高齢出産であったため、注目度はそれほど高くはありませんでした。東日本大震災の混乱が続く中、その運命的な名前を背負って2012年秋にデビューし、2013年の日本ダービー馬となりました。鮮やかな勝ちっぷりや主戦騎手の人間模様もプラスされて大きく脚光を浴びることとなりました。さらにヨーロッパ遠征でも勝利をおさめ、前途洋々の中怪我を繰り返しては再起するものの2015年に引退。現在は北海道のスタリオンステーションに繋養され種牡馬生活を送っており、今年の春には多くの初年度産駒が生まれています。

今年の夏の終わり、初めて夏休みをとって妻と一緒にキズナに会いに北海道に行くことができました。「休んで出かけることができるならココ」と以前から決めていたため、もめることもなくすんなりと念願の再会を果たすことができました。キリっとした姿、澄んだまなざしはそのままでしたが、体が一回りも二回りも大きくなり、若いながらパパの貫録を漂わせていました。何とも言えない感情がこみあげてきて、不覚にもハンカチのお世話になった次第です。

私たちのまち伯耆町は中国地方の最高峰大山の麓にあり、人口は1万1千人余り、ゴルフ場や別荘などが多くある町です。古くは牛馬市で栄えた場所ですが、競走馬には全く縁のない土地柄です。ところが、20年ほど前に事業家でオーナーブリーダーでもある方が、競走馬のトレーニング施設をオープンされました。多くの活躍馬を輩出され、騎手など関係者の来訪もあって徐々に競馬が身近に感じられるようになってきた中、ついに日本ダービー馬に輝いたのがキズナです。グループの馬産はすべて北海道で行われ、1歳の秋に本町にやってきます。それから1年間厳しいトレーニングを積んでデビューとなるのですが、幼少期のキズナは大きくて、おとなしく、少しぽっちゃり気味の馬でした。ただ、よく食べることに加え独特のオーラがあり、牧場スタッフの接し方から期待の大きさを感じることができました。専門的なことはよくわからないのですが、人間の見た目でいうと踝の部分の強い弾力が印象に残っています。

「速く走るよう育てて、勝たせてやりたい」これが関係者の思いであり、そのために朝早くから調教を行います。オーバーワークや怪我と背中合わせなのはアスリートの宿命ですし、そこまで追い込むのは勝てなかった競走馬の運命を皆が理解しているからです。少しでも長く活躍することこそが競走馬にとってのよい生き方であると、一生懸命人間がサポートしています。町内にはトレーニング施設を支援するためのボランティア団体があり、草刈りなどの作業を通して関係者との交流を図っており、町民が競走馬を見る目は温かいものがあります。ですから、キズナが日本ダービーを優勝した時の町内の盛り上がりはとても大きなものがありました。取材も多くあり、本町が一躍注目を集めるようになったのは驚きでした。

「仲間のような」そう言うと不思議に思われるかもしれませんが、私はこの一頭の馬にそんな感情を持っています。基礎自治体の長として多くの課題に対して無我夢中で取り組む中で、純粋に速く走ろうと頑張るキズナの姿は自分への励ましと映りましたし、勇気をもらっている気がしていました。

そして「夢は走り続ける」。ここにこそ、競馬というスポーツエンタテイメントの真骨頂があります。2020年東京オリンピックの年に父キズナの夢を引き継ぐ子どもたちが走り出すことを今から楽しみにしています。