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子どもの歓声がきこえるまち「へぐり」

印刷用ページを表示する 掲載日:2017年7月3日

奈良県平群町長 岩﨑 万勉

 

「平群(へぐり)」という地名は、日本最古の歴史書「古事記」に登場します。

大和は国のまほろば…畳薦(たたみこも) 平群の山の熊白(くまがし) 梼が葉を
髻華(うづ)に挿せその子  (倭建命の国偲びの歌)

平群町は奈良県北西部に位置し、北は生駒市、南は三郷町に接し、東は矢田丘陵を境に斑鳩町に、西は信貴生駒山系を介して東大阪市と八尾市に接しています。東西を山に挟まれた地形で、昔から「平群谷」といわれるように小さな盆地をなす面積23.9㎢の町です。このほぼ真ん中を古今集などに謳われた竜田川が、国道168号線、近鉄生駒線と平行しながら、時に交差しながら、北から南へと流れています。

平群町は古代から戦国時代までの歴史が薫る緑豊かな町です。

農業が主産業の人口6千人余りの村でしたが、昭和40年代以降、日本の高度経済成長と共に大阪のベッドタウンとして2万人を超える町へと大きく発展しました。

しかし、最近では少子高齢化の波が押し寄せ、人口も1万9千人を割り込む勢いです。

私はこの町の町長として11年目(3期目)を迎えています。

町が直面する課題は人口問題、町の活性化問題です。私は就任以来、平群町再生一筋でやってきた自負もありますが、国が打ち出した「地方創生」が、その地方の実情にあった創生であることに期待しているところです。

町有施設の耐震化・大規模改修対策が大きな町の課題であり、これまで相当部分は解決してまいりましたが、残る大きな課題が老朽化した公民館・人権交流センター・手狭な図書館の集約化・適正規模化と、役場本庁舎の建て替えです。本年度末の平群駅西土地区画整理事業完了に合わせて、この駅前に約1万㎡の土地を確保し、3年後に(仮称)文化センター・図書館のオープンを目指し、将来的(10年後)には、同じ敷地に役場新庁舎の建設を構想しています。

しかし本町の財政は、町税が20億円を切る中、借金が138億円という現状で、如何にして図書館・文化センターの建設を成し遂げるのか、オール平群の取組が求められます。

私はこの平群町に29歳の時、昭和50年に引っ越してきましたので、この6月で42年になりました。長男がまだ2歳、二男三男は平群生まれの平群育ちです。

私が生まれたのは高知県。父が国鉄の田舎駅長でしたので、引っ越しばかり。物心ついたころは土讃線の渓谷の駅・穴内、小学校へ入る前から2年生までが太平洋を目の前にする景勝の海岸・安和駅、3年生から6年生までが吾桑駅といった具合でした。父はその後、高知駅助役勤務となり、中学1年生は高知市内の朝倉中学校、2年生からは私学の高知中学校へ、そのまま高知高校に1年生まで。高校2年生の時に父は高松の四国支社に転勤となり、私は2、3年生と高松市立高松第一高校で過ごし、ここを卒業。大阪府立大学進学で関西に。

「平群町との御縁は?」、とよく聞かれますが、全くの偶然です。子どもが小さいころは、保育園や子ども会の祭りの山車を作ったり、少年野球やPTA、自治会、青少年補導委員などで楽しい時を過ごしたりしました。今では、私が人生で一番長く過ごした町、子ども3人の故郷の町であり、多くの心豊かな良き友、先輩・後輩に恵まれた、愛すべき町、かけがえのない町なのです。

私は、「水と緑と文化の町・へぐり」の基盤整備により「高齢者から子どもまでが安心して暮らせる~緑豊かで心豊かな子どもの歓声が聞こえる町」を目指して、住民の皆さまとともに心を一つに前進してまいります。