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人間愛・自然愛・郷土愛のあるまち

印刷用ページを表示する 掲載日:2016年12月12日

人間愛・自然愛・郷土愛のあるまち

茨城県茨城町長 小林 宣夫

茨城町は、茨城県のほぼ中央に位置し、涸沼(ひぬま)をはじめとする水と緑の豊かな自然環境と、うるおいのある生活環境に恵まれた人口約33,000人の田園都市です。昭和30年2月11日に4村が合併し町制が施行され、その3年後の昭和33年3月5日に旧石崎村を編入合併し、今日に至っています。

町域は、東西17㎞、南北14㎞、面積が121.58㎢で、町の中央部を3本の川が流れ、東端に位置する涸沼に注いでいます。

交通面では、北関東自動車道及び東関東自動車道水戸線が町内を縦横断し、3つのインターチェンジによって、首都圏や関東近県へのアクセスが可能となっています。また、町内2つの工業団地へのアクセスの良さもあり、特にここ数年多くの企業立地が相次いでおり、経済の活性化や雇用の促進に貢献しています。

東の端には、水戸の徳川光圀公、斉昭公など歴代の藩主や、往時の詩人、文人らに愛された景象地「涸沼」があり、湖畔にはそこから見る中秋の名月に魅せられた徳川斉昭公が、「広浦秋月」として「水戸八景」に指定し、自ら建てた碑が遺されています。また、広浦秋月とともに県の名勝地に指定されている「親沢」には、徳川光圀公が詠んだ「親沢の一つ松」の句碑も建てられています。

涸沼は、淡水と海水が混じりあう全国的にも希少な汽水湖で、湖岸延長は約22㎞、面積は935 haにおよびます。また、平成27年5月28日に国際的に重要な湿地として認められ、ラムサール条約に登録されました。

ラムサール条約は、正式名称を「特に水鳥の生息地として、国際的に重要な湿地に関する条約」と言い、多くの渡り鳥が利用する湖や沼などの国際的に重要な湿地の保全と、生態系の維持や湿地から得られる恵みを持続的に活用する「ワイズユース」を提唱しています。

豊かな自然が多く残っている涸沼周辺には希少な動植物が数多く見られます。特に野鳥の種類が多く、絶滅の恐れがあるオオワシやオオセッカが生息し、スズガモなどの多くの渡り鳥が飛来するなど、水鳥の重要な中継、越冬の場となっています。涸沼で観察される野鳥は、約233種に上り、県内で確認される種の約6割を占め、水鳥の宝庫となっています。また、ヨシやイグサが密生する汽水域に生息する「ヒヌマイトトンボ」が1971年、20世紀最後の新種として涸沼で発見され、町の天然記念物に指定されています。

また、大粒で味の良いヤマトシジミの生産や天然のニホンウナギがとれる沿岸漁場としても重要な役割を担っています。

観光についても涸沼の周辺には自然を活かして整備された面積約30haを有する公園があり、アウトドア・レジャーが楽しめます。涸沼自然公園、広浦公園、親沢公園のキャンプ施設には週末や夏休み、ゴールデンウィークなどを中心に、たくさんの家族連れやグループが訪れ、バーベキューや水遊び、自然観察などを楽しみ有意義なひとときを過ごしています。

平成27年3月には、地域を活性化しようと地元の有志が中心となり「ひろうら田舎暮らし体験推進協議会」が設立され、主に農家民泊や漁業体験などができ、本年3月に県内初のインバウンドとなる台湾からの高校生を受け入れました。涸沼の自然環境と農村の田園風景、農漁業や郷土芸能等を学べる体験メニューが好評で、その後のリピートにつながっています。

町の南西部には、長い歴史と国内最大規模を誇る「小幡北山埴輪製作遺跡」や巨大迷路のような堀底道のある中世の城郭「小幡城跡」、そして鳥羽田の円福寺には平安時代末から鎌倉時代初めに製作されたといわれている寄せ木造りの国指定重要文化財「阿弥陀如来坐像」など、個性豊かな史跡や文化財が現存しています。

基幹産業でもある農業については、温暖な気候、豊かな水に恵まれた肥沃な土地と生産者の努力により、高品質な農産物を数多く生産しています。特にメロンは茨城県青果物銘柄産地に、またイチゴは銘柄推進産地に指定され、内外から高い評価を得ています。その他畜産業も盛んで質の良い常陸牛や豚肉の生産も行われています。

このように茨城町は、水と緑が織りなす豊かな自然、肥沃な大地から産み出される農畜水産物、さらには人間愛、自然愛、郷土愛に裏づけられた人々の強い絆など、他に誇れる資源を多く有しています。これらを最大限に活かしながら町の将来像として描く「安全・安心」「協働と創造」「自立」をキーワードに、これからの時代にふさわしいまちづくりを進めてまいります。

茨城町のシンボル涸沼とともにお迎えをしますので、是非「茨城町」へお越しください。心よりお待ちしております。