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最上峡の自然と文化による観光振興をめざして

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年11月2日

最上峡の自然と文化による観光振興をめざして

山形県戸沢村長 渡部 秀勝

戸沢村は昭和30年に戸沢村・古口村・角川村の三村が合併して誕生した村で、今年で村制施行60周年の節目の年を迎えました。合併当時の人口は1万人を超していましたが、 現在は5千人を割り込むまで減少しました。村の産業は、水稲を中心とする農業、そして最上川舟下りなどの観光業であります。平成26年度の観光入込客数では、 村内8つの調査地点で55万7千人となっております。県外の人には、戸沢村の地名がわかってもらえないことがあるのですが、舟下りの村と言えばほとんどの人にわかってもらえるようです。

さて、山形県の母なる川「最上川」は、福島県との県境にある吾妻山付近を源とし、流路229㎞で日本海に流れています。この最上川は、日本三大急流の一つで、 戸沢村の古口から草薙までの一帯は「最上峡」と呼ばれており、春の新緑、秋の紅葉など四季を通じて景色を楽しむことができます。 最上峡の両岸には樹齢千年を超す天然杉の「山の内杉」がうっそうと群生しています。この天然杉は、タコ足状に幹が分かれており、太いものでは幹回りが15m程もあります。

樹齢千年を超す「山の内杉」

国道47号線から入る土湯沢林道を車で10分程走らせると「幻想の森」と呼ばれている場所に至ります。ここでは散策路を歩きながら、うっそうと群生した山の内杉を眺めることができます。 このように最上峡の自然は、この地域特有の気象条件などによるものであり、村にとっては、貴重な観光資源であり、今後の観光振興に大きな可能性を秘めております。

また、この最上川を利用した舟下りが、村の観光の目玉となっています。平成4年のNHKの朝のドラマ「おしん」の時は、年間の入込者は30万人を超えていましたが、 現在は、10万人台で推移している状況にあります。最上川のゆったりとした流れに身をまかせ、 水面と同じ高さから眺める最上峡の雄大な景色と共に船頭のユニークなガイドの説明による約1時間の船旅を楽しむことができます。四季折々に景色を楽しむことができますが、 こたつ船で雪景色の山水画の世界の中を下るのも乙なものがあります。

最上川舟下り

最上峡には多くの歌人、作家が訪れています。その代表として江戸時代の元禄2年、松尾芭蕉が「おくのほそ道」の中で山形県に入り尾花沢や山寺を巡った後、本合海から舟に乗り、 この最上峡を清川まで下っております。両岸の山の内杉や白糸の滝を眺めながら「五月雨を あつめて早し 最上川」という大変有名な句を詠んでいます。また、室町時代の作といわれる「義経記」の中で、 源義経一行が奥州平泉まで下る途中で詠んだ歌には、この最上峡の地名が出てきます。白糸の滝、たかやりの瀬(高屋)、たけ比べの杉(山の内杉)などであります。他にも正岡子規、幸田露伴、田山花袋、 若山牧水など最上川に関わる作品を残しております。

最上峡には、可能性のある観光資源がまだまだ沢山あります。最上川県立自然公園は、平成26年3月には未来へ伝える山形の宝として、この最上峡が県の認定を受けました。 これを契機に、最上峡の動植物について、専門家の方々に調査を依頼し報告書を策定しております。最上峡を訪れる人々を案内する「最上峡案内人協会」が組織され、幻想の森などの案内を行っておりますが、 この報告書がガイドの研修会の資料として活用されております。

戸沢村の地方創生戦略の大きな目玉としては、最上峡の観光資源を活用した観光振興であります。国内は勿論のこと、アジア圏からのインバウンド観光者の増加、 山形県にある蔵王・山寺・羽黒山など他の観光地と組み合わせた広域的な観光ルートの確立などによる交流人口の拡大を図りながら、観光振興を推し進めていきたいと考えております。