ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
トップページ > 町村長随想 > 水と緑の心の源流郷

水と緑の心の源流郷

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年9月14日

水と緑の心の源流郷

神奈川県町村会長・清川村長 大矢 明夫

執務室から観る山々は新緑が日増しに濃くなり、豊かな自然が十分過ぎる程感じられます。

清川村は、首都東京から50キロメートル圏内に位置し、神奈川県北西部の東丹沢山麓に位置しています。総面積71.24平方キロメートル、神奈川県唯一の村であり、 村の全体が丹沢大山国定公園と県立丹沢大山自然公園に含まれ、文字通り豊かな自然に恵まれた地域です。

地形は、標高1,567メートルの日本百名山の一座に数える丹沢山を中心とした1,000メートル級山塊ブロックと、中津川や小鮎川に沿った150メートル前後の低地帯ブロックに大別できます。 村の90パーセントが山岳地形で、平坦地形は極めて狭小です。昭和31年9月30日に煤ヶ谷村と宮ケ瀬村が合併し、清川村が発足して、来年60周年を迎えます。

人々の暮らし

丹沢山塊の東麓に位置する清川村の人々は、江戸のころより幕府の御料林として貴重な木材の供給の仕事に従事してきましたが、明治・大正・昭和と時が移り、昭和30年代までは建築木材、 木炭、薪などの産地として日本の近代化、戦後の復興に大きな役割を担ってきました。

その後、工業の振興・近代化の波と燃料革命により、狭隘な田畑や山の恵みの生活から、押し寄せる近隣市町の工業団地の労働力として仕事を変え、そしてまた多くの若い人たちは都市部に流出しました。

首都圏最大級のダム建設

この間、国直轄による首都圏最大級の宮ケ瀬ダム建設事業が昭和42年9月に計画発表され、(旧)宮ケ瀬村の全戸(274戸1,104人)が水没するという、 村の存亡にもかかわる未曽有の難関に直面しましたが、先人の英知とたゆまぬ努力と決断によって、ようやく昭和56年8月に補償基準の基本協定が結ばれ、 ここにダム建設の大きな山場を乗り越えることができました。技術の先端を集めた工事は平成12年12月に完成、平成13年4月から本格運用を開始しました。

1億9,300 万トンの貯水量を誇る宮ケ瀬湖は清川村のシンボルであり、神奈川県民の重要な水源地として、さらに多くの都市部の人たちに癒しとレクリエーションの場として利用されています。

公益財団法人宮ケ瀬ダム周辺振興財団が管理するダム湖畔園地を中心に、春の桜まつり、夏の花火大会など年間を通して様々なイベントが開催されており、 特に毎年11月末から12月25日まで毎日開催される冬のクリスマスイルミネーションは、今年30回目、また、ダム完成から15年目を迎えるため、特別な思いの開催となるでしょう。

丹沢山・宮ケ瀬湖・人情の村「清川」の将来

現在、清川村の人口はわずか3,000余人ほどですが、人々は人情厚く、その結束は強く、少子高齢化の波の中、 これに負けない地域の元気と活力・協働の力で「あたたかみと活力のある村づくり」を目指して努力を続けています。

○子ども子育て支援
・小児医療費は中学3年まで所得制限なしで無料化
・きよかわっ子誕生祝金(すべての新生児に10万円)
・村立幼稚園保育料無料化
・小学校・中学校進学時に入学祝金(3万円)支給
・高校生から大学生に最寄りの鉄道駅間のバス通学費半額補助

○高齢者福祉
・65歳以上の方たちに村営入浴施設入浴料の無料化
・民営バスのワンコイン乗車券購入費の9分の7を助成
・村内お出かけ支援バスの無料運行

○生活環境
・おいしく、安全安心で低価格の村営水道
・公共下水道普及率98パーセント
・公共施設の耐震化率100パーセント

これ以外にも住民サービスの充実度は高く、枚挙に遑いとまがありません。

むすびに

清川村にしかできない。清川村にならできる。清川村にしかない「まち・ひと・しごと創生総合戦略」を村民と共につくり、 これからも時代を先取りしたサービスを住民と協働の力で形作りながら、「故郷を大切に思う心と小さくてもキラリと輝く元気な清川村づくり」を目指してまいります。