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「温故知新」の精神

印刷用ページを表示する 掲載日:2012年1月16日

「温故知新」の精神

山梨県町村会長 昭和町長 角野 幹男

私たちの町、山梨県昭和町は、甲府盆地のほぼ中央に位置する半径9.14平方キロメートルの小さな町。山梨といえば「山」をイメージする方が多いと思われますが、山に囲まれた山梨県の中にあって、唯一「山のない」町です。

この地理的な条件に恵まれ、本町では昭和46年の町制施行以来、中央自動車道甲府昭和インターチェンジや二つの工業団地の立地、区画整理事業の展開により飛躍的に開発が進み、昔ながらの田園風景から、大型店舗を核とした商業地や住宅地へと、街並みは大きく姿を変えてきました。

工業団地の誘致により安定した財源を確保し、昭和59年以降、交付税の不交付団体となった本町は、積極的にインフラ整備を進め、小さな町の中に様々な機能がバランス良く整備された町となりました。雇用の場も多く、人口は現在17,500人と増え続けています。

しかしながら、世界規模の経済不況による日本経済の停滞など、諸処の理由から本町も厳しい財政状況となっていることは間違いなく、これからは限られた予算で、町民の皆さんが心の豊かさを実感できる事業を企画し、着実に実行していかなければなりません。

私はそのために最も必要なことは、地域の声を聴くまちづくりと考え、町内12地区を歩き、地区役員とひざをまじえて意見を交わしました。目的は、地域に権限と財源を移譲し、地域の活性化を図るためです。

平成19年2月に町長就任以来、「ものづくりより、ひとづくり」を公約に掲げてきた私は、単独町のまちづくりと、ハードからソフト事業への転換を推進してきました。合併をしない本町の今後の課題は、限られた予算、限られた人材で、効率よくまちづくりを行い、町民の皆さんに幸せを感じてもらうことです。

地区役員との意見交換を終えた私は、町内12地区に支出していた補助金を一本化し、使い勝手の良い交付金制度を創出。また地区ごとに係長2名を配置し、地域と行政との連携を密にする「地区担当職員制度」をスタートさせました。この制度は、3年後に検証し、さらに充実した仕組みに改善する予定です。

もうひとつ、私が大切にしている精神があります。それは「温故知新~故きを温め新しきを知る~」の精神です。代表的な事業として、歴史的価値のある施設の保存と活用に着手しました。

山梨県で多くの犠牲者をだした日本住血吸虫病。この病気の撲滅に生涯を捧げた杉浦健造・三郎医師親子の医院を買い取り、「風土伝承館・杉浦醫院」として活用しています。山梨におこしの際は、是非お立ち寄りください。ガイドが施設内をご案内いたします。診察室や医療器具はそのままの姿で残してあり、大正から昭和にかけた当時の医療現場の空気を、肌で感じていただけます。

この杉浦醫院は学校教育の現場でも活かされています。町を代表する先人の業績を学ぶことは、何にも替え難い郷土学習であり、本町の子ども達が、昭和町で生まれ育つことを誇りに感じてもらえることを期待しています。

また一昨年からは、新たに「ふれあい温故知新」という事業も始めました。この事業は、町政に多大な貢献をいただいた有功賞受賞者の中から、米寿を迎えられた方々のお宅を訪問し、昔話を伺いながら、忘れつつある過去の昭和村の姿や先人達のご労苦に耳を傾け、広報を通じて次世代に紹介していく事業です。

大正、昭和、平成と生き抜いてきた諸先輩方の貴重な話を、直接お聴きすることができ、私自身にも学び多い有意義な時間となっています。

現在の本町の発展も、先人達が汗を流して一生懸命築き上げてくれたからこそ。これからも、先輩方への感謝の気持ちと「温故知新」の精神を忘れずに、常におごることなく初心に返り、何ごとにも誠実に取り組んでまいります。そして、私たちの町「昭和町」を未来へとつないでいきたいと思っています。