ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
トップページ > 町村長随想 > 我が故郷(追憶)

我が故郷(追憶)

印刷用ページを表示する 掲載日:2011年10月24日

我が故郷(追憶)

茨城県町村会長 河内町長 野髙 貴雄

わたしは、生まれ育ったこの町が大好きです。

私の住む河内町は茨城県の最南端に位置し、東京から50キロメートル、世界への玄関口である成田国際空港や、つくば研究学園都市に近接した自然豊かな純農村地帯です。

私は3歳で父を戦争で亡くしました。その後母親が農業をしながら女手ひとつで育ててくれました。

母は朝早くから夜遅くまで働き、また地域の方々にも支えられながら私たち兄弟を育ててくれました。小さい頃ながらも近所の方々に親切にしていただいたご恩は今でも忘れられず、地域の繋がりの大切さは身をもって体験しております。

それから私は、高校卒業後民間企業に就職し、ふるさとである河内町を離れることになりました。

当時、日本は高度経済成長の真っ只中、東京オリンピックをはじめ、新幹線の開通など東京都の景観が変貌し世界に向けて大躍進を遂げており、東京という慣れない土地と始めての仕事に戸惑いながらも、昼夜を問わず仕事に明け暮れる毎日でしたが、「ふるさと」にいる家族のこと、子どものころ遊んだ仲間、そして、地平線まで広がる美しくのどかな田園風景が思いだされ頑張ることができ、営業成績も全国で一番になることができました。

このことは、私の人生における大きな糧となっております。

その後、その会社を退職し、ふるさとに何か恩返しができないかと思いたち帰郷し、33歳で議員選挙に立候補し当選いたしました。

帰郷し改めて、全面に広がる黄金色の稲穂、多くの魚が泳ぎ釣りを楽しめるきれいな川、また、故郷を離れて生活していた私を温かく迎え入れて下さった住民の皆様の温情に触れ、改めてこの町の魅力に気がつきました。

そして、この大地の恵み、このすばらしい資源を活かす事はできないかと考え平成7年町長に当選し、最初にこの町の産業である「米」に注目しました。

「かわちの米」を全国に発信する為、第三セクター株式会社「ふるさとかわち」を設立し、市町村としては全国で初めて食味計を導入し、食味検査に合格したお米のみを町ブランド米「おかずのいらないかわちのお米(商標登録済)」として販売しました。平成12 年には皇室献上米に選ばれる事ができました。その後現在は、ブランドとして定着、大手デパートなどでは魚沼産にも劣らないと消費者の皆様の声をいただいております。

平成18年茨城県産地品種銘柄に設定された町オリジナル米「とねのめぐみ」は、短稈で多収、良質味もあり、「日本一おいしい米の秘密」(大坪研一著)にもとりあげられており、大変な盛況をいただいております。

また、お米のおいしさを皆様に知っていただく為、首都圏でのPR販売、毎年5月に田植えまつり、そして9月には収穫祭を開催し、「かわちのお米」の知名度の普及に努めております。

私は、農なくして国の繁栄はないと確信しています。

「農は、国の宝です。」

農業環境は厳しい現実ですが、これからは、農業者の創意、工夫はもとより後継者の育成、農業所得の向上を図るため、国や県に制度、補助などを提案や要望し、国の宝である「農業」を守り発展するよう努めてまいります。

全国的に少子高齢化が進む中、当町では未来を担う子どもたちが健やかに育つようにと次世代育成支援金としまして、第二子出生で50万円、第三子出生で100万円を支給しております。

さらに、元気アップ大作戦として、高齢者が競技会やクラブ活動に積極的に参加することで、生きがいのある充実した毎日を送るとともに、健康増進を図り医療費抑制にも繋げていく為の寿大学を創設しました。

これからも、まだまだ埋もれている河内町の魅力ある産業、観光資源、人材などを再発見し町のトップセールスとして、全国に発信してまいります。

そして「ふるさと」が活気ある町として次世代の人々が住んでよかったと自慢できる町づくりに邁進してまいります。