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 激動の平成~合併から政権交代~

印刷用ページを表示する 掲載日:2009年12月14日

激動の平成~合併から政権交代~

佐賀県吉野ヶ里町長 江藤正則



平成18年3月1日、合併特例法期限ギリギリに産声を上げた吉野ヶ里町の誕生を振り返ってみた。

今にして思えば、この合併は先人の苦 闘と歴史的背景に導かれて辿り着いたこ とのように思える。以下、その歩みを辿ってみる。

○先人が築いた道

平成元年2月、「邪馬台国を彷彿とさせる吉野ヶ里」が全国的に報道されて古代ロマンフィーバーを起こし、2000年の時を経て大遺跡が町村境に出現した。約400年前、水不足の当地域に脊振山系に源を発する流れを山麓沿いに通す蛤水道が完成した。築造した水利の神様成富兵庫茂安(なりどみひょうごしげやす)公の偉業を讃える祭りと公役は現代に引き継がれ、その水は町中央を貫流する母なる田手川(たでがわ)に注ぎ、流域の農業・文化・伝統を育み、神社、寺、祭礼等での相互交流が生まれた。

昭和の大合併時にも、関係町村間で何回となく協議された経緯もある。

昭和51年には3ケ町村にまたがる佐賀東部中核工業団地基本計画が策定され、その後の積極的な企業誘致により、大塚製薬等20社が進出した。

このように交流と歴史的絆を共有しながらも、合併までには幾多の紆余曲折があった。

○合併までの苦難の道

特例法が制定され、人口約51,000人を抱える神埼郡6ケ町村は、消防、塵芥、し尿の広域行政を行っていたこともあり、平成14年6月、法定協議会をスタートさせた。しかし、協議会終盤になって新市名や新市庁舎建設位置等の問題で合意には至らなかった。

その後、旧三田川町長は勇退を表明、私は、『合併は避けて通れない』という強い信念の下に立候補し、16年2月に就任した。

平成合併は5万人以上でとの思いもあったが、この段階でせめて25,000人、そして自衛隊基地と工業団地を共有する三町村での合併を目指すことにしたのである。16年8月初め、任意協を設立して力を注いだが、最終的に基金などの調整がつかず破綻に至った。

合併特例法の期限が迫る中、どちらと合併を進めるのか否か、意見は分かれた。 私も葛藤の連続であったが、福祉、教育、道路など住民サービスの低下を如何にとどめ、次世代にどのような町を残すのか模索した。道を選んだのは、期限まであと僅か3ヵ月半の時であった。住民アンケート、議会等の意見も踏まえ、田手川の縁で結ばれている上流の東脊振村との合併を決断したのである。

協議会がスタートし、17年3月調印式、そして1,000項目以上の調整協議を重ね、翌年3月念願の合併に至った。

明治22年以来、実に116年ぶりの歴史的合併は、町民のご理解、そして 合併協議会、議会、区長会など、各種団体のご指導ご協力の賜物ともいえよう。また、全職員一丸となり、連日徹夜しての苦労と頑張りの結果が新しい町としての1ページを開くこととなった。

○明日につなぐ道

平成18年6月16日、初代首長選挙に「出あい、ふれあい、支えあい」、「愛と笑顔のまちづくり」を掲げ、再度重責を担うことになった。

新町スタートに合わせ、消防、文化協会、体育協会、婦人会等各種団体が率先して統合し、1年後には商工会、老人クラブなど殆どが一本化された。このことが望んでいた融合と協働の新町スタートであった。

「融和」をモットーに、先ずは双方の歴史や文化を理解しあうため、約30年ぶりの「吉野ヶ里町誌」を刊行した。イベントも殆ど一つにまとめ、農業政策や健康づくり、防災、道・水路など生活環境整備についての整合性にもいち早く取り組んでいる。

また、教育環境の整備にも力を注ぎ、小中学校4校の耐震と空調工事、さらに、小学校の運動場全面芝生化と太陽光発電は今年度で完成する。

この町に住んで良かったと思えるには、お年寄りの元気な笑顔があふれ、若い人には〝住みたい.と思えるまちづくりをしなければならない。即ち、いきいきと働く場・教育・子育て支援を充実することであり、安心できる生活環境と生きがいを創出できる町を目指すことが私の信念である。

わが町は、県都佐賀市と九州の交通の要衝鳥栖市との中間に位置し、長崎自動車道東脊振インター、2本の国道、JR長崎本線等、交通アクセスに恵まれている。加えて、年間入場者60万人強の吉野ヶ里歴史公園、800年前の栄西禅師による日本茶樹栽培発祥地霊仙寺、そして、陸上自衛隊目達原駐屯地が立地する歴史と基地の町でもある。

豊かな自然、企業誘致や下水道整備など、先人が守り育てた郷土。これらの宝を新町としてどのように次世代に引き継ぐのか。

平成合併、地方分権推進、経済危機、気候変動、新型インフルエンザ、そして政権交代等、変革と激動の時代を迎えている。我々も大転換を図らざるを得ない。職員とともにモラール(士気)とモラルを高め、更に褌を締め直さなければと思うこの頃である。