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 誰が直す 地方の痛みと苦しみ

印刷用ページを表示する 掲載日:2008年6月23日

誰が直す 地方の痛みと苦しみ

広島県 坂町長   吉田 隆行


 
我が坂町は、広島市と呉市に隣接し、JR呉線、広島呉道路、国道31号で両市の中心部へ約30分と比較的利便性の高い町でありながら、海山といった自然環境に恵まれております。また、平成の大合併にも参加せず、多くの住民と共に単独町政を選択した面積16平方㎞、人口約1万3千人強の町です。「潮の香りと緑豊かな町」をキャッチフレーズに、町の第3次長期総合計画に基づき、人、海、緑が調和した都市機能を有する、活力ある町づくりに取り組んでいます。特に、平成12年に完成した60ヘクタールに及ぶ都市機能の充実した平成ヶ浜地区は、公園、商業施設等の整備も進み、町外からの定住もあり、坂町の新拠点となりつつあります。

一方、これまで坂町を支えてきた地域は、高齢化が進み、若者の定住に期待ができず、今後の地域のあり方も考えていかなければならない時期に直面しています。地域の要の象徴である消防団も高齢化が進み、これからますます町内での地域格差が広がるのではと危惧しています。

今後の課題は、永年にわたり町を支えてきた旧市街地に、いかにして若者が住める、若者を呼び戻せる環境をつくっていくかです。特に坂町のネックは道路です。地区内の道路は、狭隘で軽自動車も離合出来ない所が数多くあり、高齢者をはじめとした交通弱者にとっても、子供達の通学通園にも危険を伴う道路が大半であり、このような状況にある地域に人口の6割、約8千人が生活しています。高齢者の多い坂町にとって、道路はまさに福祉政策の一端を担う重要な事業であり、安心安全のための車道、歩道の整備は、民生の安定と社会福祉に欠かすことのできないものであります。その実現のため、また、地域の自主自立を図るべく、生き残りをかけた足腰の強い町づくりに、懸命なる汗を流しています。

日本の高度成長期である昭和30年代から40年代、東京を中心に京浜、中京、阪神、北九州といった四大工業地帯等は、日本の経済成長に大きく貢献しました。その裏では、地方の多くの若い力、労働力が、成長発展を支えてきました。地方の労働力は、都市の発展の礎となっていると思います。

たしかに生活も豊かになり、多くの国民がその恩恵を受けたことも否めません。昨今の地方はどうでしょうか。地方の数少ない将来の担い手として懸命に育て上げた若者は、今も変わらず都市へと流出し、歯止めが効きません。本当にこの状態を放置してよいのか。医師不足の問題、三位一体の改革の旗印のもと、否応なく実施された交付税の削減、分権に伴う権限移譲、その他輸入食材の問題、社会保険庁の問題、後期高齢者医療の問題等々、あらゆることがちぐはぐであり、何か今の日本は歯車が狂っています。

地方の所得は、年金が主になりつつある中、地方はこのまま生き続けることができるのでしょうか。地方にはまだまだ底知れぬ力があると思います。輸入食材の問題、環境問題、子供達の発育に資する食育と情緒の問題等、やり方によっては、都会ではできない、地方ならではの力を引き出すことも可能と思います。

道路特定財源、暫定税率廃止問題等、新たな財源不足という不安材料を抱える中、地方は、瀬戸際に立たされ、生きるか死ぬかの葛藤を続けています。道路特定財源でも一般財源でもよいのです。国は地方の真の痛み、苦しみを理解し、地方に対し、誠に効果のある処方箋を速やかに出さなければ、たいへんなことが起こる気がしてなりません。これは地方の切実な訴えであります。 

国民の、そして地方の代表である国会議員の皆さまには、地方の痛み・苦しみを政争の具とするのではなく、全国津々浦々に住む国民が、将来に夢と希望と生き甲斐の持てる国づくりに努めてほしいものです。待った無しで、真剣に本気で取り組んでいただくことを切に望んで止みません。これは私一人の悩みでしょうか。おそらく、全国の多くの地方自治体も同様な思いであると推察します。