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 「ええら森町!」の創造を目指して

印刷用ページを表示する 掲載日:2008年2月18日

「ええら森町!」の創造を目指して

静岡県森町長  村松 藤雄


静岡県西部遠州地方に位置する森町は、掛川市、袋井市、磐田市、浜松市、川根町に接し、人口は約2万1千人、総面積は約134平方㎞であり、北部森林を源とする太田川が、町の中心部を南北に流れ、その周辺に市街地と田園が広がっている。気候は温暖であり、縄文時代から暮らしの跡が見られ、古代から中世にかけて、遠江の国一宮である小國神社を筆頭に、神社仏閣が数多く建立され、近世・江戸時代になっても東海道から北に伸びる信州街道(別名、塩の道または秋葉街道)の宿場町として栄え、国の重要無形文化財となっている「森町三大舞楽」など古きよき伝統が受け継がれてきている。

また、森町は「遠州の小京都」とも呼ばれており、そのいわれは明治の中頃、世界的な地理学者志賀重昂が、三方を小高い山に囲まれ、清らかな太田川の流れを京都の鴨川に例え「まさに小京都である」と一篇の漢詩に詠んだことにちなんでいる。こうした町の歴史が地理的条件の良さ、そして自然豊かで住みよい町であることを如実に物語っている。

さらに、献上柿にもなっている「次郎柿」をはじめ、数多くの特産物があるが、その中でも、古くから「遠州森の茶」の産地として知られている。味が濃く、渋みもあり粋な味、各種品評会でも多くの入賞を果たし、その品質には高い評価を得ている。森町には、茶農家のみならず卸売や小売のお茶屋さんが多い。「遠州森の茶」の名前が、ご存じ「森の石松」とともに、広く全国に知られるようになったのは、昭和初期、ラジオから流れる名調子、浪花節からである。「流れも清き太田川・・・遠州森町良い茶の出どこ 娘やりたやお茶摘みに・・・」浪曲家広沢虎造の「清水次郎長伝石松代参」の段の枕詞となり、「森の石松」といえば「遠州森の茶」が連想され、浪曲とともに全国津々浦々に知れ渡った。

こうしたことから、「遠州森の茶」に代表される「(遠州)森町」という名前への愛着は強く、平成16年、森町は隣接する1市1町(旧袋井市、旧浅羽町)との合併の是非を問う住民投票を実施したが、その際にも、合併への不安感をはじめ「合併すれば愛着のある町の名前が消える」という声もあり、反対多数となり、合併しない単独でのまちづくりを進めている。

こうした経緯をふまえ、大変厳しい行財政状況の中、森町は、「行財政改革の推進」と「町民と行政との協働のまちづくり」を積極的に進めている。新しい総合計画も町民との協働作業で策定を進めた結果、町の将来像として「ええら森町!(~みんながチカラの郷づくり古きをいかして新しきを創る~)」といった協働作業ならではの、インパクトのあるものを掲げている。

さらに、今後は、新東名高速道路の平成24年度県内開通に伴う(仮称)森掛川IC及び(仮称)森町SAの開設を、産業活力向上の大きなチャンスと捉え、新たな玄関口にふさわしい周辺整備や、大都市とのアクセス性向上をいかした企業誘致、各種産業の活性化及び観光振興等を積極的に推進し、国土の大動脈となる新東名を徹底的にいかしたまちづくりが求められている。 


また、町の中心部を流れる太田川の上流部への太田川ダムの完成も近づいており、ダム湖周辺の環境整備による新たな観光資源等としての活用も見込まれている。

こうした近未来の町の発展を約束する地域資源や森町の持っている潜在能力(ポテンシャル)を最大限にいかしたまちづくりを進め、町民が胸を張って「ええら森町!(森町っていいよね)」と言えるまちづくりを「協働(みんながチカラ)」の精神で推進していきたいと考えている。