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 いびきは病気、あなどるなかれ

印刷用ページを表示する 掲載日:2007年5月14日

秋田県井川町長  齋藤 正寧
 
私には鼻毛が生えていなかった。女の色香に惑わされなかったという意味ではない。一時、ほんとうに鼻孔の中に毛がなかったのである。鼻毛は呼吸時に体内に入る異物を除去する役目を担う。それが無いのは異状だが、その認識はなかった。嗅覚も並はずれて鈍かったと、思う。鼻が曲がるドリアンのあの臭気さえ少しも気にならなかった。「美味い、美味い」と、ギブ・アップした人の分まで手を出し、失笑されたこともある。五感の1つを欠いては自己防衛能力が劣弱で自然界では生きてゆけないかもしれない。これまで異臭のする腐敗物や毒物に出くわさなかったことはもっけの幸いだった。
40年余にわたり本町で脳卒中予防対策を継続実施している大阪府立健康科学センターは筑波大学を加え平成14年から予防対策を強化するため睡眠呼吸障害のスクリーニングを導入した。米国の疫学調査などから成人の10~20㌫が睡眠呼吸障害を患っていると推定されること。この障害のため高血圧、不整脈、インシュリン抵抗性の上昇等によって、結果的に脳卒中、虚血性心疾患などの生活習慣病を引き起こす可能性が予想されるからだった。危険因子があっても自覚症状に乏しい患者を早期に見つけ出し、改善をはかること。肥満、運動、ストレス等との関連、血圧への影響を明らかにし、睡眠面からも生活習慣病を予防するための具体案を示すことをねらった研究である。
睡眠時無呼吸症候群は新幹線の運転士が居眠運転をした事件を契機に一般にも多少は知られるようになった。睡眠中に筋肉が緩み、舌根やのどちんこが落ち込んで気道をふさぎ、呼吸停止を繰り返す。それに伴う症状だ。無呼吸が限界に達し、吐き出すときに大いびきとなる。突然、睡魔に襲われ、仕事中でも眠りだすなどだ。肥満、飲酒、顔面、下顎の型態などが睡眠障害の要因と考えられている。白人と比べ顔面、下顎の小さい日本人はより軽度の肥満でも睡眠呼吸障害になりやすいとの指摘もある。治療法は減量は当然として、現在は特殊なマウス・ピースの装着、あるいはCPAP(シーパップ)と称する自動制御の小型コンプレッサーを使う。かっては減量以外は手術が主流だった。 
実は私自身は重度の睡眠呼吸障害者だ。積年の飲酒と大食で超肥満だが、振り返ってみれば、10代の頃から目覚めの爽快感を味わったこともなく、鼻はつまりっぱなしだった。40代に入ってからは恐ろしくて仰向けで寝ることはかなわなかった。寝入りばなに呼吸が止まり、金縛りに陥った。横寝をしても、喉と舌の片側はカラカラに乾燥した。このつらさは体験者でなければ理解できないと、思う。勿論、大いびきで、ブーイングも再三ならず経験した。寝台車の相客からはプイと横を向かれ、あげく「国鉄では猛獣を飼っているのかネ」と車掌までが抗議を受けた。極めつけは家内の「お父さん、浮気は無理ヨ。みんな逃げだすワ」だった。
当時は睡眠医学で臨床の専門家は少なかったが、地元の秋田大学耳鼻咽喉科がその最先端にいた。肥大した扁桃腺を切除し、のどちんこも整形した。完治ではなかったが、仰向けで寝られたときの喜びは忘れられない。鼻呼吸も復活し、鼻毛も伸び出した。嗅覚も人並みに戻ったと思う。現在はCPAPを使用し、快適だ。高かった最低血圧もストンと落ちた。
町民のスクリーニングは実施者の10㌫がハイリスク者と診断され、知見とも一致した。臨床面では滋賀医科大学の指導を受けながら国保直診での治療も始まった。減量、節酒、禁煙等の保健指導の展開にもつながっている。私たちは人生の1/3を眠って過ごす。良質の睡眠で健康な生活を送れる意味は小さくない。私たちにもわかる睡眠呼吸障害の具体的な兆候は大きないびきと人間が活動すべき日中の突然の睡魔だ。たかがいびきとあなどるなかれだ。