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 「おうま」文化

印刷用ページを表示する 掲載日:2007年1月22日

「おうま」文化

北海道浦河町長  谷川 弘一郎


童謡「おうま」の歌詞には「かあさん」と「こうま」は出てきますが、「とうさん」はなぜ出てこないのでしょう。

浦河町には、約300の牧場があり、毎年1,400頭ものサラブレッドが誕生するまちで、北海道の牧歌的イメージが存在しています。また日高支庁全体で、全国のサラブレッド生産の実に82%(6,000頭余り)を占める日本有数の競走馬のふるさとであります。

そのほとんどが将来のG1レースを目指す子供を誕生させることが目的のため、牧場には母馬と子馬だけが仲良く暮らしています。一方父馬は、多くが種牡馬専門の牧場で飼われているため、普段目にするまきばの風景には「とうさん」は残念ながらいないのです。

本来の「おうま」の解釈とは違いますが、牧場観光の際の薀蓄としてどうでしょうか。

まもなく、母馬は出産の時期を迎えます。そして春の到来とともに「とねっこ」と呼ばれる、生まれたばかり子馬と母馬の姿が、微笑ましい童謡の情景となります。

本町の牧場は家族経営の小規模なものが多いのですが、生産者の誰もが目標とするクラシックレースの最高峰「日本ダービー」では、18頭もの優勝馬を輩出しています。

昨年のメイショウサムソンをはじめ、三冠馬ミスターシービー、五冠馬シンザンなど、名馬と称せられるサラブレッドたちが、巣立っていったことは誇りであります。

こうした強い馬づくりを一層推進し、世界に通用する馬づくりのため、日本中央競馬会によって、世界レベルの施設と調教技術を兼ね備えた競走馬の育成調教施設が整備されました。

その規模は冬期間でも十分な調教が可能となる1,000メートルの屋内直線馬場や広大な草原を利用したグラス馬場、坂路のグラス馬場など、総敷地面積1,500へクタールを有し、新たなスターホースの誕生に大きな役割を果たしております。

北海道にとって馬は、開拓の歴史の中で開墾、運送など欠かせない役割を果たすとともに、本町においては、明治時代に軍馬の生産から始まり、戦後競走馬へとつながる中で、独自の文化が形成されてきました。

中でも「騎馬参拝」は、明治時代から続く伝統行事で、その年の無病息災を祈って毎年1月2日に行われます。20騎あまりの騎馬が神社の石段を一気に駆け上がる姿は勇壮です。

近年では、障がい者の乗馬による療育(ホースセラピー)や自然豊かな環境でのホーストレッキングなど、馬による癒しや乗馬を楽しむといった新しい文化も定着しつつあり、これらの「馬文化」は後世に残したい「北海道遺産」に選定されています。

しかし、この「馬文化」が危機に直面しています。「地方競馬」や「ばんえい競馬」は長年にわたり自治体の財政運営に一定の役割を果たしてきましたが、不況の長期化や余暇の多様化から収益の悪化によって次々と廃止を余儀なくされております。

地元のホッカイドウ競馬も多額の累積赤字を抱え、経営改善の道を探っています。もしここで、競走馬の産地から地方競馬が消えてしまえば、全国の地方競馬も連鎖的に廃止へとなりかねません。 

競馬は16世紀に英国で始まったとされる歴史ある文化であり、消失した文化は、再生できません。 

かつて日本の競馬は、一面的にギャンブルとされ、暗いイメージの時代がありました。しかし、スターホースの誕生や主催者の懸命な努力により、今では老若男女を問わず楽しめる健全な娯楽へと変わりました。これまでの道程を考えると、この危機を乗り切る術はあるはずです。

競走馬のふるさととして、汗をかき、知恵を振り絞って「おうまのおやこ」がいる景色を、次の世代に残そうと決意を新たにいたします。