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 先人の姿に学ぶ

印刷用ページを表示する 掲載日:2006年5月22日

先人の姿に学ぶ

鳥取県 湯梨浜町長 山本 庸生


鳥取県の中部に位置し、日本海に面した湯梨浜町は平成16年10月1日、旧来の羽合町、東郷町、泊村の3町村が合併して誕生しました。

江戸時代には同じ河村郡に属するなど古くから横のつながりのあった3町村ですが、自然環境や風土も異なり、それぞれが独自の産業、文化を育ててきました。合併を契機にして、旧町村が築いた土台の上に新しい町をどう発展させたらいいのか、住民の皆さんと一緒に知恵を絞っているところです。

旧町村の歴史や文化、産業を考えた場合、共通する屋台骨として「東郷池」と「二十世紀梨」の2つを挙げることができます。一方は当地の自然環境が長年にわたって作り上げた「天然の池」であり、他方は私どもの先人が苦労を重ねた結果、今日の名声を博すに至った「人力による梨栽培」です。

東郷池のありし日の姿は、13世紀の中ごろに描かれた有名な「伯耆国東郷荘下地中分絵図」に見ることができます。これは、京都、松尾神社が支配した東郷池周辺の荘園を巡って当地の地頭との間で争いが起こり、結果として領地を2等分することで和解した証拠の絵図です。寸分たがわない精密な描写ではありませんが、東郷池や日本海のほか、今日の旧3町村の領域がほぼ収まるように描かれています。

日本海とつながった東郷池は、古代から交通の要衝であったとみられます。周辺に多く連なる古墳時代の前方後円墳は、交易によって富を得た当時の豪族の墓と考えられるそうです。また、江戸時代には藩内の米の集散地として栄えました。旧羽合町には当時の藩倉が残っています。いづれも日本海や東郷池の水利と深く関係した貴重な文化遺産です。

近年は鳥取県の事業で東郷湖羽合臨海公園の整備が進み、池の周辺にあやめ池や足湯など憩いの施設が数多く完成しました。国内で最大級といわれる中国庭園「燕趙園」も池のほとりにあります。風光明媚は湖畔の宿、東郷温泉やハワイ温泉、グラウンドゴルフ発祥を記念した公園「潮風の丘とまり」などと連携し、県中部の観光スポットとして大いに売り出せるものと期待しています。

このほか、毎年八月の炎天下に開催される「東郷湖ドラゴンカヌー大会」は、各チームの船長が叩く太鼓の音に合わせてパドルを漕いだり、応援の大歓声が湖上に響き渡ったりと、何とも勇壮で愉快な行事です。今では、真夏の風物詩の1つとしてすっかり定着しました。

一方、二十世紀梨の栽培が当町に導入されてから、本年はちょうど百周年になります。後継者不足もありますが、この1世紀の間、当地の発展を支える最大の産業であったことは間違いありません。特に「東郷梨」は全国に知られるブランド商品になりました。

梨栽培が始まった明治時代、旧東郷町では二十世紀梨の普及活動や栽培の指導に意欲的に取り組んだ人物が数多くいたようです。伊藤馬蔵もその一人で、苗木を熱心に栽培しては近郷の人たちに販売したそうです。そのことから、時の伊藤博文内閣総理大臣になぞらえ「伊藤苗閣造梨大臣」と呼ばれていた、という面白い記録も残っています。

当町では、毎年7月4日を「梨の日」に定め、記念行事を催しています。特に、旧東郷町や旧泊村内の樹齢70年以上にもなる二十世紀梨の木20本を「長寿梨」に認定しました。町民こぞって、二十世紀梨を大切にしようという運動を進めています。

梨の天敵である黒班病や相次ぐ天災にもめげず、先人たちのたゆまぬ努力で今日の名声を得ることができました。その労苦に感謝しながら、今後とも二十世紀梨を主体にした強固で豊かな農業基盤を作り上げていきたいと考えています。