ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
トップページ > 町村長随想 > 徒然なるままに

徒然なるままに

印刷用ページを表示する 掲載日:2006年3月13日

徒然なるままに

福井県越前町長 関 敬信

医科大学を卒業して40年あまり、3年前から地元の町長として政治や行政と関わりを持つようになった。満60歳で医療の世界からリタイアしたことになるが、知人や親戚から恵まれた地位を捨ててまで「どうして」と尋ねられることが多い。しかし、正直いって自分でも良くわからない。

振り返ってみると、この3年間は2回の選挙を含めて、誠にドラマチックで、笑いと涙、見聞きするもの全てが新鮮な驚きの連続であり、怠けていた社会科の集中講義を受けているような気分で、たいへん充実した日々のように思える。多くの人との出会いに最初はとまどいながら、豊かな経験や知識、個性的で多様な考えに触発され、いくらかゆとりを持って辺りを見ることが出来るようになったのは最近のことである。

新しいことを学ぶ楽しみもある。山々や田畑、道路や海岸の景観も産業や環境保全、防災の観点から眺めると、全く別の風景に映ることに気づいたのは最近のことである。難しい行政に関する知識はもちろん、この年になってそんなことも分からなかったのか、と思い知らされることもしばしば。

60代での自分の不勉強、未熟さを思い知る。脳は使わなければ、どんどん衰える。しかし、60代でも若々しく保てるどころか、新たに成長する可能性もあるといわれている。生きがいを持ったメリハリある暮らしを続けていれば衰えにくい、というのが多くの専門家の一致した意見である。60歳といえば、サラリーマンにとっては定年退職の年である。定年後の日々を幸せに過ごし、いきいきとした人生を送るためには、自分自身の心の持ちようが大切であると言われる。政治に活動の場を移して3年あまり、役場の若手職員との政策ヒヤリングや予算査定を通じて、町づくりや新たな人間関係づくりに、ぎっしり詰まった時間が流れてゆく。生活のリズムには理屈抜きの充実感がある。

1度きりの人生、1つのことを生涯貫くのも悪くないが、違う自分を発見する冒険をしてもいいと思う。まさに60の手習い。人生を鉄道に例えると、仕事1本やりの単線ではなく、複線、複々線で走ることが大切であると、あるエッセイストがどこかで書いていた。ポイントをカチッと切り替えて、違うレールに乗り換えるのも悪くない。同僚や親戚には猛反対されたが、家族は「今まで苦労してきたのだから、好きなことをやればいい」と背中を押してくれた。

結論を出したら行動は速い。中学時代の仲間がつくってくれたカリキュラムに従って、雨にも負けず冬の寒さにも負けず、町内の隅からすみまでくまなく歩き、若い人からお年寄りまで出来るだけ大勢の人と握手をし、お願いをして歩いた。この2回の選挙を通じて得た人との出会い、足で稼いだ経験が政治家としての原点になっている。生活者を重視し、現場主義を大切にしている。現場に出向いて、自分の目や耳、口で確かめ診断し治療する。政治も医療も考え方は同じであると考えたら、気持ちが楽になった。

急がず、休まず。七転び八起き。無理をせず、自分のペースで「がんばらない」けれど「あきらめない」で、肩の力をぬいて自分らしく歩んで行きたい。人と人、人と自然、心と体、それぞれつながっている。命、環境、安全、安心もまた、それぞれ1つにつながっている。これからも「つながり」を大事にして、町づくりにチャレンジしてみたい。