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 二兎追う者は一兎も得ず

印刷用ページを表示する 掲載日:2004年8月9日

二兎追う者は一兎も得ず

神奈川県町村会長
 葉山町長
 守屋 大光

 

 
我が町は、東京から約50キロ、首都圏に位置するが鉄道の駅がない。不便ではあるが、反面多くの自然が残り、特に緑地は町全体の約7割を占め、緑と海に囲まれたところに落ち着いた町並みが形成されている。

この恵まれた環境は、不便さがもたらしてくれた貴重な財産として大切にし、その姿を大きく変えることなく次世代に受け継いていくことを町民は求めている。庁舎は木々に囲まれ、私の部屋を訪れる人は先ず外の景色を見てすばらしい眺めですね。ここで執務されておられると良い知恵が浮かんでくるでしょうと言っていただける程たしかに周辺の環境に恵まれている。

しかし、あの住宅の屋根の形、壁の色は何とかならないかね。もっと樹木の手入れをさせたらといったような注文をつけて帰る人もおり、人それぞれである。就任当時はその言葉にいろいろ抵抗を感じたこともあったが、10年余りたつと素直に受入れることができるようになり、なぜか不思議に思う時がある。

葉山は、明治の中頃にこの地を訪れたドイツ人医師ベルツ博士の進言により御用邸が造営され、一躍別荘の町として脚光を浴びるようになった。

しかし、終戦とともに多くの別荘が企業の保養所や研修施設に変わり、その後日本は、高度経済成長期を迎え特に首都圏には住宅建設へ向けての開発の波が押し寄せてきた。

我が町にも住宅地が造成されたが、幸いにも環境に大きな打撃を及ぼすほどではなかった。そして、更にバブル経済の崩壊を契機に各企業が所有していた保養所や研修施設が売却され、その跡地には大手のデベロッパーによるマンションや小規模住宅の建設が急速に進み、住民は旧別荘跡地の乱開発に危惧を抱き、その開発を阻止する運動が始まり、行政に対しても厳しい対応を求める声が高まって来た。

そこで、行政では、その都度同じような事を繰り返すことのないよう先ず都市計画法に基づく高度地区を活用し、高さの規制を平成13年に決定したため町内の建築物は15.12メートルの厳しい規制区域が定められることになったが、行政の方針は住民に理解され、私権に制限が加えられるにも拘わらず全く反対はなかった。

次に同様の手法で小規模開発による土地の分割に関する取り組みも、造成された地域は順調に進んだが、新たな試みとして始めた旧市街地はなかなか思うように進捗しない。その要因は、造成地だと隣接地との境界が明確であるが、旧市街地における境界の決定は問題が多い。しかし、何とか1ヶ所でも2ヶ所でもこの計画が進めば町並みの保全に大きな一石を投ずることができるので、辛抱強く取り組んでいるところである。

時々若い人等と懇談するが必ず交通問題や町の活性化対策が大きなテーマとなり、新しい交通システムの導入や道路の拡幅など積極的な対策を求める声が多い。しかし、便利にすることによって失うものの大きさという話もする。

最近多くの自治体で人口が減少傾向にあるにもかかわらず、我が町は僅かではあるが年々増加している。つまり首都圏においては、便利さよりも環境の良い所で生活したいという人のほうが多くなってきている証拠ではないかと思う。

二兎追う者は一兎も得ずと言われているとおり、環境という目指すべき大きな目標をしっかりと定めて追い続けることの重要性を痛切に感じる。