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 母の愛

印刷用ページを表示する 掲載日:2000年10月2日

長崎県小長井町長 古賀忠臣

普段は何の変哲もない我が町であるが、昨年夏、実の母親が保険金めあてに高校生の次男を手にかけるという事件の舞台となってやにわに世間の注目を浴びることになってしまった。

以来、母性の崩壊が日常茶飯になったのではないかと思わせる事件が度々報道されるに及んで暗澹たる気分に沈んでいたら、ニューヨークでこんなホッとする話があったと聞いた。ただし、これは人間の母親ではなく猫の母親の話である。

「野良猫の母親とヨチヨチ歩きの仔猫五匹(茶、黒白のぶち、白、黒褐色、黒)の住いはブルックリンの廃墟ビルのガレージ。母親が散歩兼ゴミ箱あさりから帰ると一面の火の海。放火だったらしい。彼女はただちに火中に突進して仔猫を口にくわえ、1匹ずつ連れ出すこと5回。1回ごとに火傷がひどくなる状態であったが我が身を返り見ることなく、すべての仔猫を独力で救い出した。

その一部始終を見ていたニューヨーク消防署の消防士が、ぐったりしている母仔6匹をノースショア・アニマルリーグという施設に連れて行った。これはアメリカ最大の動物保護施設で、スタッフたちの熱心な治療の結果、白の仔猫は助からなかったけれど、他はみんな完治する見込み。このことが世界的な大ニュースになって、猫を引き取って育てたいという申し込みや励ましの手紙が同施設に殺到した。

施設のスタッフは、これらの手紙のすべてに返事を書くことにしたが、返信用のカード(葉書)には5匹の仔猫を従えて横たわっている母猫の写真が使われた。その写真で見ると、母猫の耳のところの火傷が特にひどく、赤い皮膚がむき出しになっている。そのせいで、スタッフたちは彼女にスカーレットという名を呈上した。」

スカーレットは日本名に翻訳すれば、紅子(べにこ)といったところだろうか。あの、ビビアン・リーとクラーク・ゲーブルが共演した名画「風と共にさりぬ」の燃えるような激しい情熱のヒロインの名前もスカーレットでした。感激しますね、この話。

しかし、「母性愛」という尺度でワイドショーの主役になった日本の母親たちを非難したり、アメリカの母猫スカーレットを称賛したりすることは、ほとんど意味のないことだ、という説が生物学の先端を研究している学者の間では有力なんだそうで、これまたビックリ。

つまり、思春期(発情期)に異性を求め、交わって子をつくり、懸命な子育てをするのは、あらかじめ遺伝子がそのようにプログラミングされているからであり、それを「母性愛」ととらえるのは単なる感傷に過ぎない、ということらしいのです。

動物学者の日高敏隆氏の「プログラムとしての老い」という本には、「個体はいつまでも生きていたいと願っているかも知れないがそういうわけにはいかない。いつかは必ず死ぬ。

しかし、その前に自分の子孫を残しておけば、その個体の遺伝子は生き残り、しかも殖えていく。もしかすると、生き残って殖えていきたいと願っているのは遺伝子かもしれない。

遺伝子は、自分が宿っている個体を操って、できるだけたくさん子どもをつくり、育てあげるようにさせているが、それは種族維持のためでなく、ひたすら自分自身の遺伝子を殖やしていくためにそうさせているのである。」と述べている。

ところで先日、人間の全遺伝情報の解読を完了した、とクリントン大統領が誇らかに宣言した。この遺伝情報を利用すれば癌をはじめ難病の治療や診断、予防について画期的な成果が得られることになると期待されている。

それはそれで結構なことに違いないが、ついでに人の成長や老化、異性愛や母性愛といったことも、まるでドラマのシナリオを読むごとく、あるいはエンジンの内部構造を見るごとく解明されてしまうのだろうか。

いやはや末恐ろしい時代になったものです。