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 ブナの自然林から地球環境を考える

印刷用ページを表示する 掲載日:1999年6月21日

京都府大宮町長 吉岡秀男

京都府北部丹後半島を北流する母なる竹野川は、大宮町五十河(いかが)にその源を発し、大宮、峰山、弥栄、丹後の四町を貫き、多くの支流を併合し、奇岩で知られる立岩のある丹後町竹野に注ぎ出ている。竹野川の源流にあたる五十河の地は、絶世の美女の誉れ高く、平安時代の六歌仙の一人に数えられる小野小町がその晩年隠れ住み、亡くなった地と伝えられ、小町の墓所には参詣者の足跡と献花、紫煙が今も絶えない。

また、竹野川流域に広がる丘陵部には、縄文から弥生、古墳時代へと続く墳墓群などおびただしい遺跡が存在し、この地域一帯が日本古代史上早くから開けた地域であることを物語っている。なかでも、わが大宮町の名の由来となっている周枳(すき)地区にある大宮売(おおみやめ)神社は、広辞苑にも載る有数の古社であり、古代の祭祀を知る上で重要な位置を占める。その祭神は、大宮売(おおみやめ)、若宮売(わかみやめ)の女神二座で、境内地全体が京都府指定史跡となっている。さらに、大宮町にはわが国でもまだ数例しか確認されていない古墳時代の女性首長墓が存在するし、近年、峰山・弥栄町境では青龍三年銘鏡が出土し、また隣町の岩滝町では最近ガラス釧の完成品が出土して全国的なニュースとなったところであり、今後とも丹後地方の土中からは何が出るか目が離せない状況である。もうひとつ、美術分野では、シュールレアレリストとして世界的に有名な小牧源太郎画伯が大宮町字口大野に生まれており、郷土の誇りである。

さて、町の紹介はこれくらいにして本題に移ろう。竹野川が五十河(いかが)地区にその源を発することは冒頭に述べたが、通称内山と呼ばれるこの地域は北近畿最大規模を誇るブナの自然林に代表される動植物など自然の宝庫である。参考までに、ヨーロッパブナの果実であるビーチマストは、かつてイギリスでは「バック」と言われており、バッキンガム州は有名なブナ林があったためそう名付けられ、また「ブック」(書物)は、紙のない時代にブナの樹皮に文字を書いたことに由来すると言われている。大宮町内山山系のブナ自然林は、すり鉢型に落ち込んだ急峻な山腹にあって、その一樹一樹がそれぞれに森の物語を語り聞かせようとするかのように、表情豊かに悠揚とした姿で林立している。ブナ林が保水能力に優れていることは周知の事実である。新緑の時季、小雨のそぼ降るブナ林に足を踏み入れると、太い樹皮の上を元気な清流のように勢いよく下る雨水の流れを目にすることができる。その流れはまっすぐにブナの樹の根本へと走り、腐葉土の厚く堆積した山肌の下に隠れる。ブナに限らずあらゆる山の木々がこうして雨水を流れ下らせているには違いないであろうが、ブナの樹は貯水槽に清流を送り込む送水管のごとく、ひときわ巧みな収水能力に優れているように思われる。

きれいな空気と水が無料であったのは過去の話となった。熱帯雨林の大規模な伐採、オゾン層破壊、地球温暖化、環境ホルモンの影響など、地球環境は日に日に悪化の一途を辿っているように見える。日本政府が提唱した「環境と開発に関する世界委員会」(WCED)の委員長を努めてきたノルウェーの元首相グロ・ハーレム・ブルントラントは、「連帯というのは、現在と将来の世代にとって、持続可能な開発という概念の核心をなすものである。私たちは、この地球という惑星を先祖からの贈り物とみなすのではなく、次の世代からの借り物と考えるべきである。」と述べている。二十一世紀における地域、国家、世界の政治システムが、貧困の克服や公衆衛生の向上、雇用や経済開発などの諸問題と、差し迫った地球環境の保全問題とを調和的に解決しうるかどうか、鋭く問いかけられている。