石川県穴水町長 吉村 光輝
令和6年元日、午後4時10分、マグニチュード7.6、最大震度7の揺れが源地 石川県能登地方を襲いました。穴水町では最大震度6強を記録し、平成19年能登半島地震を遥かに超える未曾有の大震災となりました。当町においては令和7年9月30日現在で災害関連死を含む53名(直接死は20名)の方が犠牲となり、道路・水道・電気・通信等といったインフラ・ライフラインの寸断のほか、家屋倒壊・土砂崩れなどが町内全域に発生し、そのさまざまな要因が引き起こす影響は想像の域を遥かに超えるものでした。住家の約47%が半壊以上の被害を受け、国の「公費解体制度」を利用し、納屋や蔵、さらには空き家や店舗などの非住家を含めると、昨年は、町全体で約2,700棟もの建物が解体されました。特に、多くの家屋が密集する町中心部に被害が集中しましたが、海岸沿いや山間部の集落にも被害が確認されるなど、その影響は広範囲に及んでいます。
震災からの復旧復興に日々、全力で取り組む最中でありますが、町なかの賑わいを取り戻すべくイベントを復活させました。穴水町は石川県能登半島の中央に位置する、人口約6,700人のまちで、古くから奥能登の玄関口として発展し「七浦七入」と呼ばれる地形は波穏やかな入り江と奥能登丘陵からなり、四季折々の自然と旬の味覚に恵まれています。町域の大部分は世界農業遺産にも登録されており、その豊かな里山里海で採れた海産物を活かした「まいもん(美味しい)の里」として、旬の味覚を堪能できる「まいもんまつり」を展開しています。夏はサザエ、秋は牛肉、そしてメインとなる冬は牡蠣がその主役となり、昭和63年に始まった「雪中ジャンボかきまつり」は震災前には二日間で12万個の牡蠣が販売され、県内外から4万人もの来場者が集まる奥能登最大級の食のイベントとして親しまれていました。震災後の令和6年度は規模を縮小し、仮設商店街「あなみずスマイルマルシェ」前で「復興にぎわいかきまつり」を開催することができ、和やかな雰囲気の中、観光客や住民の方々の楽しそうな笑顔に触れ、安堵の念を覚えることができました。
また、その「まいもん」と相性抜群なのが、穴水町が誇る地酒「能登ワイン」です。令和6年能登半島地震では、貯蔵タンクの損傷により年間生産量の約3分の1、実に1万リットルものワインが流出する大きな被害に見舞われました。しかし、関係者の不屈の努力と懸命な復旧作業により、震災からわずか半年でワインの瓶詰めを再開。震災の影響が最も懸念された葡萄の収穫も、幸いにも例年通りの豊かな実りを迎え、私たちに大きな希望を与えてくれました。
ワイナリーの目の前に広がる葡萄畑は、変わることなく能登の四季を鮮やかに映し出しています。厳しい冬を越え、春の芽吹き、夏の青葉、そして秋には赤く染まった葉とたわわに実る葡萄が大地を埋め尽くす生命力溢れる景色は、今もここにあります。この美しい景色と、復興の味が詰まった能登ワインを味わいに、ぜひ一度ワイナリーへお越しください。
この度の令和6年能登半島地震により、尊い命が奪われ、多くの建物、農地、インフラに甚大な被害が残されました。未だ町内の応急仮設住宅で1,0000人を超える方々が不便な生活を送っております。今後は災害復興住宅について、一日も早い建設と入居をめざし、まずは鉄筋造り50棟分の災害復興住宅について昨年8月に着工いたしました。誰一人取り残さない、すべての希望者が安心して住まいできる住居を全力で確保したいと考えております。
復興への道しるべとなる「穴水町復興計画」で掲げた二つの将来像、「住民参加でつくるまち」、そして「暮らすことに誇りが持てるまち」の実現に向け、町民一人ひとりが復興の主役となり、「みんなで創ろう 未来のあなみず」をスローガンに、復興計画の実現と創造的なまちづくりに邁進してまいります。