熊本県美里町長 上田 泰弘
私たちは日々、当たり前の風景の中で暮らしていますが、その日常の中にこそ、実はかけがえのない価値「お宝」が潜んでいることがあります。特に自分が生まれ育った町や村や地域は、あまりに身近すぎてその魅力に気づきにくいものです。
さて、私が住む美里町は、熊本県のほぼ中央に位置し、熊本市内から南東へ約26km、車で約40分の距離にある自然豊かな地域です。地勢は山地や丘陵部が多く、総面積144km²の約4分の3を森林が占める典型的な中山間地域です。平成16年に砥用町と中央町が合併した当時、人口は約1万3,000人弱でしたが、20年後の現在は約8,300人となり、高齢化率も51%に達するなど、急速な人口減少と少子高齢化が進行しています。
そんな美里町が誇る「お宝」をご紹介します。まずは石橋群。町内には江戸時代から大正初期にかけて架けられた石橋が数多く点在しており、なかでも緑川上流に架かる霊台橋は、国の重要文化財に指定されています。さらに、日本一の段数を誇る石段(3,333段)は多くの健脚が挑戦し、訪れる人々を楽しませています。その他にも、緑川ダムやその周辺に広がる豊かな自然、ハート型の影が見える二俣橋、廃線となった熊延鉄道遺構の八角トンネル、棚田や昔ながらの田舎の風景等、数多くの地域資源があります。
私が町長に就任して今年で13年目となります。就任当初は美里町のPR予算もわずかで、町の魅力発信はほとんど行われていませんでした。私自身を含め、住民は日常の環境を「当たり前」として過ごしてきたため、その価値に十分気づいていなかったのだと思います。しかし幸いなことに、早い段階でその価値に気づき、町の宝を積極的にPRすることに力を入れてきました。その結果、美里町を訪れる方々(交流人口)は飛躍的に増加。さらに、そのお宝を磨き上げ付加価値をつける取組を進め、点在する観光スポットをつなぐ拠点として「道の駅美里 佐俣の湯」を整備しました。
その後も、ダム湖や周辺の自然を活かしたアドベンチャー施設を整備し、交流人口の拡大に努めてきました。交流人口が増えると、新たなビジネスチャンスも生まれ、古民家を改修したお洒落なイタリアンレストランは、予約なしでは入れない人気店となっています。なかでも特にPRが成功したのが、八角トンネルと二俣橋です。週末には鉄道ファンやカップル、家族連れで賑わい、どちらもインスタ映えスポットとして有名になりました。
さらに特筆すべきは、里山の風景そのものを一つの宝ととらえ、里山や古い集落を歩く「フットパス」の成功です。これは町内の有志の方々が始めた取組ですが、現在では美里町は「フットパスの聖地」と呼ばれるまでになり、県内外、さらには九州各地にも広がりを見せています。
普段の生活の中では、石橋もダムも石段も、そして里山の風景も「当たり前」の存在です。しかし、それらの価値に気づき、素材を磨き、いかに人を呼ぶ仕掛けにするかによって、町の認知度向上と交流人口の増加につながり、さらに町外から訪れた方々が町内でお金を使う「外貨獲得」にもつながると確信しています。
令和6年4月には、子育て施策にも力を入れ、子育てしやすい環境を整えるため「子ども応援課」を新設しました。美里町は今、少しずつ次のステージへと歩を進めています。これからの施策キーワードは「静」から「動」へ。交流人口の増加に加え、定住人口の増加をめざして、上水道事業(インフラ整備)や中央北地区の宅地開発等、町の将来を見据えた施策を積極的に展開してまいります。
これからも「あるものに気づき、あるものを磨き、あるものと生きる」ことを大切に、地域の未来を見据えた取組を進めていきたいと考えています。