奈良県下北山村長 南 正文
下北山村は奈良県の東南端に位置し、県庁のある奈良市からも中南和の中心である橿原市からも一番移動時間がかかる村です。一方海なし県の奈良県にあって一番海に近い村であることから、古くから紀伊半島南部の三重県、和歌山県の市町村との関わりが強く、山村ではありますが海の幸、山の幸、川の幸が存在する地域でもあります。
ここで当村の魅力をいくつかご紹介します。当村にはアーチダムとしては国内最大の総貯水容量と湛水面積を誇る発電式ダムである池原ダムがあり、ダムによって形成される池原ダム湖は、ブラックバスフィッシングの聖地として全国から多くのアングラーが訪れます。また、ダムの堰堤下には19万m²の広大な下北山スポーツ公園があり、日本最大規模のキャンプ場予約サイトで関西圏予約1位になった人気のキャンプ場やプロサッカーチーム等が合宿等で利用されるサッカーグランド、宿泊施設、温泉等が整備されています。そして、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」に指定されている大峯奥駈道や「日本の滝百選」にも選ばれている「前鬼不動七重の滝」があり、滝のある前鬼川は透明度抜群の透き通った青い水から「前鬼ブルー」と呼ばれ親しまれています。この他にも、前東京藝術大学学長の澤和樹さんをはじめとした優れた指導者のもと「下北山ヴァイオリンキャンプ」が40年近く開催されており、受講生からは多くのソリストやオーケストラのメンバーや指導者が育っています。
一方、人口減少など課題も多く村の人口800人は、奈良県で4番目に少ない状況です。人口が多ければ良いとは限りませんが、あまり少ないと地域の活力が低下し、空き家や荒廃した空き地が増加するなど地域の環境悪化にもつながります。また地域内での雇用の確保も難しくなりますし、飲食店や小売店も減少し地域の賑わいも少なくなるなどさまざまな問題が発生します。そのようなことから、私は2015年に村長就任以来、人口減少を村の大きな課題ととらえ、関係人口創出事業をはじめとした移住定住対策に力をいれてきました。首都圏の人を対象に村のことを知ってもらい村に関わってもらう講座「下北山むらコトアカデミー」の開催や林業従事者の増加をめざした「自伐型林業」の推進、テレワークやサテライトオフィス、ワーケーションを目的としたコワーキングスペース「BIYORI」の整備、また空き家コンシェルジュによる空き家の活用等を進めてきました。
こうした取組が少しずつ実を結び、村で新たに事業をしていただく企業や移住してくれる人たちが増えてきています。2023年と2024年の人口動態調査では、年間転入者数が転出者数を上回り2年連続で社会増減がプラスになりました。
村に移住してきてくれたKさんは、幼いころからバス釣りが趣味のお父さんと共に家族で毎週のように大阪から下北山村に来て村の生活を楽しんでいました。高校卒業の時、下北山村職員募集を見て応募し、現在は職員として村の良さを外部に情報発信してくれています。
神奈川県から移住されたMさんは民俗資料館で地域の人との交流を通じて村の歴史や村に伝わる昔話や祭り等の掘り起こしをしてくれています。村の歴史や文化を伝えていく人が少なくなっていますのでとても貴重な存在です。
そして、自伐型林業をするために村に来られ事業体をつくって活動されているHさんYさん。お二人は自伐型林業の傍らこどもたちと森に入り、食・住・エネルギーを楽しく学ぶための教室を開催し、こどもたちに森の大切さを教えてくれています。
このように移住してくれた人たちが、下北山村に新たな風を吹かせてくれていると感じています。
下北山村は、小さな村ですが国道2本と県道1本であっという間に村内の集落を一周できる大変便利な村です。山村でありながら海にも近く、海洋の影響を受け気候は温暖、民情は豊かで温かい人が住んでいます。奈良県の南の玄関口であり、前面に熊野灘を眺め、奥座敷床の間に世界遺産というお宝を持つ下北山村。そこに縁あって住んでいる私たちは、何とか知恵を出し合ってこの人口減少社会に挑み、持続可能な村づくりをしていこうと思っています。