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承前啓後のまちづくり

印刷用ページを表示する 掲載日:2021年10月25日

島根県海士町長島根県海士町長 大江 和彦​​

日本海の沖合約60㎞に浮かぶ隠岐諸島の4つの有人島の1つである、中ノ島が「海士町」です。1島1町の島の面積は、33・43㎢、周囲は89・1㎞と小さく、2~3時間もあれば車で回ることができます。本土からは、高速船かフェリーで2~3時間かかりますが、冬場になると減便や欠航になったりと、日本海の離島の厳しさを痛感させられます。対馬海流の影響を受けて年間を通じて比較的温暖な気候で、名水百選にも選ばれた豊富な湧水にも恵まれていることから、古くから稲作が盛んで、自給自足のできる半農半漁の島です。1221年には、承久の乱で敗れた後鳥羽上皇がこの地にご配流となり、今でも島民から「ごとばんさん」の愛称で親しまれていますが、特に今年は遷幸800年を祝う町挙げての記念行事も控えており、活気づいています。

ピーク時には7、000人近くいた島の人口は、都市部への流出が続き、2、200人程度まで減っています。平成の大合併問題や地財ショックなどの危機にも直面してきましたが、人口対策を町の基軸に据え、攻めと守りの戦略に果敢に挑戦してきました。外貨の獲得を目指し、岩ガキや白イカなどの新鮮な魚介類をCASシステムで「旬」間凍結するなど、地域資源に付加価値を付け大消費地に届ける産業振興策。守りでは、人件費の大幅カットによる基金残高の回復、将来への投資を目的とした海士町子育て支援条例による出産に伴う渡航費の助成などに取り組むことで、雇用の確保から移住・定住につなげる努力をしてきました。

さらに近年は、教育振興として当時少子化の影響による生徒数の減少で存続の危機にあった、島で唯一の県立高校を立て直す「島前高校魅力化プロジェクト」に取り組みました。島の外からの高校生の受入を可能とする島留学を立ち上げ、島内外の生徒たちや地域の大人を巻き込んだ多文化協働による新たな関係づくりを構築する中で、学校だけでなく地域の活性化にも貢献するなど、急激な人口減少を抑えながら島としての持続的な形を徐々にではありますが、創り上げつつあります。

しかし、日本全体で人口減少を止めることが難しい実情の中で、島としても移住者だけで労働力を維持し続けることは難しくなってきています。島では年間を通じた雇用が現実的ではなく、季節ごとにある繁忙期の仕事をつなぐことで各事業所の労働力不足の課題が解決できるのではないかということから、独自の働き方として(一社)海士町観光協会が特定派遣業を取得して、「マルチワーカー」という新たな働き方を作り上げました。春は岩ガキ養殖、夏はホテルなどの観光業、秋はイカの加工を行うCAS事業、冬は干しナマコの加工場などへ派遣することで、1人の人材で最低4カ所の事業所の人材不足の解消につながります。この取組がモデルとなり、令和2年6月には、「地域人口の急減に対処するための特定地域づくり事業の推進に関する法律」が制定されました。これを受け、海士町では全国に先駆けて海士町複業協同組合を立ち上げ、派遣事業を引き継ぐような形で取り組んでいます。これまで派遣できなかった業種、業態も巻き込みながら、「働き方をデザインできる新しい働き方を求める意志ある若者も新たに6名雇用することができました。まだ派遣事業としての実績は1年も経っていませんが、受け入れ先となっている各事業所からの評価も高いようです。

観光の取組としては、第三セクターが経営する町所有の宿泊施設の一部を大規模改修し、隠岐ユネスコ世界ジオパークの拠点と、その絶景を享受できる宿泊機能を兼ね備えた複合施設「Entô」を中心に、島まるごとで新しい旅の価値の創出をしたいと考えています。海士町複業協同組合の職員も、この施設で一部働いておりますが、魅力的な働き方を実現することで、島の魅力を生み出すことにもつながっていくのではないでしょうか。行政としても今年度から「半官半X」という役場職員の新しい働き方を目指す特命担当の部署を立ち上げました。役場職員が町のために何ができるかを考え、より柔軟に働ける体制づくりに取り組みながら、民間の労働力不足という課題にも取り組んでいけるよう実践していきます。

さらに、若者の中長期就労型お試し移住制度「大人の島留学・島体験」の取組も始めました。隠岐島前高校の卒業生を中心に、島やまちづくりに関心のある若者を全国から募集し、実際に隠岐島前3町村(海士町・西ノ島町・知夫村)で働きながら、島の仕事や暮らしを体験してもらう制度です。

海士町ではこうした一連の取組を「還流おこしプロジェクト」と称して、承前啓後(昔からのものを受け継いで、未来を切り開くことの意)の精神を大切に全課協力体制のもと進めています。将来的な関係人口の拡大、町の人口ビジョン達成のために、若者たちがこの島で新たな担い手としてチャレンジできるような推進体制を作り上げていくことで、今後、離島での働き方がより魅力的なものとなり、「まち・ひと・しごと」が循環していく持続的な島として発展していくことを目指していきます。