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太鼓の魅力

印刷用ページを表示する 掲載日:2020年6月22日

愛媛県松前町長岡本靖愛媛県松前町長​ 岡本 靖

「♪ヒーー ヤーー ヒーー」笛の鋭い音が能舞台に響く。大鼓が小さく「カン」。「ヨーォー ホーォー」の掛け声に続き、「カーン」と鋭く、甲高く乾いた大鼓の音。「ヨー」「ポン」「ホー」「ポン」と小鼓が受ける。笛の音、大鼓、小鼓の掛け声と打ち音が掛け合い、調和し合って、舞台に緊張感が漂う。揚幕が上がり、橋掛に役者が現れる。能の始まりである。

私は、趣味で能の大鼓を打っている。昭和60年頃から職場の愛媛県庁のサークルである県庁謡曲会で謡曲を習い始めた。謡曲の手ほどきをいただいた県の先輩が大鼓も打っておられ、10年ほど経った頃、大鼓をやってみないかと勧められて始めた。早いもので、もう20年余りやっている。県内に大鼓を打つ者があまりいないこともあり、まだまだ未熟な私のような者でも、ここ数年、素人が主体で開催されている松山城二之丸薪能に出演させていただいている。


大鼓は、笛、小鼓、太鼓(太鼓は、曲目によって入るものと入らないものがある。)とともに能の囃子を構成する楽器である。小鼓と同じように、表と裏の2枚の革の間に、中央がくびれた形に造られた胴を挟む形で、調べ緒と呼ばれる麻紐で組み上げられている。名前のとおり小鼓より一回り大きく、大皮とも呼ばれる。演奏するときは、左膝の上に載せて打つ。小鼓より大きいが、音は小鼓より高い。突き抜けるような甲高い音を出す。甲高い音を出すため、演奏前には2時間近く炭火や電熱器に掛けて、革をゆっくりと乾燥させる。このことを「焙じる」という。そのうえで、調べ緒で極限まで締めて組み上げる。こういう過酷な取扱いをするため、革は十数回使うと破れてしまう。消耗品なのである。また、革を焙じなければならないため、大鼓の奏者は、出番の2時間前には楽屋に入らなければならない。


大鼓は、リズムを刻む打楽器である。しかし、西洋音楽と違い、能のリズムと間は、8拍で構成される1小節の中でも一定ではなく、揺れ動く。そのリズムと間をつかむのが、大鼓の稽古である。

また、大鼓奏者は、打つだけではなく、小鼓もそうであるが、掛け声を掛けなければならない。「ヨォー」とか、「ホォー」とか、「ヨーイ」とか、さまざまな掛け声がある。能の囃子には指揮者がいないため、この掛け声によって、互いに呼吸を計っている。それだけではない。掛け声によって舞台の雰囲気がつくられる。物語の進行に合わせて、時には鋭く、時には強く、時には柔らかく掛け声を掛けなければならない。

主人公が若い女性のとき、老婆のとき、武士のとき、それぞれに応じた掛け声にしなければならない。大鼓奏者の力量によって、能の舞台の出来栄えが随分と左右される。つまり、大鼓は、単にリズムを刻み、囃すだけの楽器ではなく、雰囲気づくりで、舞台をつくり上げるという大きな役割を担っているのである。

私の師匠である大鼓葛野流の亀井忠雄師が大鼓を務める舞台は、気迫のこもった掛け声で、どの舞台も独特の緊張感に包まれる。さすが人間国宝、名人の技である。


今年は、5月13日に開催が予定されていた松山城二之丸薪能で観世流能「田村」の大鼓を務めることになっていた。能一番を打たせてもらえる機会はめったになく、私にとっては3回目のことだった。半年かけて謡曲と手組を暗記し、稽古してきた。しかし、新型コロナウイルス対策のために、開催が来年に延期されてしまった。非常に残念だ。今、来年に向けてさらに技を磨こうと、気を取り直しているところである。


やるほどに大鼓の奥深さが分かって、さらに魅せられている。

歳とともに記憶力の衰えを感じながら、時間をつくり、稽古に励んでいる。