3.町村の訴え


(1)町村の存在意義を認めよ

 地域を見渡すことができ、住民のニーズを丹念に捉えることが比較的に容易で、政策間の調整も図りやすいという点で、町村は優位な立場にあります。
 全国のモデルになるような新しい施策は、地域の現場から生まれています。そして、それは、現場に近い最前線に地域のシンクタンクである町村役場があり、すぐれた職員が配置されていることからこそ達成されるのではないでしょうか。町村の事務を周辺の基礎的自治体が担う水平補完や、都道府県が担う垂直補完の中から、このような新しい施策の芽が育つとは思えません。
 合併をすることも、単独で行こうとすることも、分権時代にふさわしい自己決定・自己責任の姿であり、価値的に等しいはずです。合併をしない人口規模の小さい市町村に対し、権限の制限・縮小や自治権を失わせるような措置等によって基礎的自治体を一律化していくのではなく、個々の市町村の持つ歴史や文化、風土、地理的、財政的事情による自主的判断が尊重されるべきです。そして、日本全土に広がる自治体の個性や多様性を重視し、農山村を多く抱える町村と都市的機能を持つ自治体とがそれぞれの役割を果たしつつ、共存・共栄できる方向とすべきであり、人口規模にかかわらず、全ての市町村は基礎的自治体として位置づけるべきです。
 改革の時期には、ともすれば利害の対立を強調する誘惑に駆られやすいのですが、先進諸国で定着してきた内政の基本からみても、都市と農山村を対立して捉える発想は、日本の国内だけの閉鎖的な議論ではないでしょうか。山と川と海が生態系として結びついていること一つを見ても、農山村が滅びれば、都市も滅びることにならないでしょうか。私たち人間は自然によって生かされているという発想を持つべきです。そして、農山村の価値と町村の存在意義を認め、都市と農山村の共存を揺るぎない国是とすべきです。

(2)町村の創造力を活かせ

 先に紹介した多様な地域づくりの事例からは、次のようなことを見て取ることができます。
 まず、地域に密着した新しい施策の萌芽は、多様な地域性の中からこそ生まれるということです。農山村のように変化に富んだ地域性を有するところでは、その多様性に対応できる施策や多様性を活かした施策を、地域の現場から感性豊かに発想し、実施しているということです。またそのことは、現在の日本が抱えている様々な課題に対して、町村の現場から解決の方向を示唆するような、新しい施策を創出する力量を町村は備えていると言い換えることもできます。
農林漁業を基盤とするグリーンツーリズムや産業振興、新しい公共事業、福祉や教育、文化や環境問題への取り組み、住民参加や行財政改革など、ここに示された事例は多様です。このことは、町村は小さくてもほぼ全面的な行政領域について、対応できる可能性があることをも示唆しています。
 しかしながら、現在、町村がまちづくりのための事業を行う際には、多くの規制や国が一律に定めた補助事業によって非効率な実施を強いられていることも否めません。こうした規制や基準を緩和することにより、これまでの町村の独自の取り組みが容易になるばかりでなく、地域住民の視点や民間企業等の柔軟な発想が活かされ、地理的環境や社会条件等の地域特性に応じた施策や事業の展開が無駄なくできるようになります。
 町村の創造力を活かすための「構造改革」が是非とも必要です。

(3)市町村連合(仮称)を構想せよ

@広域連合の可能性を否定するな
 平成6年の地方自治法改正によって導入された広域連合制度は、当初、地方分権の受け皿になる広域行政制度として、各方面より大きな期待が寄せられました。ところが、その後の推移を見ると、広域連合の首長や議員を公選制にしたものは皆無で、事務組合や広域市町村圏など、これまでの広域行政制度の延長に過ぎないものがほとんどでした。
 こうした状況を受けて、旧自治省内に設置された「市町村合併研究会」(1998年8月)は、広域連合制度について、次のように結論づけてしまいました。

 市町村行政の広域化に当たっては、市町村の枠組みの変更を伴う市町村合併という方策によるほか、一部事務組合や広域連合などのような市町村の枠組みの変更を伴わない広域行政に関する諸制度を活用して、事務の共同処理を図ることも考えられる。実際、一部事務組合などによる事務の共同処理は、既に幅広く行われ、一定の成果があげられてきたところである。
 しかしながら、こうした事務の共同処理方式による場合には、ややもすれば、住民と行政との間の距離が遠くなることにより、責任の所在が不明確となりがちであり、また、関係団体との連絡調整に相当程度の時間や労力を要するために、迅速・的確な意思決定を行うことができず、事業実施などに支障を生じる場合も見受けられる。これらを踏まえると、総合的な行政主体として、人材を確保し、かつ、地域の課題を包括的に解決する観点からは、市町村合併により、意思決定、事業実施などを単一の団体が行うことがより効果的である。

 広域連合に対する失望から生まれたのが、現在の一辺倒な市町村合併論です。地方分権の受け皿として期待していた広域連合が思うように機能しなかった以上、残された地方分権の受け皿としては、市町村合併によって、より広域の基礎的自治体を作るしかないと考えられたのです。しかし、広域連合は、はたして日本の地方自治には適さない制度なのでしょうか。

A「市町村連合」(仮称)を構想せよ
 先に述べた研究会は、広域連合制度を発展的に充実させることが無理だと早々に判断してしまいました。この結論は、一面では当たっており、一面では外れています。というのも、広域連合が失敗に終わったのは、地方分権が十分に進んでいなかったからなのです。
 これまでの分権改革の過程を通じて、一般の市町村は、事務権限の移譲には必ずしも積極的ではありませんでした。それは、すでに医療・保健・福祉をはじめとして相当の種類と量の事務を一律に処理させられてきたからです。しかも、そうした事務についての市町村の自己決定権はごく限られています。自己決定権のない義務的事務について広域連合を組織しても、地方分権の受け皿につながらないのは、ある意味当然と言えます。まして、土地利用計画のように、国が根本的な権限を握っているようなものについて広域連合を編成しても、実質的な活動が行えるはずがありません。
 したがって、市町村にとって次なる分権改革の中心課題は単なる事務権限の移譲ではありません。事務の義務付けの見直し、そしてなによりも、根本的な権限移譲です。
 そこで現行の広域行政制度に加え新たな手法として、「市町村連合」(仮称)を提案します。市町村間の協働・多核連合型の「市町村連合」が、行財政効率化、そして地方分権の受け皿となることが期待されます。
 この「市町村連合」は具体的には、(1)各市町村は住民生活に密接に関連する事務を担う(2)市町村連合の首長は公選制とする(3)ハード事業等は市町村連合で行う(4)農業及び農村の持続的な発展のため農業振興地域整備基本方針の作成や農業振興地域の指定、農用地区域内の開発許可、農地転用許可等の権限の移譲を行う(5)その他、都市計画、林道整備などの公共事業、保安林の指定解除など土地利用規制に係る権限と財源について、国・都道府県からの大幅な移譲を行う、等の制度化を図る必要があります。
 いずれにしても、「小規模町村」の事務権限を極端に縮小し、あるいはそうした町村自体を解消するという方向ではなく、事務権限を幅広く認め、その中で市町村が主体的に、地域の実情に応じて選択・実施できるような広域行政の仕組みを整え、今後の市町村のあり方を検討すべきです。

(4)地域自治組織を創設せよ

 今後の地方自治の発展にとって、住民自治の充実は不可欠です。行政と住民の絆が深まれば、両者の協働と相互監視が十分に機能し、住民に本当に必要な施策を実施することができます。結果として、行財政の効率化にもつながります。
 地域のことをよく知っている人材が、住民により近いところで地域づくりを行うシステムは、行政と住民の信頼関係強化にはもっともふさわしい体制です。住民の声に対する感受性の強さや対応の機敏さという点でいえば、小さな自治に勝るものはないでしょう。
 これまでも、市町村においては、その内部の地域を単位にして、住民の力を引き出し、地域を活性化させる様々な試みが行われてきました。合併により行政区域を拡大する際には、これまでのこうした取り組みの価値を生かし、住民自治のさらなる充実をはかる必要があります。
 そのためには、市町村の内部に、一定の地域を単位とし、一定の権能をもつ住民自治組織を、市町村が創設できるしくみを法的に整備すべきです。
 こうした「地域自治組織」の具体的な制度設計(形態や事務権能、住民参画のあり方や行政組織の組立て、地域の単位等)は、設置の是非を含め、各市町村の条例と意向に委ねられるべきであることは言うまでもありません。その際、現に行われている住民による自発的な自治の活動を大切に考えるべきです。

(5)税源移譲を進め、交付税制度を維持せよ

 私たちはかねてから、地方分権をより実効あるものとするため、税財源の移譲を早急に積極的に行うよう機会あるごとに訴えてきました。国から地方への税源移譲により、地方の歳出規模と地方税収入の大幅な乖離を縮小し、地方税の拡充を図る必要があります。今後、国庫補助金、地方交付税、税源移譲を含む税源配分のあり方について三位一体での改革を進め、将来の地方財政の姿を早急に示すべきです。
 また、地方交付税については、自治体間の財政力の格差を調整し、国民がどこで暮らしていても、国で定めた一定水準の行政サービスを享受できるよう必要最低限の財源を保障するもので、それによって地域社会の存立基盤を守ろうとするはずのものです。
 しかし、経済財政諮問会議を含め、改革論議が行われる場などでは、地方交付税制度に関連して、「これによって市町村における行政サービスと自己負担の緊張関係が損なわれ、地方歳出の増大を招いているので地方交付税を大幅に縮小すべきだ」、「交付税による財政調整は手厚すぎるので、これを人口一人当たりの税収格差の是正レベルに留めるべきだ」、「都市住民の犠牲の下で農山村を優遇し、その結果、町村は無駄な支出を行っている」といった、相当に乱暴な議論が公然と行われていることを看過できません。
 私たちも、国・地方を通じる財政逼迫を十分承知しています。これまでのように国に救済を求めても、国にその余裕がないことも知っています。一定の人口規模以上の市と比べれば、歳出額では概して町村が割高であることも認識しています。ですから、これまで以上に徹底した行財政改革が必要であると考えていますし、現に断行しています。
 交付税の算定方法の見直しについても、段階補正、事業費補正等一定の理解を示してきました。しかし、すでに実施された段階補正の見直しは、人口規模別の目安で見たとき、市町村合併が同時・並行的に進められていることもあって、町村の中には合併推進の「ムチ」と受け止めている向きが多いのが現状です。
 町村が、安定した財政運営を行っていくために、地方交付税制度は極めて重要であり、絶対に堅持すべきものであります。さらに、課税客体に乏しい町村にとっては、現行のまま税源移譲が行われても税源の偏在構造が変わらないことから、交付税のもつ役割は一層重要になると考えます。
 町村は、自然と共存しながら、森林や農地の持つ公益的機能を維持する役割を担っています。その点で、交付税の算定に森林面積等を加味し、国土や自然環境の果たす役割を適正かつ充分に評価をすべきだと主張しつづけています。農山村地域に所在する町村は、全国画一的な自治制度の下で多くの事務を義務づけられ、しかも自主財源が乏しく、国等からの移転財源が減少していく中で、より一層苦境に追い込まれる可能性があります。ますます進行する国土・自然環境機能の低下を誰が防止するのでしょうか。農山村の多面的な価値を守り、町村が知恵と工夫を活かしその持ち味が発揮できるような財政の新たな自立支援の仕組みが必要です。

おわりに、

私たちは、市町村合併に反対しているのではありません。
この国の未来のために、
町村自治の確立と地域の創造力の発揮が大切だと主張しているのです。
このことを、日本の地方自治の行方が議論されている中で、
全国町村会として強く訴えます。

 

 

 

◇作成協力者◇

「町村の新しい自治制度に関する研究会」委員

大 森   彌 千葉大学教授・東京大学名誉教授
岡 崎 昌 之 法政大学教授
宮 口 ★ 廸
(★人べんに同)
早稲田大学教授
橋 立 達 夫 作新学院大学教授
神 野 直 彦 東京大学大学院教授
小田切 徳 美 東京大学大学院助教授
佐久間 正 子 地域政策フォーラム研究員
坂 本   誠 東京大学大学院博士課程
 
(順不同・敬称略)

 




表 紙
1.容認し難い自治体再編論―合併から合併後へ―
2.農山村の価値と町村の創造力
3.町村の訴え